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2023年の重大リスクと企業がなすべきこと

掲載:2023年01月11日

改訂:2023年01月24日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

改訂者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

ニュートン・ボイス

例年どおり、世界各国の各専門機関やビジネス誌が「2023年のリスク予測」をしています。私自身、目を通したリスク予測や環境変化に関する記事は、数十は下らないと思います。情報収集も大事ですが、企業にとって最も大事なことは「2022年初に予測された重大リスクを振り返る」でも述べましたように、「そうしたリスク予測を受けてどう行動するか」です。そこで本稿では、2023年の重大リスクが何であるかとともに、企業がどう行動すべきかについて、リスクマネジメントプロフェッショナルとしての見解を述べていきたいと思います。

         

どんなリスク予測がされているか?

まずは、2023年について、どのようなリスク予測がなされているのか。数あるリスク予測の中から、代表的・特徴的なものをいくつかピックアップしてご紹介しておきます。

「経済成長」に関わる2023年の重大リスク

エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)は、「世界の経済発展」を脅かしうる重大リスクをその発生可能性や影響度とともに列挙しています。
※括弧内の左の記号が発生可能性、右が影響度を表す。凡例は次の通り。V: Very High, H: High, M: Medium, L: Low, VL: Very Low

1位: 寒波で、ヨーロッパのエネルギー危機が悪化(H, VH)
2位: 異常気象で商品価格が高騰、世界的食糧難に拍車(H, H)
3位: 中国と台湾で紛争発生、米国が介入(M, VH)
4位: 世界的なハイパーインフレで社会不安に拍車 (VH, M)
5位: コロナウイルスの新種や他の感染症により、世界経済が再び不況 (M, VH)
6位: 国家間のサイバー戦争により、主要経済国の国家インフラが破壊(M, VH)
7位: 西側諸国と中国の関係性のさらなる悪化で、世界経済がデカップリング (M, H)
8位: 積極的な金融引き締めで、世界的に景気後退 (M, M)
9位: 中国のゼロ金利政策で、深刻な景気後退(L, H)
10位: ロシア・ウクライナ紛争が世界戦争に発展(VL, VH)

出典:EIU「Risk Outlook 2023 - 世界経済を変える10のリスクシナリオ」をもとに筆者が翻訳・編集

他の専門機関のリスク予測とあまり被らないという点で特徴的なものとしては「ロシア・ウクライナ紛争が世界戦争に発展」でしょう。確かに、そうした契機に繋がりそうなベラルーシの参戦やロシアによるエスカレーション抑止を狙った核使用に対する懸念の声はあります。発生可能性が低いもののゼロではないこと、そして一度発生すれば影響が計り知れないことを考えれば、「世界経済」に関わる重大リスクとして挙げたのは納得できます。

ちなみに「寒波で、ヨーロッパのエネルギー危機が悪化」ですが、年明けのニュースでは「欧州は、暖冬で大量の記録更新」と報道されていましたが、それも束の間、2週間後には、寒波が襲いかかりました。このリスクは予想通り不確実性の大きさを証明しており、予断を許さないと言っていいでしょう。

企業リスクに聡い「監査人」が考える3年後(2026年)の重大リスク

欧州の内部監査人協会であるECIIAは、2022年の上半期、欧州各国の企業の監査関係者に重大リスク予測を依頼しています。質問内容には「今、直面している重大リスク」や「監査で時間をかけるべき重大リスク」など様々な項目が含まれています。2023年のリスク予測も良いですが、もう少し先のリスクを見ておきたい人のために、その中の1つ「向こう3年間の重大リスク」の順位を15位まで紹介しておきます。なお、各リスク末尾の括弧内に記載された数字は2023年のリスク予測順位、矢印は「2023年予測と比べた際にどう順位が変動したか」を表しています。

