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SDG Compass(SDGコンパス)

掲載:2021年09月10日

執筆者:アソシエイトシニアコンサルタント 藤岡 誠

ガイドライン

SDG Compass(SDGsの企業行動指針※1)とは、国連グローバル・コンパクト(UNGC)など3つの国際組織(※2)によって作成された、企業がSDGs(持続可能な開発目標)を経営戦略に組み込み、実行していくためのガイドラインです。企業がSDGsを活用するために、考え方のフレームワークや学習ツールなどを提供しています。 

※1:ガイドラインの正式名称は「SDG Compass The guide for business action on the SDGs」。多様な言語に翻訳されており、日本語版は「SDG Compass SDGsの企業行動指針―SDGsを企業はどう活用するか―」として提供されている
※2:国連グローバル・コンパクト(UNGC)、GRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)、持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)

         

SDG Compass活用 のメリット

SDG Compass は、SDGsと経営戦略の統合を手助けするガイドラインです。SDGsに初めて取り組む際には、何から始めればいいのか、取り組みがSDGsの活動として認知されるのか、形だけのものにはならないか、一過性のものにならないか、など様々な懸念があるでしょう。SDG Compass では、そうした課題を解決する目的で、企業がどのようにSDGsを経営に取り込んでいけば良いかの手順を示しています。また、SDG Compassを活用することは、3つの観点からメリットがあります。

①効率的に取り組みを進められる
経営戦略を踏まえた上で、自社の目的にかなったSDGsの取り組みの進め方が分かります。具体的には、戦略立案・実行・継続的管理の方法論が5つのステップに分けて具体例と共に示されています。例えば、SDGsのうちどの目標に取り組むかを悩むこともあるかもしれませんが、SDG Compassでは、まず自社事業を分析して影響の大きいSDGsの目標を優先取り組み課題として選択するという手順を紹介しています。このように明確な方法論が示されているため、効率的に検討を進めることができるでしょう。

②形骸化防止
SDG Compassに定められた手順に従うことで、経営戦略とSDGsをつなぐことができ、自社のSDGsへの取り組みが形骸化するのを防止できます。SDG Compassのステップを丁寧に押さえることで、SDGsが先行して経営戦略に役立たないという事態を避けられますし、逆に経営戦略が先行して実態の伴わないSDGsへの取り組みを公表するといった事態も避けられます。

③社内外へのアピール
SDG Compassの枠組みを使うことで、ステークホルダーが納得できる目標を設定したり、広報活動をしたりしやすくなります。SDGsへの取り組みを報告書やホームページなどでステークホルダーに向けて公開する際、どのような内容を示せば十分な説明責任を果たしているといえるのかが把握できるようになるからです。具体的には、SDG Compassで示された各ステップを実施した際の分析結果などを説明することで、SDGsを経営戦略に取り込んだ経緯を伝えることができます。なおその際には、SDG Compassの作成者であるGRIが発行する「GRIスタンダード」への準拠も検討しましょう。

SDG Compassの5つのステップ

SDG Compassは1~5のステップで構成されています。それぞれのステップについて、「目的」「実施事項」を以下に示します。

ステップ 目的 実施事項
1. SDGsを理解する 経営者と担当者がSDGsと「SDGsにおいて企業の果たせる役割」を理解する SDGsは何か、どのように策定されたのか、いかに企業がSDGsを有利に活用できるか、SDGsがどれほど従来の企業責任の上に成り立っているのかを知る
2. 優先課題を決定する 経営に組み込むべきSDGs目標を厳選し、自社が取り組むスコープを決める 下記の手順により、取り組むべきSDGs目標と達成度の測定指標を決定する
①バリューチェーンを分析し、自社が影響を及ぼす可能性のあるSDGsの領域を特定する
②①で特定した領域について、自社の活動とそれがSDGs目標に与える影響の関係を最も適切に表す指標を設定し、達成度を把握できるようにする
3. 目標を設定する 優先課題への対応パフォーマンス向上とステークホルダーとの協働 以下の手順で目標を設定・公表する
①目標範囲を設定し、KPI(主要業績評価指標)を選択する
②各目標についてベースラインや意欲度を設定する
③SDGsへのコミットメントを公表する
4. 経営へ統合する 事業・部門・業務レベルでSDGs対策を実施・管理する SDGs目標への取り組みを社内に定着させるとともに、事業・部門・業務レベルでの取り組みを推進する。また、他組織との協働も行う
5. 報告とコミュニケーションを行う ステークホルダーに対して十分な説明責任を果たし、達成度を監査する SDGs達成度報告書の作成および公表
※「SDG Compass」を基に筆者作成

各ステップの進め方のポイント

各ステップをどのように進めればより効果的・効率的な取り組みになるのか、ニュートン・コンサルティングの知見を基に解説します。

①ステップ1:SDGsを理解する
このステップではSDG Compassに記載された内容を大まかに理解することが重要です。その後、実践する中で詳細まで理解を深めていきましょう。

②ステップ2:優先課題を決定する
バリューチェーン分析の際は、外部ステークホルダーへの聞き取りや、事業活動を行う地域の特徴を考慮すると効果的です。指標の設定は難しいこともあるため、既に自社で設定している指標やSDG Compassの公式ウェブサイトで紹介されている指標を利用するとよいでしょう。また先行指標(結果や影響を予測する指標)と遅行指標(結果や影響を直接計測する指標)を両方採用すると、後の管理がしやすくなります。なお、SDGsに取り組む以前の企業の基本的責任として、人権侵害があった場合、それを是正することが優先されます。

