インフラ企業の使命感を胸に、さらなる災害対策強化を目指す
掲載:2021年03月26日
東日本大震災から10年
首都圏約1,000万件のお客さまにガスを供給する東京ガス株式会社様は、東日本大震災以前から地震防災システムを導入するなど、最先端の防災対策に取り組まれてきました。震災後はさらなる災害対策強化に取り組むとともに、全国の都市ガス事業者が被災した際の復旧応援にも尽力されています。
今回は、東京ガス株式会社 防災・供給部 部長 米村康様に、東日本大震災後の災害対策強化の取り組みについてお話しいただきました。
目次
東日本大震災で見えた課題を踏まえ、防災対策を強化
―貴社のリスクマネジメント体制と、東日本大震災当時の対応についてお聞かせください。
米村:当社では、 全社のリスクマネジメントを取りまとめる部署として総合企画部があり、個別のリスクについては内容ごとに専門部署に割り振るという体制をとっています。私達の防災・供給部は、地震をはじめとする自然災害についての対策や対応を担っています。
東日本大震災では、当社の管轄区域内では茨城県日立地区をはじめとする一部地域で震度6強の激しい揺れがありました。このうち、日立地区以外は3月11日深夜までに供給を再開。日立地区は被害が大きく、約3万戸の家屋でガス供給がストップする状態となっていましたが、グループ全体で復旧にあたり、約一週間で供給を再開できました。
発災直後から緊急対応および早期復旧に尽力し、ガスによる二次災害を発生させることなく、短期間で対応を完了しました。これは震災以前から取り組んできた防災対策によるところが大きく、それまでの対策の有効性がある程度立証できたのではないかと考えています。
例えば、東日本大震災時の対応で大いに役立ったのが、地震防災システムの「SUPREME(シュープリーム)」です。「SUPREME」は管内に設置されている約4,000基のSIセンサー(地震計)を利用して、強い揺れを感知した地区ガバナ(圧力調整器)のガス供給を自動で停止できます。また、各地点の地震情報をリアルタイムで収集できるため、的確で素早い初動対応が可能となります。2001年から導入していたこのシステムは、東日本大震災発災時の供給停止判断と早期復旧に貢献しました。
また、当社では東日本大震災以前から、有事における供給停止エリアを最小限に抑えるため、中圧・低圧導管網を複数の「ブロック」に分けて管理してきました。被害の大きいエリア以外では供給を継続できるよう、ブロックの細分化を進めていたことも、東日本大震災での的確な判断につながったといえます。
―東日本大震災を契機として強化した点があればお聞かせください。
米村:東日本大震災を経験して見えてきた課題もあり、様々な点で防災対策を強化しました。その一つが、先ほどご紹介した「SUPREME」の拡充・強化です。都市ガスはほかのインフラと比べると復旧に時間がかかりますが、東日本大震災を機により早期の復旧を求める声が高まりました。そこで、「SUPREME」に導入したのが遠隔再稼働システムです。これは、ガス導管に損傷がなく復旧しても問題がない場合には、現地に人が赴くことなく遠隔操作でガバナを再稼働するというものです。
また、中圧・低圧導管網を管理するブロックの細分化もさらに推進しました。東日本大震災当時は142個であった低圧ブロックは現在では312個まで増えており、細かなエリアごとにガスの供給停止を行うことができます。東日本大震災後には新たに「津波ブロック」と「液状化ブロック」を設けており、津波や液状化が想定される地域には個別の対応が可能となっています。
これらに加えて、東日本大震災後に強化したのはガス漏洩通報への対応です。地震の際には迅速にガス漏洩に対応しなければなりませんが、ガスメーターの感震遮断により多くの家屋でガスが止まりお客さまからの問い合わせの電話が殺到すると、ガス漏洩の通報を受けにくくなるという状況が生じます。そこで、東日本大震災を機にIVR(自動音声応答システム)を導入し、電話受付の際にガス漏洩の通報とそれ以外のお問い合わせを分類できるようにしました。併せて受付ブースの数をガス漏洩対応については30席から140席に、それ以外の電話については300席から1,000席ほどに増強しています。
―貴社はインフラ企業として安定供給のための様々な取り組みに尽力されていますが、ほかに、東日本大震災を機に強化・改善されたことはありますか。