1位: サイバーセキュリティとデータセキュリティ(1)
2位: 人的資本、多様性、人材管理(4 ↑)
3位: 気候変動と環境の持続可能性(6 ↑)
4位: デジタル・ディスラプション、新しいテクノロジー、AI(5 ↑)
5位: マクロ経済・地政学的な不確実性(3 ↓)
6位: 法律や規制の変更(4 ↓)
7位: 事業継続・危機管理・災害対応(7)
8位: サプライチェーン、アウトソーシング、外部委託リスク(8)
9位: 財務、流動性、支払不能リスク(9)
10位: 組織文化(11 ↑)
11位: 組織統治と企業報告(10 ↓)
12位: 不正行為、贈収賄、および社会的混乱に対する犯罪的搾取(12)
13位: コミュニケーション、レピュテーション、ステークホルダーとの関係(13)
14位: 合併・買収(15 ↑)
15位: 健康、安全、セキュリティ(14 ↓)

出典:ECIIA - Risk in Focus Hot topics for internal auditors - What are the top 5 risks that your organization will face three years from now? の結果をもとに筆者が翻訳・編集

経年変化に注目して見ますと、「デジタル・ディスラプション、新しいテクノロジー、AI」「組織文化」「合併・買収」がそれぞれ順位を1ずつ上げています。

注目すべきは「人的資本、多様性、人材管理」と「気候変動と環境の持続可能性」リスクです。それぞれ2~3ランク順位を上げています。人材については、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、インフレ、人手不足などが背景にあると言えるでしょう。また、2022年の夏に、欧州で記録的な熱波が発生しましたが、年末年始にかけても記録的な暖冬を迎えています。こうした事実に鑑みれば、懸念の大きさも理解できます。

「日本の経済」目線でみる2023年の重大リスク

国内に目を向けると、日経ビジネスが13のリスクを予測しています。これらリスクに大小はつけられていませんが、「大胆予測」とありますように、発生確率よりも「影響度」に重きをおいた予測になっていると言えるでしょう。

A. 台湾有事に備えよ 兵糧攻めで日本に打撃
B. 米国と中国の巨大戦力が対峙 日本揺るがす台湾有事の最悪シナリオ
C. ウクライナがロシアに勝つ エモット氏「プーチン氏の権力の最後」
D. 油断できぬ為替、1ドル=150円が日常に 日本に構造的な売り圧力
E. 踊らぬ消費、値上げと賃金伸び悩みの板挟み 力不足のインバウンド
F. テック業界浮上せず 高成長神話陰りバブル崩壊、株価「二番底」も
G. 米中の弱体化で混沌の時代へ ブレマー氏「日本の利上げは難題」
H. 自動車:造れば売れる市場に景気後退の影、それでも進むEVシフト
I. 電機:家電値上げで問われる付加価値 半導体は調整局面も投資堅調
J. ネット・通信:GAFAMは縮小均衡へ 楽天モバイルの正念場続く
K. 小売り:値上げラッシュが個人消費に影 宅配サービスで陣取り合戦
L. 外食・飲料:飲食店に優勝劣敗の荒波 一部は「協力金でふぬけに」
M. 航空・鉄道・ホテル:脱コロナで回復も景気変調や人手不足に不安

出典:日経ビジネス「大胆予測2023~リスクはどこに」

いずれも馴染みのあるリスクですが、「日本にとってのリスクが何か」という切り口が有益です。その代表格がインバウンドに関するリスク予測です。日本の観光や飲食、交通、小売りなど多くの業界が注目するところでしょう。ほかにも例えば、「台湾有事に備えよ 兵糧攻めで日本に打撃」では、台湾有事が世界にどう影響を与えるかだけでなく、日本企業にどのような影響が出るのかについて触れています。また、インフレリスクが叫ばれる中「米中の弱体化で混沌の時代へ ブレマー氏『日本の利上げは難題』」では、世界のインフレが日本の為替にどう作用するのかについて述べています。

