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「個人のリスクマネジメント」一日体験記

掲載:2023年02月22日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

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目次

昨年末に、NewsPicksさんの取材を受けました。雑誌の「2023年の12トレンド」というコーナー向けに、2022年のリスクの振り返りと2023年の予測に関するお話をしました。その内容にご興味のある方は、掲載誌『AlphaDrive/NewsPicks VISION BOOK Ambitions Vol.2』をご覧になってください。

インタビューの際に受けた質問の1つが、「個人でできるリスクマネジメント」について。普段、リスクマネジメントについては組織目線で考えることが多いので、少し新鮮でした。思ったことを回答しましたが、取材後もちょっと考えていたんですよね。そういえば私個人では、普段、どんなリスクマネジメントを実践していたかな? と。

そういえば・・・と思い出したのが昨年のこと。

珍しく名古屋方面に出張する機会がありました。その日は3件の用事。1件は朝イチでお客様との対面打ち合わせ。その後に、リモート研修案件が2件入っていました。悩みのタネはこの研修。普段なら、必要な資機材が整った環境で行うことができます。しかし、今回は出張のためそれができない。しかも、2つともかなりの規模。研修あたりの参加予定者は数百人超。万が一、失敗でもすればたくさんの人に迷惑がかかることになります。「そもそも出張するべきでない」と言われればそれまでですが、諸事情でそれはできませんでした。

どうするか? 戦略上は2つの選択肢がありました。選択肢1は、出張先での朝イチの打ち合わせを終えたら、すぐにUターンして、普段使っている資機材のある場所まで数時間かけて戻ること(それでもギリギリ間に合う可能性がありました)。選択肢2は、出張先でリモート接続できる個室を借りて、リモート研修をそこから実施すること。前者は、無事にいつもの場所に戻ることができさえすれば問題なく研修をすることができます。が、新幹線が、地震や故障などに見舞われたなんてことになれば、目も当てられません。後者を選べば、研修開始時間には間に合うでしょうが、普段使い慣れていない資機材で問題なく配信できるのか。大きな不安が残ります。

悩んだ末、選択肢2で行くことにしました。つまり、使い慣れない資機材でトラブルを起こすリスクをテイクしたわけです。それは同時に、普段の場所に戻りさえすれば安心して配信できるというチャンスを捨てたことを意味します。品質に不安は残りますが、「配信できる時間に、配信できる可能性のある場所にいられる」というリターンを得ることを最重要視したわけです。

では、いかにして、使い慣れない資機材でトラブルを起こさないようにするのか。私が一番気にしたのは、回線速度です。数百人相手のリモート研修を行える回線品質をどうやって担保するのか。また、環境音にも配慮が必要です。たとえ個室であったとしても、壁の薄い個室では意味がありません。さらに、留意したのが外部接続モニターがあること。ノートPC1台だと、自分のパワーポイントが画面の大半を占めてしまい、画面の向こうにいる参加者への気配りが弱くなってしまいます。

これら懸念事項を会社の仲間に伝え、リモート研修ができそうなオフィス環境を探してもらいました。特に回線速度については念入りに確認してもらいました。オフィスの施設担当者は「うちの個室は、過去にリモート接続で問題が出たことはありませんよ。心配なら追加料金で専用回線の用意もできます。まぁ、その必要はないと思いますけどね」というレスポンス。お金をケチって事故るリスクは取れないので、迷わずに専用回線の用意をお願いしました。また、リモート接続に使うZOOM等のツールが、どれくらいの回線速度を必要とするのか。そうした技術面の裏取りもしました。

そして、研修当日。1件目の用事が終わり、いざ、予約してあった施設へ。不測の事態に備え、1時間以上前に現地入りしました。広い個室。外部接続モニターも用意されており、ネットワーク速度も予想以上に速い。部屋の外の音も入ってこない。バッチリかと思いきや、角部屋だったせいか日差しが強く暑い。空調のスイッチを入れると冷却パワーを感じさせるようなゴワンゴワンという音。しかし、一向に涼しくならない。しかも、なんだかうるさい。

