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地政学的リスク~地政学の歴史的背景と2019年への展望~(後編)

掲載:2018年11月15日

コラム

前編では、地政学的リスクの成り立ちから定義までをご説明させていただきました。しかし、企業や組織のリスクマネジメントにおいて、政治や経済に関する地政学的リスクという視座を理解することのメリットとは何でしょうか。

どのような専門家であっても、世界全体の政治的変化や経済的変化を全て詳細に追跡し分析することは困難です。従って、国際社会の不確実性を分析するためには、何らかの視座が必要となります。学問的に研究を行う専門家であれば、経済学や政治学などの学問領域から分析しますが、企業では、どういった外部環境の変化が自社のビジネスに結び付くのかを明らかにしなければなりません。しかし、国際政治・経済という外部環境リスクの変数は複雑性と不確実性を多分にはらんでいます。自社ビジネスを取り巻く外部環境リスクの分析範囲を、一定の根拠に基づいて狭めることができれば、優先して分析すべき事象が明確化され、自社にとって相対的に蓋然性と影響の大きなものに限定することができます。

この根拠として、自社を取り巻く外部環境リスクを定義し、理解する際に地政学的リスクという概念は有効になります。つまり、国際政治・経済において重要な地理的空間の動向から、国際政治・経済の不確実性と今後の変化を見通すための一つの視座になると言えます。企業においては、自社ビジネスを踏まえて、関連する地理的空間を特定した上で、それぞれの国や地域にどのような地政学的リスクが存在し、今後どのような変化が起こり、どういった影響を及ぼすのかという分析を加え、どんな対策をとるべきなのかを明らかにすることが必要です。

         

2019年に向けて:日本を取り巻く地政学的リスク

地政学的リスクを考えるためには、そのリスクの地理的な震源地がどこにあり、それぞれのリスクがなぜ世界に、そして日本に影響を及ぼすのかを知る必要があります。では2019年に向けて、日本を取り巻く地政学的リスクにはどういったものがあると言えるのでしょうか。今後、世界と日本の政治・経済に大きな影響を及ぼすと考えられそうなリスクをいくつか検討していきましょう。

トピック リスク分野
朝鮮半島:北朝鮮の核・弾道ミサイル問題 安全保障
中国:経済の動向と東、南シナ海情勢 経済、安全保障
米国:経済・通商政策 経済
欧州:英国のEU離脱とEUの存続 経済
中東:テロリズムの拡散 安全保障
マラッカ海峡:海賊 経済
アデン湾とイエメン、ソマリア:海賊 経済
宇宙空間:スペースデブリと宇宙空間の過密化 経済、社会

朝鮮半島:北朝鮮の核・弾道ミサイル問題

朝鮮半島は中国及びロシアという軍事力も経済規模も大きな大陸国家と、日本と米国という海洋国家を周辺に抱え、歴史的にも係争地となっていました。朝鮮半島は1950年代の朝鮮戦争以来、韓国と北朝鮮という二つの国が並立し敵対関係にあり、朝鮮半島は中国と米国という大国の軍事的勢力圏の境目という地政学的特徴を有しています。朝鮮半島周辺には米中露日という軍事的、経済的に力を持つ周辺国家が存在しており、必然的に朝鮮半島はそれらの国家の利害が先鋭化されやすい地域となります。そういった地政学的特性を有する朝鮮半島が分割されていることは、力のバッファー地帯として重要な意味を持っています。

2017年に韓国で融和政策をとる文大統領の政権が樹立され、平昌オリンピック・パラリンピックを契機に北朝鮮は自身の核・弾道ミサイル開発を放棄する意思を表明しました。2018年6月にはシンガポールで米朝首脳会談が実施され、融和ムードが高まっています。しかし、北朝鮮が現在も核兵器及び弾道ミサイルを保有していることに変わりはなく、今後の米朝交渉の展開次第では融和ムードが一変する可能性を秘めています。朝鮮半島情勢の変化に伴い、在韓米軍の大幅な活動の見直しが進められており、東アジアにおける米国の軍事的プレゼンスが変化することで、米国と同盟を結ぶ日本の安全保障に対して重大な影響を及ぼすと言えます。

また、日本にとっては日本を敵国と明言している北朝鮮の大量破壊兵器及びその運搬手段の開発は、朝鮮半島及び東アジアの不安定化をもたらし、日本の安全保障を脅かす地政学的リスクとなっています。

中国:経済の動向と東、南シナ海情勢

中国は世界第2位の国土と世界第1位の人口を保持しており、2018年も6~7%という堅調な成長が見込まれている世界第2位のGDPを有します。面積的にも資源の集中という観点からも、中国の変化は国際政治・経済に大きな影響を及ぼすと言えます。