「地政学」という眼鏡でみる世界の2023年重大リスク

ユーラシアグループが、地政学という切り口で10の重大リスクを2023年1月に公表しています。ユーラシアグループが2022年に挙げた10の重大リスクのうち、3つ(1位:ゼロコロナ政策の失敗(ノーゼロコロナ)、5位:ロシア、7位:2歩前進1歩後退のグリーン政策)がいずれも顕在化したことを考えますと、今回の予測からも目が離せません。

1位: ならず者国家ロシア
2位: 「絶対的権力者」習近平
3位: 大混乱生成兵器
4位: インフレショック
5位: 追い詰められるイラン
6位: エネルギー危機
7位: 世界的発展の急停止
8位: 分断国家アメリカ
9位: TikTokなZ世代
10位: 逼迫する水問題

出典:ユーラシア・グループ「TOP RISKS 2023」

2022年の予測との違いという意味で特徴的なのが、2022年にランクインしていた「ロシア(2022年5位)」「イラン(同6位)」の順位がいずれも上がっていることでしょう。特にイランについては、国内で起きている反政府デモ、核開発の動き、ウクライナ・ロシア戦争でのロシアへの支援の3重の要素がリスクの大きさを高めています。

また、昨年は見かけなかったリスクで、且つ、他の予測でもあまり出てこないものとして「TikTokなZ世代」を挙げることができます。後述しますが、個人的にも予測していたリスクの1つです。ちなみに「大混乱生成兵器」はタイトルから意味を推測しづらいと思いますが、「新たなテクノロジーの登場・台頭によって社会に混乱がもたらされるのではないか」というリスクのことです。

企業が気にすべき2023年の重大リスクは?

私自身、先述したリスク予測以外にも、様々な媒体で紹介されているリスク予測や環境変化予測に目を通しました。細かい順位こそ異なるものの、登場するワードには強い類似性が見て取れます。そうした共通性も踏まえつつ、「日本企業目線」に私のいくばくかの直感という要素を掛け合わせて導き出される重大リスクは、おおよそ次のようなものです。

1位: 世界的インフレリスク及び世界景気減退リスク
2位: 地政学問題(ロシア、中国、イラン、トルコ、北朝鮮等)に絡んでのサプライチェーンリスク
3位: サイバーリスク
4位: 人材リスク
5位: 為替変動リスク
6位: 自然災害(特に地震・噴火・風水害)リスク
7位: 働き方や消費者に関する価値観変化リスク
8位: 破壊的イノベーションリスク
9位: 新たな感染症リスク
10位: ガバナンスリスク

1位から5位までは、いずれの識者も言及していることですので、あえて説明する必要はないでしょう。6位に「自然災害(特に地震・噴火・風水害)リスク」を挙げました。リスク予測では何かと、目の前で起きている国際情勢変化などに意識を奪われがちですが、自然災害も待ったなしであることに違いはありません。特に日本において南海トラフや首都直下地震はいつ起きてもおかしくないと言われています。過去何度も噴火してきた富士山は1707年に噴火して以来、300年以上も噴火していません。だからこそいつ起きてもおかしくないと考えます。

7位の「働き方や消費者に関する価値観変化リスク」はユーラシアグループの「TikTokなZ世代」に通ずるものがあります。1990年代後半から2010年生まれのZ世代が働く若年世代の中心になりつつある今日、彼らの価値観の変化は、企業の人材採用や人材育成、人事制度にも大きな影響を与えるものです。また、消費者としてのZ世代が何を望むのか、経営戦略を考える上で大きな要素になっていくことは間違いありません。

8位の「破壊的イノベーションリスク」は、いつの時代でも常に懸念されてきたリスクです。問題は破壊的イノベーションをもたらすものが何か?ということです。AIやブロックチェーン、これを活用した暗号資産やウェブ3、そしてグリーンテックなど、全方位に目を光らせておく必要があると考えます。

9位の「新たな感染症リスク」は、EIUのあげる重大リスクにも含まれていたものですが、コロナが終息に向かっているからと言って、軽視することのできないリスクです。コロナの新種もさることながら、鳥インフルエンザへの懸念はコロナ前からずっと警告されてきたことであり、私たちはこの感染症リスクへのガードを下げるべきではないと考えます。

