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コラム

「グローバルリスク報告書2019」~地政・地経学リスクとテクノロジーリスクの高まり~

2019年02月20日

コンサルタント

北川 信夫

2018年、全世界は地震、ハリケーン、山火事、洪水、熱波等の自然災害に見舞われ、多くの被害が出ました。日本も例外ではなく、西日本豪雨、台風21号、大阪北部地震、北海道胆振東部地震等、自然災害による被害が発生しています。

これらの事象を受け、近年その蓋然性の上昇が喧伝されている首都直下地震や南海トラフ地震等、自然災害に備えた対策や事業継続計画(BCP)の構築・改善活動を強化されている組織も多いのではないでしょうか。

北海道胆振東部地震の土砂崩れの様子(2018年)

しかし、世界に目を向けてみると、危惧しなければならないのは自然災害だけではありません。上述の自然災害以外では、組織の活動に影響を及ぼす、又は及ぼし得る事象として、米中貿易摩擦、ブレグジット(英国のEU離脱)、朝鮮半島問題、大規模サイバー攻撃等のリスクが挙げられます。組織のグローバル化に伴い、多様化するグローバルリスクへの対応も求められます。

世界全体で起こり得るこうしたリスクについて具体的に予測を示しているのが、世界経済フォーラム(World Economic Forum)が発行する「グローバルリスク報告書」です。本稿では、最新版である「グローバルリスク報告書2019」について、昨年ご紹介した「グローバルリスク報告書2018」との違いを比べながら、概説していきます。

「グローバルリスク報告書」とはーダボス会議に先立ち発表

ダボス会議が開催されたダボスコングレスセンター

世界経済フォーラムは、2019年1月22日から25日にかけて年次総会(通称:ダボス会議)を開催し、それに先立って1月15日に第14版となる「グローバルリスク報告書2019(The Global Risks Report 2019 14th Edition)」を発表しました。

「グローバルリスク報告書」は、各国政府、企業、学術界等各分野の学識者と「Marsh & McLennan Companies」及び「Zurich Insurance Group」の協力のもと、世界が直面している最も差し迫った課題、そして今後直面するであろうリスクに対して、防衛策を講じ、現在そして将来の世代のために世界のレジリエンスを高める鍵を示しています。

発生可能性が高いリスクトップ5(2017-2019) 

「発生可能性が高いリスク」については、2017年から3年間トップ5の項目は大きく変わっておらず、2018年と2019年ではトップ5の順位に変動はあるものの、項目自体は同じリスクが並んでいます。2017年にランクインしていた「大規模な非自発的移住」及び「大規模なテロ攻撃」に関しては、中東におけるISIL(イスラム国)の活動の影響が大きかったと言えますが、ISILの活動の後退により、2018年以降は発生可能性が高いリスクにはランクインしていません。

一方で、気候変動、異常気象、自然災害といった環境問題はランクインし続けています。また、データ不正利用や窃盗、サイバー攻撃といった情報通信技術の発展に伴うテクノロジーリスクの発生可能性は今年もランクインしています。

発生可能性が高いリスク
順位 2017年 2018年 2019年
1 異常気象 異常気象 異常気象
2 大規模な非自発的移住 自然災害 気候変動緩和・適応への失敗
3 自然災害 サイバー攻撃 自然災害
4 大規模なテロ攻撃 データの不正利用または窃盗 データの不正利用または窃盗
5 データの不正利用または窃盗 気候変動緩和・適応への失敗 サイバー攻撃
出典:The Global Risks Report2019 14th Edition FigureⅣ:を基にニュートン・コンサルティングが作成

影響の大きいリスクトップ5(2017-2019)

「影響が大きいリスク」についても、2017年から3年間トップ5の項目は変わっておらず、2018年と2019年ではトップ5の順位に変動はあるものの、依然として「大量破壊兵器」が1位になっています。北朝鮮の保有する大量破壊兵器の脅威そのものは朝鮮半島の緊張緩和により、蓋然性は低下したと考えられますが、北朝鮮の非核化への実務的な手続きは今後の交渉に委ねられています。また、米国とロシアが中距離核戦力全廃条約(INF)を失効させたことにより、依然として大量破壊兵器の脅威の影響が大きいと言えます。昨年同様に「気候変動緩和・適応への失敗(2位)」、「異常気象(3位)」、「自然災害(5位)」は「発生可能性の高いリスク」トップ5にもランクインしており、依然として大きな課題となっています。

影響が大きいリスク
順位 2017年 2018年 2019年
1 大量破壊兵器 大量破壊兵器 大量破壊兵器
2 異常気象 異常気象 気候変動緩和・適応への失敗
3 水危機 自然災害 異常気象
4 自然災害 気候変動緩和・適応への失敗 水危機
5 気候変動緩和・適応への失敗 水危機 自然災害
出典:The Global Risks Report2019 14th Edition FigureⅣ:を基にニュートン・コンサルティングが作成

各リスクの定義

それぞれのリスクについて、グローバルリスク報告書付録A:2019年のグローバルリスクとトレンドの説明欄では以下のように定義されています。

  • 異常気象:異常気象(洪水、暴風、火災等)により、主要な財産、インフラ、環境が被害を受け、人命が失われる
     
  • 気候変動緩和・適応への失敗:気候変動を緩和し、人々を守り、気候変動の影響を受ける事業の転換を支援する有効な対策を、政府や企業が実施または制定することができない
     