成長を続ける中国は「世界の工場」から、製品の一大消費地として「世界の市場」へと変化しつつあり、中国の経済活動そのものが国際経済の趨勢を左右する地政学的リスクとなっています。中国経済の成長が今後も堅調に推移すれば、日本企業は中国向け製品やサービスを強化していくことが必要となります。また、中国経済の成長が鈍化すれば中国国内の消費が落ち込み、世界経済へと波及することが見込まれ、日本の企業・組織に直接的・間接的に大きなマイナスの影響が発生します。

また、日本にとって中国は経済だけでなく、海洋政策も重要な地政学的リスクとなっています。中国による領有権問題が解決していない南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)の一方的現状変更活動は、中国の外洋進出政策の一環であると考えられます。日本は中国が外洋進出するための航路上にあり、大陸棚に基づいたEEZ(排他的経済水域)や尖閣諸島に対する領有権の主張を強めています。中国の国土は直接的には太平洋に面しておらず、外洋に進出するには台湾、日本、フィリピンのEEZを通過しなければなりません。従って中国が国際的なプレゼンセスを高めるために外洋に進出するには、これらの国との利害関係が生じることとなります。中国は空母「遼寧」を就役させ、2018年4月には新型空母の進水式を行っており、軍事的にも外洋への進出を進める意図を明確にしています。こうした中国の外洋進出政策は日本の安全保障にとって今後一層重大な地政学的リスクとなっていくと言えます。

米国:経済・通商政策

米国は、北米大陸のおよそ半分を占め、その領土はアジアと欧州に太平洋と大西洋を挟んでアクセスできるという地理的特性を持ち、世界最大の経済力、軍事力を有しています。そして、貿易により発展した海洋国家かつ製品の最大の消費地である米国の通商政策は、世界経済の趨勢を左右する要素となっています。

トランプ大統領は就任以来、保護主義的な経済政策を推し進めています。北米自由協定(NAFTA)は見直しにより、自動車車両貿易の数量制限が新たに課され実質的には自由貿易協定としての意味合いが失われました。また自国産業保護を目的として、鉄鋼などの輸入製品に対する新たな関税政策を導入し、中国製品に対しては2000億ドルにも上る追加関税をかけることを発表しました。これに対し、中国も報復関税措置の導入を発表しています。

世界最大の経済大国である米国のこうした保護主義的な経済政策により、グローバル化の進展と共に発展してきた戦後の国際経済体制に対する懐疑が高まり、世界全体の成長鈍化につながる可能性が存在します。世界経済全体の成長鈍化に伴う経済不況が及ぼす影響の大きさは言うまでもありません。また、より喫緊のリスクとして、米国で経済活動を行う日本企業はトランプ政権の今後の経済・貿易政策に対応するためのコスト負担を強いられることが想定されます。

欧州:英国のEU離脱とEUの存続

EU(欧州連合)の単一市場化という取り組みは地政学的観点から見ると、米露(ソ)という超大国に対して、欧州各国に散らばっていた経済資源を単一のものとして意味付けEU加盟国全体で欧州地域としての国際政治・経済への影響力を高めていこうとする動きであったと言えます。
しかし、2016年に英国でEUからの離脱を問う国民投票が実施され、EU離脱派が勝利したことで英国のEU離脱(ブレクジット)が決定的となりました。現在、英国はEU離脱に向けて交渉を進めています。

EUは地域主義の旗手として単一市場の創設、共通通貨ユーロの導入、政策統合を進めてきました。しかし近年は「民主主義の赤字」と呼ばれる、EU各国の市民によるEUの政策統合に対する批判が高まっていました。英国は共通通貨ユーロの導入を行わないなど、EUに対して常に一定の距離を保っていましたが、EUの進める移民政策等への批判が国内で高まり、ブレクジットへとつながりました。

仮に英国がブレクジットによる経済的メリットを得た場合、他のEU諸国にEU離脱の波が波及する恐れがあります。またブレクジットによる英国のデメリットが大きい場合、日本と政治・経済・安全保障分野で重要な関係にある英国経済の後退が日本にマイナスの影響を及ぼすことが考えられます。

いずれにしても欧州という膨大な人口と経済力を有する地域が不安定化すれば、日本を含めた世界各国にその影響は波及することとなります。より直接的には、欧州拠点を英国に置いている企業は、英国が単一市場外となることにより生じる制度変更に備えた、拠点や支店の見直しを検討する必要が生じます。

中東:テロリズムの拡散

中東は石油産出国が集中しているという地理的要因を有しているため、中東地域の情勢変化は国際政治や経済にとって大きな影響を及ぼします。中東地域で2010年頃より活発化したISIL(イスラム国)の活動は宗教的属人性に基づいた統治の樹立を宣言したという点で、現在の国際社会の基礎となっている、主権国家システムそのものへの挑戦でもありました。

