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仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約(ハラスメント禁止条約)

掲載:2020年11月18日

執筆者:チーフコンサルタント 坂本 はるか

ガイドライン

「仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約(仮称)※1」(ハラスメント禁止条約※2)は2019年6月、国際労働機関(ILO)にて採択された国際条約です。この条約は、仕事の世界における暴力と嫌がらせ(ハラスメント)に関する初めての国際労働基準になりました。

ILOは本条約の批准国に、仕事の世界における暴力とハラスメントを禁止する法令の制定などを通じて、性差に配慮した包摂的かつ総合的な取り組みを促進、実現することを求めています。今後各国で批准に向けた国内の法整備、承認プロセスが進められる予定です。

※1 英語表記は「Eliminating violence and harassment in the world of work」。仮称としているのは、今後日本政府が批准に向け国会に提出する際に正式名称が決められるためであり、現在の名称から変更となる可能性があります。また、ILOと全国労働組合総連合の日本語訳が異なる場合があります。

※2 新聞やTVなどのメディアでは「ハラスメント禁止条約」と紹介されている場合が多いため、本記事でも以下、「ハラスメント禁止条約」とします。

         

本条約採択の経緯

2015年、国際社会共通の目標である「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」が国連サミットで採択されました。その中で、暴力やハラスメントの排除に係るゴール(3、5、8、10)が盛り込まれていることを受け、2015年10月、ILOに「職場の男女に対する暴力」に関する条約の策定を検討する委員会が初めて設置されました。
その後「#Me Too」運動など、職場におけるセクシュアル・ハラスメント(セクハラ)に対する社会的関心が高まったことを受け、それまで、仕事の世界において発生する「暴力」に留められていた内容が「暴力とハラスメント」という文言に修正されました。
2018年6月にILOの総会において「仕事の世界における暴力とハラスメント」に関する条約を策定することが決定し、2019年6月に正式に採択されました。

本条約における「暴力とハラスメント」の定義

本条約では暴力とハラスメントを「単発的か反復的なものであるかを問わず、身体的、精神的、性的又は経済的害悪を与えることを目的とした、またはそのような結果を招く若しくはその可能性のある一定の許容できない行為及び慣行またはその脅威」と定義しています。
さらに「ジェンダーに基づく暴力とハラスメント」について、「性またはジェンダーを理由として、直接個人に対して行われる、または特定の性若しくはジェンダーに不均衡な影響を及ぼす暴力およびハラスメント」と定義しています。
注目すべき点は、行為が単発的であっても暴力もしくはハラスメントとして判断できる点や実際に暴力やハラスメントに関与していなくても、その脅威があるとみなされた場合も仕事の世界における暴力とハラスメントとして認められるという点、そして、身体への攻撃だけでなく、精神的、性的、経済的な害悪についても暴力とハラスメントとして認められるという点です。

本条約の適用範囲

本条約は仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約であり、保護される対象は労働者となります。本条約では、労働者を具体的に以下のように定めています。

  • 国内の法律及び慣行により定義される被用者
  • 契約上の地位にかかわらず働く人
  • インターン及び見習いを含む訓練中の人
  • 雇用が終了した労働者
  • ボランティア
  • 求職者及び応募者
  • 使用者の権限、義務または責任を行使する人

本条約で定められている労働者は、労働意欲がある者であれば、現在の就業状況に関わらず労働者と認められます。金銭的な報酬が発生しないボランティアや無償インターン、訓練中の労働者も、正当な労働者に含まれます。
また本項までに何度か「仕事の世界」と表現していますが、この条約では仕事の世界に該当する場面や場所を以下の6つとしています。

  • 仕事を行う場であって、公的及び私的な空間を含む職場
  • 労働者が賃金を支払われる場所、休憩または食事をとる場所、若しくは労働者が利用する衛生、洗面所及び更衣設備
  • 仕事に関係する出張、移動、訓練、行事または社会活動中
  • 情報通信技術により可能となるものを含め、仕事に関係する連絡を通じたもの
  • 使用者が提供する住居
  • 往復の通勤時

上記の場面や場所からわかる通り、「仕事の世界」とは普段仕事をしているオフィスや現場などの職場だけでなく、休憩場所、出張先、会社や事業主から支給される寮、通勤中、メールやSNSなどによるやり取りも含まれます。自宅で仕事をしている場合は、自宅も仕事の世界に含まれることがあります。
ちなみに、対象者が働く物理的な場所については「民間か公共か、都市におけるものか地方におけるものかを問わず、公式経済及び非公式経済の双方におけるすべての産業部門」に適用されます。

