衛星通信とは、宇宙空間にある人工衛星を利用して地上の2地点間、または多地点間で情報をやりとりする無線通信のことです。衛星通信には、音声通信(長距離電話)や映像通信(テレビ中継)、データ通信、インターネット通信などがあります。人工衛星が基地局の役割をするため、通信インフラの敷設が困難な地域にも電波を届けることができます。また、地球上の広大な地域をカバーすることができるため、その範囲内にある受信局に向けての一斉通信も可能となります。さらに、一般的な固定電話や携帯電話と異なる大きな特徴があります。宇宙にある人工衛星は自然災害の影響を受けることがなく、耐災害性に優れているという点です。このため、防災やBCP(事業継続計画)の観点から災害時でも確実に通信を確保できる重要な手段として活用されています。
衛星通信を支える人工衛星の種類と特徴
多くの民間企業や政府・自治体が衛星通信を活用しています。固定電話や携帯電話は地上に設置された基地局を通じて伝送する仕組みのため、地震や風水害、津波などの自然災害により基地局が被害を受けて伝送が不可能になることがあります。一方、衛星通信は地上の基地局を介さず人工衛星を通して伝送するため、地上で災害が起きていても影響を受けることがなく活用でき、災害時の有効なコミュニケーション手段となります。
衛星通信に使われる人工衛星は大別すると以下の2種類に分けられます。それぞれの特徴とメリット・デメリットについて解説します。
①静止衛星(GEO:Geostationary Earth Orbit)
静止衛星とは、地上から見ると常に同じ位置に静止しているように見える人工衛星のことです。高度約3万6,000キロメートルの赤道上空を地球の自転に合わせて周回しているため、いつも同じ位置にあるように見えます。 衛星通信にこの種類の人工衛星を利用することのメリット は、1つの衛星で広範囲をカバーできることで、理論上は3~4機で地球全体を効率的に網羅できます。必要な衛星数が少なくてすむため、利用料金が安定します。
デメリットは、人工衛星の周回軌道が遠いため、信号の伝送遅延が大きくなる傾向があることです。また、地上側の端末アンテナを静止衛星がある方向(日本国内では主に南方向)に正確に固定することが必須となります。
②低軌道衛星(LEO:Low Earth Orbit)
低軌道衛星とは、地球に比較的近い低い軌道を回る人工衛星で、主に高度200~2,000キロメートルを周回しています。
衛星通信にこの種類の人工衛星を利用することのメリットは、周回軌道が低いため、静止衛星に比べて伝送遅延が少なくなる上に、端末から衛星へ送信する際の電力も最小限に抑えられ、端末の小型軽量化が可能な点です。
デメリットは、静止衛星と比較してカバーできる範囲が狭く、また1つの衛星が上空を通過する時間が短いため、通信を維持するにはシームレスに衛星間の切り替えを行う必要がある点です。つまり、多数の衛星を打ち上げてネットワークとして配置することが必要となるため、システム構築・維持コスト=ユーザの利用料金が高くなる傾向があります。さらに、通信を安定させるためには、常に複数の衛星が視野に入る開けた場所に地上側の端末アンテナを設置することが推奨されています。
上述の通り、静止衛星と低軌道衛星には一長一短があり、どちらが優れているというものではありません。導入を検討する際には、運用方法や導入する拠点、使用するときの状況を考慮して、自社にあったサービスを選択しましょう。
【図1 衛星通信の原理】
衛星通信の導入・運用のポイント
企業がBCPの観点から衛星通信の導入を検討する際には、主に3つの観点から検討を進めましょう
①コスト
衛星通信のコストには、導入にかかる初期費用に加え、定期的なサービス利用料が発生します。有事に備えたコミュニケーション手段を導入するための予算をどれくらい確保しているかによって、利用できるサービスが異なってきます。
②必要な機器
サービスを利用するために必要な機器の種類を明らかにします。その際、当該機器が自社の管理体制に適した形態であるか、また、自社が求める機能を備えているかといった点が重要です。衛星通信サービスを利用する拠点の立地なども考慮すべきでしょう。
③運用体制
衛星通信サービス導入後の効果的な活用のためには、その利用者(組織)、管理方法などを明示し社内教育などで周知徹底を図ります。さらに、訓練による利用方法の習熟も不可欠です。
特に、効果的に運用するためには、平時からの訓練による運用経験が役立ちます。衛星通信という有効な手段を導入したとしても、有事の際に利用方法が認識できておらず活用できないとなると、それまでにかけたコストが無駄になってしまいます。実際に私たちがご支援した訓練での事例でも、衛星通信を利用しようとして衛星電話機の充電が切れてしまっていたり、使用方法がわからなかったりしてすぐには使えなかったということも少なからずあります。衛星通信を導入して「これで、いざという時も安心」と思って終わりではなく、その後の運用体制を確立しておきましょう。