米村:東日本大震災では発電所が被災し、首都圏でも計画停電が実施されるなど電力不足による混乱が生じました。こうした経験から、当社でも各建屋に整備していた保安電源をさらに増強したほか、それまでのBCPに加えて大規模停電を想定したBCPを新たに策定しました。
また、東日本大震災当時はガソリンスタンドに長蛇の列ができるなど、ガソリンの調達も困難な状態となりました。そのため、敷地内に自前のガソリンスタンドを合計4か所設置し、万一の事態に備えています。
各地の復旧応援に尽力、さらなる災害対策強化の契機に
―2016年の熊本地震、2018年の大阪府北部地震など、東日本大震災以降にも各地で地震が発生しました。これらの災害における復旧応援についてお聞かせください。
米村:熊本地震、大阪府北部地震では、いずれも一日当たり最大1,300人程度の人員が東京ガスから現地に応援に駆け付けました。全国には200余りの都市ガス事業者があり、相互に協力し合う体制がとられています。どこかのガス事業者が被災した場合、まず日本ガス協会に応援要請をし、協会から連絡を受けた事業者から人員が出動するという流れです。
熊本地震の後、当社ではBCPの見直しを行い、他社応援に対する考え方や非常事態体制についての項目を盛り込みました。これにより、我々の通常業務のうち何を中断して応援に行くのかといったことが明確になり、出動の準備を大幅に短縮できるようになりました。そのため、大阪府北部地震ではこれまで以上にスムーズに応援できたという実績があります。
なお、復旧応援については、小規模なガス事業者が被災した場合、適切な受援体制がとれず現場が混乱することもあります。そのため、熊本地震以降、日本ガス協会が中小規模のガス事業者をバックアップし、全国的な受援体制の整備を進めています。
―これらの災害を経験し、貴社でさらに強化した取り組みや備えがあればお聞かせください。
米村:熊本地震を機に、当社では地震発生時の情報発信に注力し、「復旧マイマップ」を開発しました。これは、東京ガスのお客さまに対して、ガスの供給停止状況や復旧進捗状況を地図上に色分けしてお知らせするというものです。「復旧マイマップ」は2018年から運用を開始しており、これによって、よりお客さま目線での情報発信が可能になったのではないかと考えています。
情報発信に関しては、最近では特に若い世代のお客さまにおいて、フェイスブックやツイッターなどSNSによる情報発信の重要性も高まっています。これらについても広報部が主管となり、会社として幅広い取り組みを進めています。
災害の頻発する時代に、都市ガスの安全と安定供給を守るために
―近年は気象災害も激甚化、頻発化しています。気象災害への対策についてお聞かせください。
米村:一昨年は千葉県が台風で大きな被害を受け、昨年は熊本県をはじめとする九州地方で集中豪雨による甚大な被害が出るなど、昨今は風水害のリスクが高まっています。当社でも風水害に対するレジリエンスの強化を優先事項の一つに掲げており、今年度、風水害を想定したBCPを新たに作成しました。また、計画段階ではありますが、防災システム「SUPREME」や「復旧マイマップ」についても、風水害にも対応できるよう開発を進めています。
風水害が地震と異なるのは、ある程度予測が可能であるという点です。台風の進路状況など、どのエリアにどれだけのリスクがあるのかをいち早く捉えることで的確な対応がとれることから、早期の情報収集や予測の仕方についても調査検討しているところです。
また、最近注力している取り組みとしては、外部の関係機関との連携強化も挙げられます。この取り組みは、例えば首都高速道路株式会社様など、首都圏のインフラを担う企業様と連携することで災害対策の向上を目指すものです。互いの持つ地震情報や交通情報などを共有できれば、より迅速でスムーズな復旧活動に役立てられます。このような連携強化は今後も進めていきたいと考えています。
―新型コロナウイルス感染症にはどのような対応をとられていますか。
米村:新型コロナへの対応として特に注力しているのは、コロナ禍で自然災害等が発生した場合に、感染防止を前提とした災害対応ができるようにすることです。従来の災害対応ではまず一か所に人を集めてから対応にあたっていましたが、コロナ禍では人が密集する場面を極力回避しなくてはなりません。
こうした状況を踏まえ、今年度は新型コロナ対策を意識した風水害対策をテーマにした全社防災訓練を実施しました。これまでの全社防災訓練では経営層などを含む100人ほどが非常事態対策本部室に集まって対策を練ることにしていましたが、今回は半分程度の人にリモートでの参加を依頼しました。会議室に集まる人数を半減させても必要な意思決定が図れるかどうかなどを検証でき、有意義な訓練ができたと感じています。
