2022年初に予測された重大リスクを振り返る
掲載:2022年12月23日
執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介
ニュートン・ボイス
2022年の年初に「2022年の重大リスクを考える~さまざまな重大リスクレポート for 2022の特徴と活用方法~」を書き、各専門機関から出されている重大リスク予測を並べて総括しました。それから約1年。予測はどうだったのでしょうか。振り返りを通じて、2023年以降の学びにつなげられればと思います。ちなみに、気軽に書くことを目的とした記事になりますので、内容はあくまでも参考程度にとどめておいていただければ幸いです。
2022年重大リスク予測の振り返り
「2022年の重大リスクを考える~さまざまな重大リスクレポート for 2022の特徴と活用方法~」で取り上げた重大リスクは何だったか、少し振り返っておきます。記事では、World Economic Forumをはじめ、いくつかの代表的なレポートが予測する重大リスクを紹介しました。各レポートにおける重大リスクの観点が少しずつ異なることもあり、多種多様なリスクに触れていました。そんな中、私なりにまとめた重大リスクが以下の9項目でした。
- サイバーリスク
- 情報漏洩リスク
- サプライチェーンリスク
- 気候変動リスク
- 感染症(コロナ)リスク
- 不景気リスク
- 地政学リスク(中国、米国、ロシア、欧州、台湾、イラン、トルコ)
- 法規制環境変化リスク
- 破壊的イノベーションリスク
2022年に起きた注目すべき事象
~コロナとロシアのウクライナ侵攻で幕を上げた2022年~
振り返ってみると、2022年はなんといっても、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とロシアによるウクライナ侵攻が重要なキーワードだったと思います。また、その他にもサイバー攻撃や異常気象など常連トピックも注目を集めました。
ロシアによるウクライナ侵攻
2月24日、ロシアがウクライナ侵攻を開始しました。戦争がもたらした影響は大きいものでした。まず、原油、天然ガス、小麦などの穀物への影響が出始めました。ドイツは天然ガスの総供給量の約6割をロシアからの輸入に頼っていたわけですから、その影響の大きさが窺い知れます。天然資源の輸入制限措置は、こうして、世界での天然ガスの価格高騰を引き起こしました。しかも、天然ガスから取れるアンモニアは窒素肥料の原料になっています。肥料の高騰も呼び起こし、食料価格の高騰に拍車をかけました。
ウクライナ侵攻は、中国の台湾有事リスクへの警戒心を強めました。米国のChips法(※1)をはじめ、先端半導体に関わる対中輸出規制の強化が図られています。中国もこうした動きに対抗措置を取り始めています。2022年12月には、米国の対中輸出規制を不当として世界貿易機関(WTO)に提訴をしました。
※1:米国で2022年8月に制定されたマイクロプロセッサの国内製造の活性化を狙った法律。製造、研究、税額控除などに対して520億ドルのインセンティブを提供する
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)
一方のコロナ。年初こそ、感染拡大によりトヨタなど国内工場の一部が停止するという事態がありましたが、その後は徐々に落ち着いてきました。ところが、ロシア・ウクライナの問題と相まって、コロナ明けからの需要回復が需給のバランスを崩すことになりました。つまり、需要は回復しつつあるのに、供給が追いつかないという事態になったのです。中国が通年取り続けたゼロコロナ政策も、これに悪影響を及ぼしました。
これに伴い世界的にインフレが巻き起こりました。特に需要回復が著しい米国では、激しいインフレが起こり、ガソリン代が2倍超に跳ね上がりました。世界のインフレ率は10%(※2)に迫る勢いです。2022年12月15日には、米国の連邦準備制度理事会(FRB)は7度目の金利引き上げを発表しました。中国においても、先のゼロコロナ政策や、不動産問題、人口減少などの影響で、成長に大きな翳りが見え始めています。投資家は、2023年の不景気リスクを織り込み始めています。
※2:World Economic Outlook(2022年10月)によれば2022年のインフレ率は8.8%
サイバー攻撃
2021年5月に米国石油パイプライン最大手、コロニアル・パイプラインの稼働を停止させたサイバー攻撃は世界を驚かせました。2022年はどうだったでしょうか。Check Pointリサーチによれば、2022年第三四半期のサイバー攻撃は、世界的に28%増加傾向にあるとしています。国内では、デンソーが(2021年12月に)サイバー攻撃を受けていたことが2022年1月に判明しました。3月にはブリヂストンや森永製菓が攻撃を受けました。9月には政府サイトがロシア系ハッカーによる攻撃を受けました。また、大阪の災害拠点病院が11月にランサムウエア攻撃の被害に遭い、影響は今も続いています。
異常気象
異常気象についてはどうでしょうか。2022年の日本では台風こそ少なかったものの、8月には山形で大雨特別警報が発令されました。東北・新潟では線状降水帯が発生しています。海外に目を向ければ、パキスタンでは国土の3分の1が冠水するなどの被害が出ました。欧州では年初からの干ばつが8月上旬以降に悪化。フランス、イタリア、ドイツ、ノルウェー、東欧諸国などEU全体の47%が、土中の水分が不足する「注意地域」に区分されました。また、ケニア、エチオピア、ソマリアの東アフリカ3カ国は約40年ぶりの大干ばつに見舞われました。
内的要因による事故や不祥事
最後に、外的要因というよりは内的要因による事故や不祥事についても触れておきます。2月に三幸製菓で悲惨な火災事故が起きました。2021年のルネサスエレクトロニクスの火災も記憶に新しいところですが、残念ながら火災事故はゼロにはならないリスクのようです。また、コンプライアンス系では、日野自動車の排出ガスデータ不正やSMBC日興証券の相場操縦問題が起きました。KDDIで起きた86時間の通信障害も記憶に新しい事故です。
1月 | コロナ感染拡大でトヨタ11工場停止 |
2月 | 三幸製菓で火災事故 |
3月 | 日野自動車で排出ガスデータ不正;相場操縦疑いでSMBC日興証券起訴 |
4月 | 吉野家が不適切発言で炎上 |
5月 | 老朽化インフラで漏水。電力供給2割減 |
6月 | スシローおとり広告で措置命令;尼崎市で全市民46万人のUSBメモリー紛失騒動 |
7月 | KDDI86時間の通信障害;安倍元首相撃たれ死亡;組織員会元理事・電通を捜索 |
8月 | 山形で大雨特別警報 |
9月 | 日本政府サイトにサイバー攻撃(ロシア) |
10月 | Jアラート誤発信 |
11月 | 電力3社でカルテル摘発;JAXA研究捏造・改ざん |
12月 | 福井大と千葉大で論文不正 |
※筆者の私見でピックアップ
予測はどのくらい当たっていたか?