リモート接続テストを行ってみると「勝俣さんの声は問題なくはっきり聞こえます。でも時折、変な音が聞こえます。気になる人は気になるかもしれません」との声。施設担当者には「空調の音はこれ以上小さくすることはできません。他の部屋も同じ空調設備を使ってますし、この部屋が特別に悪いということではないと思います」と言われました。「やっぱり、問題が発生したか」と思いました。どれだけリスクマネジメントをやっても想定外は起こる。日頃からそう自分に言い聞かせてきたので、驚きはしませんでした。しかし「これはまいったな」とも思いました。

再び、意思決定の分かれ道です。選択肢1は、音のリスクを受け入れて講演をその部屋ですること。選択肢2は空調を切って暑い中で講演を行い、音のリスクを排除すること。選択肢3は他の部屋または他のオフィスを探すこと。選択肢1を選ぶことが現実的な線に見えましたが、受講者は、ひとたび音が気になり出したら、気になって研修に集中するどころではなくなる可能性もあります。お金をいただいて講演する以上、そうした問題はできるだけ排除したいところです。選択肢2は、良い案に思えますが、研修はトータルで3時間以上。私が熱中症になる可能性があり危険です。選択肢3は、土壇場で接続環境を変更することになりますから、それ自体に大きなリスクを伴います。そもそも他の部屋が空いているかどうかさえわからない状態です。部屋を変えたところで音の問題が解決しない可能性だってあります。

私が下した決断はこうです。本当に他の部屋の空調も同じようにうるさいのかどうかをまず確認してみる。もし小さいようなら、他の部屋が空いてないかどうかを聞いて部屋移動をお願いする、という決断です。つまり選択肢3で行けるチャンスがどれくらいあるのか測ろうとしたのです。

早速、他の部屋に飛び込んで調べてみると、どう考えても空調音が小さい。これを受け、すぐに施設担当者の方に「他の部屋をアレンジできませんか」とお願いしました。「同サイズの部屋は空いていません。今借りていただいているものより大きな部屋で金額が割り増しになりますが、そちらでよろしければ専用線を再手配して、ご利用いただくことができます」との返事。迷っている場合ではない。「お願いします」と伝えて、すぐに部屋を移動しました。研修開始まで残り時間は15分。空調をつけてみる。音が小さい! やった! しかも個室。ネットワーク速度もOK。

ついに研修開始。冷や汗をかきましたが順調にスタートすることができました。ところが開始10分。何やら部屋の外が騒がしく感じます。隣の会議室から、大きな声が聞こえてきます。そうです。移動先の部屋は壁が薄かったのです。空調音を気にするあまり、今度は、部屋の壁が薄くなるリスクのことをすっかり軽視していたのでした。「頼む。静かに議論してくれ~」なんてことを心で願いながら、気持ち、声を張り上げて、研修を続けました。幸いなことに、隣の会議室を使っていた方々は、その15分後くらいに会議を終えて出て行ってくださいました。こうして、無事にこの日の研修を2つとも、終えることができました。

振り返ってみれば、入念に準備したにも関わらずドタバタ劇です。「もっとこうしておけばよかった」という点はいくつかありましたが、それなりにリスクマネジメントをやっていたからこそ無事に終えることができたんだろうなと思います。リスクマネジメントを何もせずに当日を迎えていたらどうなっていたことか。何も考えずに個室を予約していたら。当日、早めに現地入りしていなかったら。本当にゾッとします。

一方で、そこまでやっていても問題が起きるのが人生というものです。大事なのはその時、所与の条件下で冷静に意思決定をすること。もちろん、リスクマネジメントをしながら。どんな選択肢が残っているかを確認し、リスクとリターンを計算する。その際、自分の持っている情報が本当に事実に基づいた情報なのかを再確認する。私の場合は、担当者の言葉を鵜呑みにせず、「本当に他の部屋の空調もうるさいのか」自分の目と耳で確認することにしたのがこれに当たります。

いずれにしても、私も無意識のうちにリスクマネジメントを実践していたようです。やっぱりリスクマネジメントって物事を成功裡に収めるためには、むちゃくちゃ大事なものだなと改めて思いました。そして危機管理も。

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