また、コロナ禍での受援体制の整備も進めています。災害時には大勢の人員が応援部隊として集まり、同じスペースで寝起きするという状況が生じがちです。応援に来ていただく場合にはできる限り個室の宿泊施設を手配できるよう、人事総務部門とも連携しながら対応を検討しているところです。
多様化するリスクの中、さらなるレジリエンス強化を目指す
―今後の活動方針や取り組みについてお聞かせください。
米村:近年では、台風や集中豪雨による大規模な河川の氾濫など、かつては想像もできなかったような災害が発生しています。これに加えて新型コロナのパンデミックが起こり、いまだ終息の兆しは見えていません。このような状況において災害対応を行い、レジリエンスを高めていくためには、日々想像力を働かせながら試行錯誤するしかないと実感しています。
企業を取り巻くリスクが多様化する中、防災・供給部では雪害や火山噴火なども含め、あらゆるリスクを一度俎上に載せた上で優先順位を検討することにしています。当社が取り扱う都市ガスの場合、地中のガス管にダメージを与える地震が最大のリスクといえますが、家屋が流されてしまうような水害も発生している昨今では、風水害も地震に続き注力すべきリスクと認識しています。
また、これから注力していきたいと考えているのが、デジタル化の取り組みです。電力においてはすでにスマートメーターの普及が進んでいますが、ガスについてもスマートメーター化できれば、地震の発生時に遠隔でメーターガス栓を閉めたり、その家の揺れの情報を収集したりすることが可能になります。実現にはまだ時間がかかりますが、デジタル化による防災の高度化は今後の課題の一つです。
東日本大震災において、当社は一部地域のガス供給が停止したものの、大きな打撃を受けずにすみました。しかしながら、今後首都圏を襲う災害が起こらないとも限りません。平時から想像力を最大限に働かせ、気を引き締めて防災に取り組む必要があると思っています。東日本大震災が社会に与えた教訓を活かし、他の企業様の取り組みにも学びながら、さらなるレジリエンスの向上に努めていきたいと考えています。
コンサルタントの声
災害から真摯に学び、改善し続けることの大切さ
取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介
東京ガス様のBCP活動は(あえて「活動」と呼ばせていただきますが)、一流のアスリートのそれと似ているところがあると感じます。一流のアスリートになればなるほど限界に近づき、コンマ1秒の壁を破るのに途方もない努力が必要になります。それも1日、1ヶ月の短い期間の努力ではなく、何年も何年もかかる地道な努力です。東京ガス様も、インフラ企業としての使命を帯びて長年努力を重ね、相当な対応力を身につけてこられました。一流のアスリートがぶつかる壁同様に、対応力が上がれば上がるほどBCPへの投資対効果は逓減していくものですが、東京ガス様からは「一分一秒でも早い復旧を実現するために、さらに努力をし続けるのだ」という強い意志を感じます。
また、一流のアスリートは肉体・精神・技術・ツールのどれか一つだけが秀でていればいいというものではなく、全てをバランスよく整えていく必要があります。東京ガス様のBCPも、ソフト面かハード面のいずれかが整っていればいいものではないという点で同じだと思います。人さえいればよい、訓練だけをしていればよいというわけではない。ハード面も整っていなければいけない。そうしたバランスを大切にしながら、取り組みをされていると感じました。
さらに、これはガス業界全体に言えることですが、災害から学ぶ「学習姿勢」には頭が下がります。東日本大震災のみならず、熊本地震、大阪府北部地震など、災害が発生する度に徹底的な振り返りを行い、業界内で積極的に情報共有をし、次の大災害に備えて日々、改善活動を行なっていらっしゃいます。
このように申し上げると、「東京ガス様はインフラ企業であって、一般企業は事情が異なる」……そう思う方もいらっしゃるかもしれません。確かにそういった側面もあるでしょう。ですが、「地道にコツコツと努力を続ける」「起きたことから真摯に徹底的に学ぶ」は、全ての企業に当てはまる、シンプルでありつつも本質をついた見習うべき点だと思うのです。災害対応に王道はありません。東日本大震災から10年経った今、改めてこうした活動の大切さを感じました。