  • 自然災害:地震、火山活動、地滑り、津波、地磁気嵐などの地球物理的災害により、主要な財産、インフラ、環境が被害を受け、人命が失われる
     
  • データの不正利用または窃盗:個人情報や公的情報が前例のない規模で悪用される
     
  • サイバー攻撃:大規模なサイバー攻撃またはマルウェアが大きな経済的損失、地政学的緊張、インターネットに対する幅広い信頼の喪失を引き起こす
     
  • 大量破壊兵器:核、化学、生物学的、放射性物質・技術を利用した兵器が配備され、国際危機と大規模な破壊の可能性をもたらす
     
  • 水危機:利用可能な真水の質と量が著しく低下し、人間の健康や経済活動に悪影響を及ぼす

短期的なリスクの展望(Short-Term Risk Outlook)

昨年の「グローバルリスク報告書2018」では、国家中心の政治が新たな段階に入ったことが指摘されていましたが、2019年も同様であるとされています。特に、単一の国家がコントロールできるリスクが減り、世界全体で対応しなければならないリスクが増大しています。「グローバルリスク報告書2019」では以下の5つの懸念事項に着目し、それぞれのリスクが分析されています。

  1. 経済的脆弱性(Economic vulnerability)
    これまで世界経済の成長を率いてきた中国経済の成長率が鈍化(2018年は6.6%、2019年は6.2%、2020年までには5.8%まで低下すると予測されている)したことに加えて、米ドル決済中心だった市場経済にも変化が見られます。
     
  2. 地政学的緊張(Geopolitical tensions)
    大国間の新たな緊張関係が生じてきており、それらは軍事的・経済的問題をはらみつつ、グローバルリスクの要因となっています。また、大国の協調が失われることにより、全世界で対応しなければならない課題への対応力が失われることが懸念されています。
     
  3. 社会的・政治的ひずみ(Social and political strains)
    精神的疾患を持つ方が全世界で約7億人と推計されており、大きな課題となっています。これらの課題には、社会的・技術的問題及び労働問題が密接に関係しています。こうした人間の精神や感情に起因する問題は全世界で共通のリスク領域となっています。
     
  4. 環境的脆弱性(Environmental fragilities)
    環境問題は「グローバルリスク報告書」の創刊以来、14年の歴史の中で次第に顕在化してきており、この傾向は2019年以降も継続すると指摘されています。
     
  5. 技術的不安定性(Technological instabilities)
    ビッグデータやAIを使用した調査等が増加しています。それらの新たな技術が抱えるプライバシーの問題や、重要インフラに対するサイバー攻撃が非常に大きなリスクとなっています。
以上の5つの要素を含む喫緊の課題として、別の章を割いて以下の事項についてより詳細な解説がされています。
  • 変容する価値観とリスク(Power and Value)
  • こころの問題という新しいリスク(Heads and Hearts)
  • 変異を続ける疾病リスク(Going Viral)
  • 海面上昇との闘い(Fight or Flight)

10の将来起こり得る危機(Future Shocks)

2018年から新たに設けられた「Future Shocks」ですが、2019年も同様に10の将来起こり得る危機が挙げられています。これらの危機は、前掲の短期的なリスクに対して、中長期的に起こり得る危機を指しています。幾つかの項目で示されている変化は、既に身近なものとなりつつあります。しかし、まだ危機の発生要因として明確には認識されてはいないのではないでしょうか。これらの危機は事前に予測することが非常に困難かつ起きた場合の影響が非常に大きい事象(危機)、「ブラックスワン」であると言えるでしょう。

  1. 気象操作という新兵器(Weather Wars)
  2. 秘密が秘密でなくなる時(Open Secret)
  3. 大都市一極集中の限界(City Limits)
  4. 標的となる食料サプライチェーン(Against the Grain)
  5. デジタル監視社会(Digital Panopticon)
  6. 大都市における水不足(Tapped Out)
  7. 宇宙空間を巡る対立(Contested Space)
  8. 感情を読み取るAIの危険(Emotional Disruption)
  9. 人権なき社会(No Rights Left)
  10. 金融ポピュリズム(Monetary Populism)

終わりに

リスクが多様化していくグローバル社会にどのように対応していくのかは、それぞれの企業や組織で異なるでしょう。しかし、グローバルリスク報告書が説いている多様なリスクは、世界のどこかの誰かに起こり得る事象ではなく、世界のどこの誰にでも起こり得る事象であるという意識を皆さんが持たなければなりません。

グローバルリスク報告書は、世界の政府、企業、学術界、NGO、国際機関等のリーダーで構成される世界経済フォーラムのコミュニティと、リスクマネジメント協会(Institute of Risks Management)に加え、各分野の学識者からなる専門家会議のメンバーによって、グローバルビジネスリーダーが直面するであろうリスクに対して適切な対策を講じるためのポイントを伝えることが狙いの一つです。人間は未知のリスク「ブラックスワン」に対しては、それが危機に繋がるリスクであると認識する事が出来ず、適切な対応が非常に難しいとされます。

組織のリスク対応には段階があります。まずは自組織に影響を与えるまたは与える可能性のあるリスクを知ること、次に、それらのリスクを分析し自組織への影響の大きさを測ること、最後に、分析の結果を基に優先付けを行いリスク対応プランの実行をすることです。昨年の記事と本稿において、第一段階の「リスクを知る」ことは出来たと思います。「対岸の火事」と決めつけるのではなく、リスクと向き合う事が、リスクが多様化・グローバル化し続けるこれからの社会を生きていく鍵となるでしょう。

最後に、組織の破滅的な失敗(メルトダウン)を起こす共通要因及び有効な対策を論じた『Meltdown』を著したAndrás Tilcsik氏とChris Clearfield氏の「グローバルリスク報告書2019」への寄稿文の言葉を借りて本稿を終えたいと思います。

”初期の警告サインを認識し、組織に懐疑論を構築し、構造化された意思決定ツールを使用して危機をよりよく管理することによってのみ、未曽有の事態を防ぐことができます。”

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