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コラム

地政学的リスク~地政学の歴史的背景と2019年への展望~(前編)

2018年11月14日

コンサルタント

菊池 朋之

2000年代前半から、国際経済の分野で「地政学的リスク」という言葉が頻繁に使用されるようになりました。国際社会の不確実性への視座としての地政学的リスクを理解することは、グローバル化し経済・社会的な影響が迅速に波及する、現在の国際社会で活動する企業や組織、そして個人にとって非常に有意義であると言えるでしょう。本稿ではまず、前編で地政学的リスクという概念への理解を深めていただくため、この概念の起源となった地政学の歴史的背景と地政学的リスクという言葉の成り立ちを解説し、後編では地政学リスクを企業や組織を取り巻く外部環境リスクの指標とする意義をご説明した上で2019年に向けて日本を取り巻く影響の大きいと考えられるリスクを列挙し概説を行います。

地政学の成り立ち

地政学(Geopolitics)という用語は、地理(Geography)と政治(Politics)を組み合わせてつくられた言葉です。地政学では国際政治情勢の変化の最も重要な決定要因を、政治指導者や政治体制ではなく地理的条件としています。地理的条件を政治的変化の独立変数とする国際政治観は、トゥキディデスの『戦史』等古代の著述においても見られますが、地政学は近代以降、戦略論の一部として、経済資源や科学技術の要素を取り入れながら発展してきました。

例えば、現代の地政学の発展に対して重要な影響を及ぼした、米国海軍軍人のマハン(Alfred Thayer Mahan)は『海軍権力史論』を1890年に発表し、海という地理的空間の支配が世界への支配的影響力となることを説きました。英国のマッキンダー(Halford John Mackinder)は、1919年に『デモクラシーの理想と現実』を発表し、第一次大戦の結果を考慮しつつ、鉄道網の発展などにより、19世紀後半まで人類の主たる活動領域とされていなかった、ユーラシア大陸中心部である「ハートランド」の戦略的価値が増大していると主張しました。

第二次大戦にかけて、ヒットラー率いるナチスドイツが自らの拡張主義的な行動を正当化するための論理の一つとして地政学の概念を用いたことで、第二次大戦後は地政学という言葉に負のイメージが伴うこととなり、特にドイツや日本では積極的には使用されなくなりました。しかし、第二次大戦後の米ソ冷戦の世界においても、地政学的な考え方は米ソ両大国の国際政治戦略に重要な影響を及ぼしました。例えば、米国の冷戦初期の対ソ戦略の根幹となった「封じ込め政策」は、ソ連の影響力を軍事的、政治的、経済的手段を用いて地理的に限定するという政策だと言えます。

現代における地政学

地政学の概念が誕生した19世紀から、国家戦略の根拠として使用された20世紀を経て、国際政治・経済の情勢や制度が大きく変化した21世紀の現在でも、地政学的観点は国際政治・経済を見るための一つの視点として有効であると言えます。現代ではマハンが説いた海洋や陸上―マハンの言葉を借りれば「シーパワー(Sea Power)」と「ランドパワー(Land Power)」―だけでなく、科学技術の発展に伴い、空や宇宙といった戦略的に重要な空間が拡大しています。

空の空間は、航空技術が急速に発展した第一次大戦後の1919年に、パリにおいて「航空規制に関する条約(パリ航空条約)」が調印されて以降、「領空」として現在まで各国の自国領土と領海上空に対する「完全かつ排他的主権」が確立しました。さらに、第二次大戦後、宇宙開発が進展し人工衛星による情報収集や通信の社会インフラとしての重要性が増大したことにより、現在では宇宙空間も安全保障や経済発展において戦略的な重要性を有していると言えます。以上のように空間的支配を重視する地政学的観点から見ると、人類の活動領域の空間的拡大が国際政治・経済に及ぼす影響を説明することができます。

他方で、物理的空間ではないインターネット空間の発展によって、地政学の理論では対象とされていなかった領域における事象が影響力を持ちつつあります。ですが、国際政治は未だに多数の主権国家からなる政治システムであり、国家が国家であるためには領土・領域、永続的国民、排他的な主権という3つの要素が求められる以上、現代でも国際政治における地理的空間が重要な変数であることに変わりはありません。

近年では、経済的手段により地理的影響力を拡大させる「地経学(Geoeconomics)」という戦略概念も注目されていますが、地政学は地経学に比して軍事、政治、経済を含んだより広い概念であると言えます。

地政学的リスクとカントリーリスク

以上のように地政学は、戦略(軍事、政治、経済)的に重要な地理的空間における、力の趨勢を国際政治・経済情勢の独立変数として重視する概念です。そしてリスクは、「目的に対する不確実性の影響」と定義されます。つまり地政学的リスクとは、「特定の地理的空間を震源地として生じる変化が、国際政治・経済に及ぼす影響及びその要因」と規定できます。

そして、地政学的観点から見た「地理的空間」は、人口や技術等の経済資源の配置、移動及び通商手段によりその重要性が変化します。企業や個人に落とし込むと、特定の地点・地域で発生した事象が、発生した場所以外で自社・自組織の活動に正負何らかの影響を及ぼす場合、地政学的リスクが存在すると言えます。

グローバル化の進展により、国や地域の不確実性が特定の震源地から国際政治・経済に対して影響を及ぼす蓋然性は増大しています。こうした地政学的リスクの概念が国際社会の不確実性の指標として広く知られるようになったのは、米国のFRB(連邦準備制度理事会)で2002年9月24日に行われた会議で、9.11以降の経済情勢に言及する際に、他の国や地域で発生した変化が米国経済に大きな影響を及ぼしていることを表すために使用されたことがきっかけとされています。

地政学的リスクを考える上で必要なのは、現在の軍事力や経済力がどのような国や地域に、どのような形で分布しているのかという点です。そういった軍事力や経済力の地理的偏在性と貿易ルート等の地理的特性を組み合わせることで、様々な国や地域で生じる変化の影響の大きさを検討することが可能となります。

本来、本稿のテーマとしている地政学的リスクは「カントリーリスク」に含まれていましたが、2000年代以降に地政学的リスクの概念が注目を集めるにつれ、使い分けのために、影響が事象の発生した国や地域の内部に留まるリスクを狭義の意味で「カントリーリスク」とする考え方が定着しつつあります。日本以外の国や地域における狭義の意味での「カントリーリスク」は、日本国内のみで活動を行っている法人が影響を受けることはありませんが、その国や地域に支店の進出を検討している法人や海外支店、子会社、サプライチェーンを有する法人にとっては重要なリスク要素となります。「カントリーリスク」は各国の政策や制度変更、自然災害の発生可能性、犯罪率、公的機関の汚職率等複合的要素から検討しなければなりません。

なお、ヒト、モノ、カネの国境を越えた移動が活発化し、グローバル化が進展している今日において、一つの国や地域の重要な変化の影響が完全に国内にのみ留まるということほとんどないため、狭義の意味での「カントリーリスク」であっても「地政学的リスク」を構成する重要な要素であると言えます。

後編では、2019年に向けて知っておきたい日本を取り巻く地政学的リスクについて解説します。

後編に続く

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