このように見てみますと、外的要因リスクについては多くが予想されたものであったことがわかります。明確に顕在化し、かつ影響の大きかったものを◎、顕在化しそれなりの影響を与えたものを○、顕在化したが予想ほどの影響の大きさではなかったものを△で評価してみますと、下表のようになります。
サイバーリスク | 〇(前年の米国石油パイプライン事件ほどの大事故は起きなかったものの、件数や頻度はどんどん増えている模様) |
情報漏洩リスク | 〇 |
サプライチェーンリスク | ◎(ロシアによるウクライナ侵攻、米中対立が深刻な影を落とした。サイバー攻撃もサプライチェーンへの攻撃が増えている) |
気候変動リスク | ◎(世界のどこかで大きな被害が必ず出ている印象) |
感染症(コロナ)リスク | 〇(コロナに伴う中国のゼロコロナ政策や、需給バランスへの影響が大きかった) |
不景気リスク | 〇(リスクの大きさは業界による印象。不景気リスクは2022年よりも2023年の方が大きそう) |
地政学リスク(中国、米国、ロシア、欧州、台湾、イラン、トルコ) | 〇(ロシアリスクが顕在化した。台湾侵攻が叫ばれていたが、これも注目は2023年以降か) |
法規制環境変化リスク | △(経済安全保障絡みでの法規制強化が進んだ。今後に注目) |
破壊的イノベーションリスク | △(時間経過とともに大きくなる一方。顕在化は時間の問題) |
※筆者の私見による
上記以外では、米国中間選挙に伴うリスク(米ユーラシア・グループ「地政学的リスクトップ10」の第3位)などが挙がっていましたが、これは幸いなことにそこまでの問題は浮上しなかったように見て取れます。
学びは何か?
年初に取り上げた2022年の重大リスクはいずれも、やや抽象的な言葉で表現されたものですから、当たりやすいのは確かです。ですが「3年先すらも読めない」と言われる今日においてそれなりに精度の高い予測であったと言えるのではないでしょうか。
ただし、これら重大リスク予測が当たるかどうかと、それに企業がどこまで真剣に対応するかはまた別の問題です。例えば、ロシアのウクライナ侵攻は、侵攻が開始される2月のギリギリの段階まで、多くの専門家が「起こる可能性は低い」と考えていました。侵攻が起こることを前提に、事前に対策を取ることができていた企業は決して多くなかったように思います。
なぜでしょうか。それはリスクが「不確実性」を帯びるものだからです。リスクは「目的に対する不確かさの影響」と定義されます。そう、不確実なものなのです。「いついつまでにこれくらいの被害をもたらすイベントが顕在化する」とわかっていれば、組織は「そうか、ならXX億円投資しよう」と、楽に意思決定ができます。そうではないから、企業は対応に二の足を踏み、問題につながっていきます。
以上を踏まえると、2つの学びがあると思います。1つは、各専門機関が発表する重大リスクにはやはり一通り目を通しておくべきだということ。これはコストのかかる話ではないので、今からでもしっかりと実践すべきでしょう。そしてもう1つは、そこで語られている重大リスクのうち、自社に影響を与えそうなものについてはリスクアセスメントを行うこと。加えて、単に年1回のリスクアセスメントを行うだけでなく、期中もモニタリングを続け、リスク顕在化の確度が高まっていないかどうかを意識すること。そして必要に応じて、簡単でも社内でシミュレーションするなど、何らかのリスク評価・対応を行うべきだということです。これにより、不確実性の高いリスクに対しても臨機応変な対応が可能になります。
2023年に向けて、各専門機関はどのようなリスクを重大リスクとして取り上げるのでしょうか。私も目を通し、改めて記事にしたいと思います。
参考文献
- Check Point Research: Third quarter of 2022 reveals increase in cyberattacks and unexpected developments in global trends
- Office of the law revision counsel United States Code, CHAPTER 72A—CREATING HELPFUL INCENTIVES TO PRODUCE SEMICONDUCTORS FOR AMERICA, 2022-12-21
- World Economic Outlook - Countering the cost-of-living crisis (2022.10)
- Top Risks 2022 from Eurasia Group