【表1 日本で利用できる主な衛星通信サービス(2025年10月現在)】
| サービス名 | 提供会社 (日本国内) |
衛星の種類 | 主な特徴 | 主な利用者 |
|---|---|---|---|---|
| Starlink | KDDI、ソフトバンク、NTTドコモ(今後) | LEO | 衛星インターネットサービス。高速、低遅延。広範囲をカバー。法人向けサービスも充実。 | 企業、政府機関、自治体、海上利用、一般家庭(個人) |
| インマルサット | KDDI、日本デジコム など | GEO | 極地を除く全世界をカバー。音声通話からデータ通信まで幅広く対応。 | 船舶、山間部、被災地、BCP対策 |
| イリジウム | KDDI、マリサット通信サービス、日本デジコム など | LEO | 極地を含む全世界をカバー。小型軽量端末。低遅延。音声通話からデータ通信まで幅広く対応。 | 船舶、陸上(携帯電話代替、M2M) |
| Eutelsat OneWeb | ソフトバンク | LEO | 帯域保証型。高速(下り最大195Mbps)、低遅延。高セキュアなデータ通信が可能。 | 企業、政府機関、自治体 |
| スカパーJSAT | スカパーJSAT | GEO | 広域性、同報性、柔軟性、大容量、耐災害性。音声通話(主にVoIP)とデータ通信の双方に対応。 | 法人(番組伝送、監視・制御) |
| インテルサット | (提携事業者を通じて) | GEO / LEO | 航空機内インターネットサービスやテレビ中継、国際電話など。 | 航空機利用者、法人 |
BCP対策における衛星通信の活用
では、有事において、衛星通信はどのように活用できるのでしょうか。表1で示した通り、衛星通信サービスには、音声通話だけではなく、インターネットやデータ通信も可能なサービスが多くあります。インターネット接続が可能であれば、通話アプリを利用して衛星電話のように音声通話を行うこともできます。
初動対応時の安否確認や、事業復旧に向けた各拠点からの報告や本社からの指示といった指揮命令系統の維持まで、いくつかの場面を想定して活用方法を検討してみましょう。
①情報収集・発信の継続
災害対応では、初動(緊急時対応、危機管理)の動きが、その後の事業継続・業務継続の成否を決めてしまうといっても過言ではありません。
そのため平時に利用している電話やメール等のコミュニケーション手段が、災害による通信速度の低下や途絶により利用できなくなることを想定し、代替手段として衛星通信サービスを準備しておくことは有効な対策といえます。BCPでは、平時に使用している経営資源に対して、できるだけ多くの代替策を準備しておくことが推奨されます。この考え方に基づき、多様な経営資源の中でも復旧優先順位が高いコミュニケーション手段に対して代替策を確保しておくことにより、拠点間の通信維持、従業員の安否確認や拠点の被害状況の確認を実施できます。
また、社会インフラや取引先等の外部情報を収集し、会社の状態を取引先や顧客等のステークホルダーに発信することも有事には必要な業務です。情報収集や発信が遅れることで、その後の事業復旧のスピードが遅くなってしまうこともあります。衛星通信サービスを用意しておくことで、事業復旧スピードを早めることもできるかもしれません。
さらに、従業員の安否確認や拠点の被害状況をもとに、帰宅方針や出社方針など社内の意思決定も必要になります。この場合、自拠点の情報のみで意思決定することは難しいこととなるでしょう。そのため、通信手段を確保し、情報収集・発信することは今後の動きに対する意思決定に資するでしょう。
このように衛星通信という代替通信手段を確保することにより、従業員の安否情報、自社拠点の被害状況の把握、顧客・仕入先等のステークホルダーとの連携が可能になり、事業復旧を早めることが可能になるといえます。
②業務継続手段の確保
安否確認や被害状況の確認等の初動対応を進めながら、事業継続・復旧を進めていく局面においても重要な経営資源となるのがITシステムです。そのITシステムを使用するためにはネットワーク環境の維持が肝要となります。通常使用しているLAN、WAN等のネットワークに障害が発生した場合の代替手段として、衛星通信サービスを準備しておくことは有効なBCP対策と言えるでしょう。
例えば、2022年から日本でもサービスが始まったStarlinkでは、社内LANにルーターやアダプタ、アンテナを設置するだけで利用できます。Starlinkの人工衛星を経由してインターネットに接続し、クラウドシステムや社内システムにアクセスすることができます。この仕組みにより、通常のネットワークが使用できない場合でも、事業継続に必要な最低限の業務は継続できます。
Starlinkにはアンテナをビルの屋上に固定するプランと、使用する場所に応じてアンテナが移設可能なプランがあります。どちらのプランが自社の事業継続に合っているのか、有事の際の使用方法に合わせて検討しましょう。
③平時からの準備・訓練で活用