ISILの中東地域における活動は2017年~2018年にかけて、多国籍軍による軍事活動等により後退しました。しかし、ISILの活動に共鳴し中東地域に集結していた多くの外国人戦闘員が母国に戻ることで、世界各国にテロリズムが拡散することが懸念されます。日本政府と日本人も過去にISILから攻撃対象として指名されており、中東を震源地として発生したテロリズムという地政学的リスクは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて世界の注目が高まる中で、日本にも大きな影響を及ぼすものと考えられます。

マラッカ海峡:海賊

マレー半島とインドネシアのスマトラ島の間を通るマラッカ海峡は、歴史的にもインド洋と太平洋をつなぐシーレーンとして重視されてきました。日本経済にとって、マラッカ海峡は中東から輸出される日本向け石油製品のほとんどが通過する重要な輸出入航路となっています。

マラッカ海峡は世界でも有数の過密航路であり、その周辺地域を含め多数の海賊事件が発生しています。マラッカ海峡とその周辺地域は海賊が姿を隠すことのできる複雑な海岸線を有し、大型船の航路が海岸線から比較的近いために小型船による接近が容易という地理的特性があります。マラッカ海峡において海賊の活動が活発化すれば、日本の貿易活動を阻害する大きな要因となります。

現在、日本も含めた各国によりマラッカ海峡周辺の海賊対策が進められていますが、今後も日本の経済にとって重要なリスクであると言えるでしょう。

アデン湾とイエメン、ソマリア:海賊

アラビア半島とソマリア半島に挟まれたアデン湾も紅海、スエズ運河、地中海を経てインド洋と欧州を結ぶ日本や世界の経済にとって重要なシーレーンです。ソマリアは1980年代に始まった内戦が泥沼化し、事実上中央政府が機能せず破綻国家化しており、2000年代以降はアデン湾を通過する民間商船を狙った海賊活動が活発化しています。

一方、アデン湾の対岸イエメンは2011年に騒乱が発生し、2015年前後から内戦状態にあります。イエメン内戦ではフーシ派とハーディ派、そしてアルカイダ系やISIL系のテロ組織が対立し、そこに部族間闘争が絡んでおり泥沼化しています。また、中東地域における影響力拡大を狙うイランとサウジアラビアが武器供与や軍事作戦を展開することで実質的な代理戦争の様相を呈し、「世界最悪の人道危機」状態にあるとされています。

イエメン内戦の泥沼化が続けば、経済的に困窮した者がアデン湾で海賊活動を行う要因が増加していくこととなります。日本の自衛隊を含む有志国が軍艦艇を送り、海賊対策を実施していますが、2018年も多くの海賊被害がアデン湾で発生しています。ソマリアとイエメンの国内の安定化が進まなければ、アデン湾の海賊被害の根本的解決は図られず、今後も世界経済を脅かす地政学的リスクであり続けると考えられます。

宇宙空間:スペースデブリと宇宙空間の過密化

最後に、一般的な地政学概念には含まれませんが、宇宙空間を震源とするリスクについて考えてみましょう。前編で述べたように、宇宙空間は既に私たちの生活とは切り離せないほど重要な人類の活動空間となっています。世界を結ぶ通信衛星やGPSは私たちの生活にも浸透しています。また災害の多い日本では宇宙空間からのリモートセンシング情報は天気予報だけでなく、被災状況の把握や復興のために重要な役割を果たしています。

しかし、現在運用の終了した人工衛星や、過去の人工衛星破壊ミサイルの実証実験などによって生じたスペースデブリ(宇宙のゴミ)が増加しており、宇宙空間の安定的な利用を脅かすリスクとなりつつあります。また赤道上の静止衛星軌道は過密化が進んでおり、今後の宇宙開発の阻害要因となり得ます。人類の活動にとって重要な地理的空間となった宇宙空間を震源として発生した変化が今後の政治・経済に重要な影響を及ぼすという点で、宇宙空間の課題は広義の地政学的リスクであるといえるでしょう。

もちろん、地政学的リスクは本稿で挙げたものばかりではありません。国際政治・経済情勢の変化に伴い新たなリスクが発生することや、本稿で挙げたリスクの影響が小さくなることが考えられます。

地政学的リスクとして挙げられるものは国際政治・経済全体に対して何らかの影響を及ぼすものであり、日本や諸外国の政治・経済が世界から様々な影響を受ける以上、間接的な影響を含めれば、地政学的リスクは全ての法人および個人に関係するリスクであると言えます。グローバル化が進んだ現代の企業や組織は、地政学的リスクにより生じる外部環境の変化に対して柔軟に対応することが求められています。

地政学的リスクは外部環境の変化を観測し、予測していくための一つの視座であり、複雑な国際政治・経済情勢を全て説明できるものではありません。しかし、地政学的リスクという考え方を知ることは、外部環境の変化を考え、自社や自組織を取り巻くリスクを計る上で有益であると言えます。

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