③ステップ3:目標を設定する
目標を立てる際、まず「あるべき姿」をベースに高い目標を立てることで根本的な事業の見直しなど効果の高い解決策の検討につながります。高い目標を立てる際は、長期間での達成を目指すことによってステークホルダーとの協働を含め、より効果的な取り組みをする動機づけになります。長期的目標を立てた場合はマイルストーンも設定します。なお、目標を立てる際は、全社的実施を見据えて、トップマネジメントはもちろんのこと、優先課題に関わる部門のトップを交えて合意を取ることが望ましいでしょう。

④ステップ4:経営へ統合する
このステップでは、まずトップマネジメントがSDGs目標へのコミットメントについて全社にメッセージを発信することが重要です。その際、あらゆる財務目標・戦略目標・業務目標や、企業のビジョン・使命・目的文書、および経営幹部・部門・個人の採用・報酬体系について、SDGsの達成目標を踏まえ、見直し、反映することで強いメッセージとなります。ガバナンス体制は通常業務の負担を増やさないよう、既存の会議やモニタリング体制に組み込む形をおすすめします。また、取り組みの継続のためには、他の組織との協働(パートナーシップ)はスモールスタートで始めるのがよいでしょう。

⑤ステップ5:報告とコミュニケーションを行う
戦略的な報告をするためには、特に自社にとって重要なステークホルダーや将来性のある業界などに向けたメッセージとするとよいでしょう。SDGsに関する透明性の高い報告をすることは非財務的な企業価値向上につながります。報告の際は、経済・社会・環境分野の相互関係を意識して報告することで、様々な問題解決に貢献していることが伝わります。

報告のフレームワークは、GRIが定めた「10の原則」や、環境対策を評価する非政府組織のCDPが運用する課題別報告メカニズム等が参考になります。これらの国際的によく知られた原則や指標を参考にすることで、効果的な報告ができ、投資家の投資基準に、また企業にとってはサプライヤーの選定基準にもなります。

SDG Compassの限界と対応方法

SDG Compass は有益なガイドラインですが、その適用には限界もあります。あらかじめその限界を知ることで、SDGsへの取り組みを効率よく進められます。詳細を以下で解説します。

限界①:アウトプットのツールがない
SDG Compassは、記入したり選択肢を選んだりして、自社のSDGsへの取り組みを可視化できるようなツールではありません。そのため、SDG Compassを通してSDGsの概要と考え方のフレームワークを学んだあとは、自分たちでどうアウトプットするかを判断する必要があります。

限界②:モニタリングが難しい
SDGsに取り組む企業は、目標の達成度合いをモニタリングすることになりますが、 達成度合いを測定する指標の選択や計測など、モニタリングにやや難があると言えます。SDG Compassは公式サイトで数多くの指標例を提供していますが、特定のビジネスに直結しづらかったり、日本国内での適用が難しかったりして、うまく利用できない場合もあります。例えば「平均停電時間」という指標がありますが、これは主に電力の安定供給に課題を抱える国でビジネスを行っている企業が自社の活動による貢献を測る指標であり、現在の日本にはそぐわないと言えます。もちろん日本国内でも利用可能な、例えば「男性の育児休暇がとられているか」といった指標はありますが、背景を理解しないと全く無意味に見える指標も多くある、ということに留意するとよいでしょう。

限界③:ステークホルダーや社外環境の分析に別のノウハウが必要
SDG Compassは、具体的な取り組みを検討するために必要な、ステークホルダーや企業が置かれている環境について分析・理解する手法を詳細には解説していません。そのため、各企業は自社の置かれた環境と関連するSDGs目標、およびステークホルダーを理解する方法について、自ら探さなくてはなりません。ここで言う自社の置かれた環境とは、バリューチェーン、ビジネスを行っている国や地域の文化・社会・経済・政治的情報などを指します。なお、ステークホルダーは取引相手、株主、地域社会等を含む利害関係者だけでなく、SDGsの文脈では地球環境や将来の世代のような「声を上げられない関係者」も含めて考える必要があります。

上記のような限界に際し、「どのようなアウトプットにすればいいだろうか」「どうやって適切な指標を選ぼうか」「どうやって自社の環境を見極め、ステークホルダーを理解しようか」といった疑問が出てくるかもしれません。その場合の対応方法の一つが、外部専門家やステークホルダーとの協力でしょう。例えば、ビジネスの分析や特定地域の問題に詳しい専門家のほか、ステークホルダーを巻き込んだ議論をするためのプロジェクトマネジメント力に優れたコンサルタントなどが候補になります。

おわりに

SDG Compassの活用に当たっては、するべきことが多く混乱するかもしれませんが、まずは重要なステークホルダーからの要求に対して小さな活動から始めるのがコツです。限られたリソースで会社の経営にもSDGsにも最大限の貢献をするためには、重要なステークホルダーの特定を誤らないことが肝要です。また、小さな活動から始めることでコストを抑えられ、継続的な取り組みへのハードルが低くなります。

さらに、経済産業省や環境省などが発行するガイドラインを適宜参照することも、SDG Compass活用の助けになります。「SDGs経営ガイド」や「持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド」は用語解説や日本国内の事例を多数紹介していることから、自社での活動の参考になる情報を手に入れやすいでしょう。