ハラスメント禁止条約の内容

本条約は全8章から構成されています。各章の主な内容は以下の通りです。

I.定義 本条約における言葉の定義について
※本稿「本条約における『暴力とハラスメント』の定義」を参照ください
II.範囲 本条約が適用される範囲について
※本稿「本条約の適用範囲」を参照ください
III.基本原則 「暴力とハラスメントのない仕事の世界」を実現するために実施すべき事項について
  • 暴力とハラスメントの法律上の禁止
  • 執行及び監視の仕組みの確立、強化
  • 被害者の救済利用及び支援の確保
  • 制裁の規定
など
IV.保護及び防止 本条約が適用される人を保護し、仕事の世界における暴力とハラスメントを防止するために採用すべき事項とその手順について
V.執行及び救済 仕事の世界において、暴力とハラスメントを受ける人を救済するために実施すべき事項について
VI.指針、訓練及び意識啓発 暴力とハラスメントのない仕事の世界を実現するために実施すべき教育や意識啓発に関する事項について
VII.適用手段 本条約を適用するための手段について
VIII.最終事項 その他の事項

ハラスメントに関する日本国内の動き

日本では、セクシュアル・ハラスメントの防止義務を除き、労働に関連した場面における暴力やハラスメントに対する法整備がほとんどされていませんでした。しかし、2019年5月、労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止対策関連法」)が改正され、2020年6月から各企業でパワーハラスメント(パワハラ)を予防、対処する対策を講じることが義務化されました。
この改正に伴い、事業主はパワハラに関わる相談に応じられる体制を構築すること、予防・啓蒙のための研修を実施することなどが必須になりました。
しかし、パワーハラスメントは数あるハラスメントの一部のため、様々なハラスメントを禁止するハラスメント禁止条約はより包括的です。
ハラスメント禁止条約とパワハラ防止対策関連法の主な違いは以下の項目があげられます。

  ハラスメント禁止条約 パワハラ防止対策関連法
ハラスメントの定義 身体的、精神的、性的又は経済的害悪を与えることを目的とした、またはそのような結果を招く若しくはその可能性のある一定の許容できない行為及び慣行またはその脅威 優越的な関係を背景に業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により就業環境を害すること(パワーハラスメントのみ)
行為の扱い 法的に禁止する 企業に対策、防止策を義務付ける(行為自体を禁ずる法律はない)
罰則 制裁を行う(各国の国内法に則る) なし(当局の勧告に従わない場合、企業名を公表する)
法の適用範囲 雇用主、労働者、取引先、顧客、就職志願者、ボランティアなど 事業者と企業の社員に適用
取引先、就職志願者、フリーランス等は法の適用外
被害者の救済措置 効果的な紛争解決メカニズム、報復の防止、被害者への補償、被害者が自ら移動する権利など 企業の相談窓口などで対応
求めに応じて労働局が斡旋や調停を行う場合がある

出典:PHP人材開発 「グローバル企業に求められる国際条約レベルのハラスメント対応」(PHP研究所)

 

近年、SDGsの重要度は高まり、誰もが心地よく生活を送ることができる社会を実現するために、個人や企業の取り組みが求められています。企業として、社員が働きやすい環境を整備することは必須の取り組みです。ハラスメントが発生すると被害者の心身への影響はもちろんのこと、民事上の責任として安全配慮義務違反等に問われ、企業の大幅なイメージダウンや、優秀な人材流出などにも繋がりかねません。
社員への教育や、注意喚起の徹底など、ハラスメントを許さず、ハラスメントの発生を未然に防ぐ取り組みはもちろんのこと、万が一ハラスメントが発生した場合に備え、報告しやすい環境の整備、被害者のケア、当事者への対応など、事後の対策を検討することが肝要です。新たなパワハラ防止対策関連法に則り、今一度ルールの見直しや実態の調査をすることが、全ての企業に対して求められています。
現在のパワハラ防止対策関連法には、罰則について明確に定められていない一方で、今後、ハラスメント禁止条約の批准に向け、日本でも更なる法改正が施行される可能性があります。また、ヨーロッパでは既にハラスメント行為を国内法で禁じ、罰則を設けている国が多くあり、違反者には数百万円の罰金または数か月~数年の禁固刑を科している国もあります。グローバル企業では、このような各国の国内法への対応も検討する必要があります。今から効果的な予防策を検討し、社員が身体的、精神的に働きやすい環境の整備を進めることをお勧めします。

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