衛星通信機器の使用方法は、固定電話や携帯電話、パソコンなどの日常的に使用している機器とは異なるため、訓練の中で実際に使用してみるとよいでしょう。訓練で使用することで、どのタイミングで誰が使用するのかを、担当者以外も認識できます。また、使用方法についても、座学で教育を受けるよりも習得しやすくなります。衛星通信サービスの導入に際しては、機器とマニュアルを配付するだけではなく、従業員や担当者への教育・周知、演習・訓練を通じて使用方法を身に付けてもらうことをおすすめします。
衛星通信サービスを導入している企業では、下記のような訓練をしています。
- 対策本部訓練の際、本社-地方拠点間の連絡に衛星通信を用いる
- 休日または夜間に発災した場合の実動訓練で、対策本部メンバーが衛星通信を使って対策本部会議に参加できるかを試す
このような活動をすることにより、担当者への衛星通信の活用のタイミング・使用方法の周知・教育、担当者以外へ効率よく認知してもらえます。
さらに、訓練の場だけではなく、平時の業務の中で衛星通信サービスを使用することも検討すべきでしょう。月に1回、衛星通信の日を設けて、通常の携帯電話ではなく衛星電話を日常業務の通信手段として使ってみることで、いざというときに使えなかったり、使い方に迷ってしまうことを防げます。
最新の動向と今後の展望
日本政府は、衛星通信を次世代のあらゆる産業や社会活動の基盤となる情報通信インフラと位置づけた「Beyond 5G」戦略を積極的に推進しており、すでに有効に活用された事例も多くあります。
2024年(令和6年)1月1日に石川県能登半島で発生した能登半島地震では、伝送路の断絶や携帯電話基地局などの地上インフラの停電により通信障害が発生しました。その際、KDDIは応急策として、衛星通信サービスの一種であるStarlinkアンテナを携帯電話基地局に接続し、通信の復旧を試みました。また、NTTドコモやソフトバンクは、保有しているStarlink機器を避難所やDMAT(災害派遣医療チーム)に提供し、Wi-Fiによるインターネット通信環境を確保しました。
このように、衛星通信サービスは有事における有効な通信手段として活用できます。民間企業でも、衛星通信サービスはBCP対策として有効に活用されていますので、いくつかの事例をご紹介します。
【表2 民間企業の導入事例】
| 業界 | 会社名 | 詳細 |
|---|---|---|
| 金融機関 | 日本取引所グループ(JPX) | 大規模災害時においても各拠点やステークホルダーとのスムーズなコミュニケーションを確保し、事業を継続するため、KDDIが提供する低軌道衛星(LEO)インターネットサービス「Starlink Business」を導入。従来の衛星携帯電話では難しかったWeb会議やチャット機能なども利用可能となり、東京と大阪のバックアップ体制を強化。さらに、平時から一部業務でStarlink Businessを活用し、性能を確認することで、有事への備えを固めている。 |
| 建設業 | 大林組 | 青森県深浦町の山間地における風力発電所の建設現場で、携帯電話の電波が届きにくいという課題を解決するため、「Starlink Business」を採用。現場事務所と外部との連絡が容易になり、クラウドサービスや各種施工管理アプリの活用が可能となり、業務効率と安全管理が大幅に向上。また、この導入実績を踏まえ、BCP対策の一環として、緊急用回線として全支店への「Starlink Business」導入計画を進めている。 |
| 物流業 | 佐川急便 | 災害対策として、内閣府の防災行政無線システム、IP無線システム、第三者無線システムに加え、衛星電話を導入し、通信ネットワークを多重化。いずれかの通信手段が途絶した場合でも、他の手段で連絡を取り合える体制を構築している。 |
| 海運業 | 小河原海運 | 船舶の運航中用に衛星電話サービス「ワイドスターII」を導入し、携帯電話の電波が届かない海上でも安定した通話環境を確保。これにより、乗客へのサービス向上(Suica決済など)と、緊急時の連絡手段確保を両立させている。 |
| 製造業 | 東芝 | 通信インフラが被災した場合の防災体制の一環として、府中事業所に、スカパーJSATが提供する衛星通信サービス「ExBird」を導入。具体的な活用方法は記載されていないが、災害時の通信手段確保を目的としていると考えられる。 |
出典 導入事例を参考にニュートン・コンサルティングが作成
このように、多くの企業が衛星通信サービスを導入し活用しています。活用方法は企業によりさまざまですが、事業継続の観点で有効であることは明らかといえるでしょう。現在、有事の通信手段を検討されている場合は、IP無線や非常用Wi-Fiなどの通信手段に加え、前述の導入事例を参考にして、衛星通信の導入・活用について検討することをお勧めします。
また、既に導入されている企業では、衛星通信をより有効に活用するために、訓練で実際に使用してみたり、平時の業務でも試してみたりして利用手順を確実なものとしましょう。