10位の「ガバナンスリスク」は、ESG(環境、社会、ガバナンス)リスクのGにあたるものです。企業に求められる社会的責任が大きくなっていますが、言い換えれば企業のガバナンスを見る世間の目がより厳しくなっていくことに他なりません。取締役会に対する姿勢、報酬やリスク情報開示に対する姿勢、税制に対する姿勢など一挙手一投足に対して、投資家をはじめとする企業のステークホルダーの目が光ります。以前は問題にならなかったことでも、企業としていい加減な取り組み姿勢を見せれば、風評リスクにつながる可能性も否定できません。

ちなみにランクインしていませんが、個人的にはグリーンウォッシュに関するリスクも気になっています。昨今、企業が気候変動リスクの情報開示を求められている中で、起こるのではないかと考えている企業不正リスクです。財務諸表の虚偽開示が社会問題になったように、十分なモニタリングの仕組みが整ってない状況下では、根拠の薄弱な数値開示や、目標達成を誤魔化すための虚偽開示などが、やがて芽を出してくるのではないかと考えています。

企業がなすべきことは?

世間が気にする重大リスクは、企業が明示的にリスクアセスメントをせずとも、ある程度織り込んで戦略を立てているものだと思います。例えば、どの識者もこぞってロシアリスクや中国リスク、インフレリスクを謳っていますが、企業のマネジメントも現場もそんなことは百も承知でしょう。

となれば企業がすべきことは何か。2つあります。1つ目は、重大リスクの中から最も重要なリスクを2~3選定し、リスク対応策を組織一丸となって検討することです。重大リスクだけ決めて、対応については担当部門に丸投げするのは駄目です。なぜなら、経営資源をそれなりに投下していかないと対応しきれないものばかりだからです。

2つ目は、そうした重大リスク予測から外れた事態に直面した場合でも、慌てずに対応できるようにしておくことです。言うなれば、有事対応力を養うことです。これも全社的リスクマネジメント(ERM)の立派な活動の1つです。

先日、『週刊東洋経済』の生物学者ジャレド・ダイアモンド氏のインタビュー記事で、氏の次のような発言に目が止まりました。

「フィンランド人は歴史から学ぶ国民であり、フィンランドの政府委員会のメンバーである私の友人は、『われわれはうまく行きそうにない全てのことを予測し、それに対して備えることを対ソ戦争から学んだ。だから政府委員会を設置し、うまく行きそうにないことを洗いざらい出し合って、最悪のシナリオに備える』と話していた」
出典:「パンデミック後の世界で守るべきは民主主義である(スペシャルインタビュー)」(週刊東洋経済)

では、予測から外れた事態とは何か。具体的には例えば、「さすがに2023年中には起こらないだろう」と言われている台湾侵攻が起きてしまう事態が、これに該当します。武力侵攻に焦点が当たりがちですが、だからこそ逆に政治・法規制・経済的に、強行に台湾を取り込み始める事態も想定しておきたいところです。そのほかにも、2023年中には終結しないだろうと言われているロシア・ウクライナ戦争が突然、終わりを迎える事態も当てはまると思います。「戦争が終わることがリスク?」と疑問に思う方もいるかもしれませんが、為替や資源・原料価格が大きく変動し、企業の需給予測や生産計画に大きなブレが生じる可能性は十分にあります。それ以外にも、「いくら起こる起こると言われたからと言っても、さすがにコロナがまだ完全に終わらない今の状況下で、鳥インフルエンザが流行ることはないだろう」という予想が裏切られることだってありえます。

以上をまとめますと、2023年の重大リスクが特定されたいま、企業がなすべきことは①重大リスクへの真剣な取り組み、②「予想外の事態」を予想し、危機対応訓練をしておくことの2つだと言えるでしょう。

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