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脳のメカニズムを知り学習効果を最大化させる

掲載:2023年04月26日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

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突然ですがみなさん。

皆さんはApple社のロゴマーク、あのリンゴを何も見ずに描くことができますか。おそらく正確に描ける人は少ないと思います。普段よく見かけているはずなのに、どうしてでしょうか。

今回、この答えを脳のメカニズムに探し求めてみたいと思います。探していくと、巡り巡ってみなさんの仕事・・・BCPやリスクマネジメントをはじめ、何かを学ぶときの貴重なヒントを得ることができます。ぜひお付き合いください。

ただ、脳のメカニズムは「必ずこう働く」と言い切れるほど単純なものではありません。誤解を生まないように気を付けましたが、わかりやすさを重視し単純化して説明した点もあることをどうかご理解いただけたらと思います。

アウトプットが脳にもたらす効果とは

脳が情報を出し入れするプロセスは、次の3段階に分けられます。「エンコーディング(符号化)」「保存(保持)」「呼び出し(再生)」です。エンコーディングでは、情報を脳内の言語やイメージ、感覚など、脳内で処理しやすい形式に変換します。保存では、短期記憶から長期記憶に情報を転送し、その情報を保持します。呼び出しでは、保存された情報を再生し取り出します。

インプットであるエンコーディングにおいて「脳内で処理しやすい形式に変換する」というのがミソです。ヒトは、パソコンの画像圧縮処理と一緒で、重要な情報でないものは都合のいいように端折ってしまいます。例えば、Apple社のロゴマークを目にした時、葉っぱが左右どちらを向いているのか、かじられた跡が左右どちら側についているのか、そうした情報はいちいち気にしませんよね。「なんとなくリンゴの形をしていて、葉っぱがついていて、かじられた跡がある」といった具合に無意識のうちに抽象化してエンコーディングしているのです。

こうした脳の性質から、アウトプットには2つの重要な意義があります。

1つ目は、自分がエンコーディングして記憶した情報がどれだけ正確なものか、チェックする役割を果たしてくれることです。自分が情報をどこまで端折ってエンコーディングしたのかは、アウトプットをしてみて初めて気づけます。インプットのみでアウトプットを伴わないと、自分がエンコーディングしたものがどれだけ抽象化されて脳に刻まれたのかをチェックできないため、そのいい加減さに気づくことができず、曖昧な情報のまま記憶にしまわれてしまうわけです。

アウトプットのもう1つの意義は、情報への理解を深め、脳の短期記憶から長期記憶への転送を促してくれることです。アウトプットを伴わないインプットでは、情報の外見や形式的な特徴のみに基づいて処理をしようとします。この処理を表層処理と言いますが、例えるなら、歴史上の出来事とそれが起きた年号を、ただ丸暗記しようとするようなものです。Apple社のロゴマークで言えば、「これは何に由来しているのか?」「その形に、どういう意味が込められているのか?」などを考えず(=深層処理をせず)、「リンゴの形をしているな」という情報だけを頭に入れるようなものです。仮に「かじられた跡は、スティーブ・ジョブズが、不完全さとユニークさを示すために入れたもの※」と説明されたら、「おぉ、そうなのか!」と、かじられた跡が、より印象に残り長期記憶に刻まれる可能性が高くなりますよね。

※あくまでも例え話です

右脳と左脳の関係性を知ろう

脳についてもう1つ知っておきたいメカニズムがあります。それは右脳と左脳の役割です。

皆さんは脳梁離断術という言葉をお聞きになったことがありますか。脳梁離断術とは、ヒトの右脳と左脳をつなぐ神経を人工的に切断する手術で、昔は「てんかん」患者を治すために行われていました。手術後の健康状態を理解するため、様々な実験が行われ、その過程で、右脳と左脳の役割がわかってきました。

代表的な実験は、患者の目の前にスクリーンをおいて、そこに開いた穴から右手もしくは左手を出して、スクリーンの向こう側にあるモノに手で触れてその個数を数える実験です。患者は、右手を使って数えたときには、手に触ったものの個数を正確に声に出して言えましたが、左手を使って数えたときにはデタラメな答えしか言えませんでした。ところが、ここで患者に、手で触ったものの個数分の指を立てるように頼むと、全く問題なく正しい数を示しました。

こうした様々な実験からわかったことは、左手と連動している右脳が主に空間認識や顔認識、音楽認識など非言語的な情報処理を担当し、右手と連動している左脳が主に論理的な処理や言語を担当しているということです。スクリーンの向こう側にあるモノを右手を使って数えたとき、その感覚は左脳に伝えられます。左脳は言語を司る脳なので、数を表現する言葉にアクセスすることができ、患者はそれを口に出すことができたのです。逆に左手を使って数えたとき、その感覚は右脳に伝えられます。右脳は空間認識などを司る脳なので、触った感覚を言葉に置き換えるには、言語を司る左脳にアクセスする必要があります。しかし分離手術のため、アクセスができず適切な言葉に置き換えることができなかったのです。一方で、指を立てることができたのは、右脳だけでも数の認識はできていて、ただそれを言葉に置き換えることができなかったということを意味しています。左脳が言語を司るのだ、という考えを補強する実験結果であったと言えます。

学習においてアウトプットは必要不可欠なもの

ここまで脳のメカニズムを学習してきました。ここから導き出せることは、学習においてはアウトプットが必要不可欠であるということです。eラーニングであれ教科書を読みながらの学習であれ対面研修であれ、アウトプットを伴わない学習ではエンコーディングを通じて情報を無意識に抽象化し、脳に記憶させていることになります。Apple社のロゴマークを抽象化して記憶しているように。アウトプットをしないということは、深層処理を行わないことを意味しますから、教科書や白板の上に書かれた文字情報を深い意味づけをせずに記憶していることになります。したがって、長期記憶への転送が促されず、すぐに忘れてしまう可能性が高くなります。

ではどうすればいいのか? アウトプットをすることです。テストを受けたり、教科書や講師が喋ったことを自分の言葉に置き換えて発言してみる。これで記憶の正確性をチェックできます。また、深い理解をするために、質問を考え、講師に投げかけたり自ら調べてみたりすることで、深層処理を行うことができ、記憶が定着します。

ちなみに、(宣伝になって恐縮ですが)弊社では4月から教育事業を「ニュートン・アカデミー・プラス」にリニューアルして提供を開始しました。このサービスは、先述した脳のメカニズムを踏まえて設計されています。まず基礎的な知識は、自分の好きな時間に動画講座で習得し、ミニテストという形でアウトプットを出します。次に対面講座で重要なポイントを学習し、講師にその場で質問を投げかけ深層処理を施します。最後に総合テストを通じて、記憶の補正と定着化を図ることができるサービスです。

脳のメカニズムから見るBCPの有効性とは

せっかくですのでこうした脳のメカニズムを踏まえて、BCPにおけるアウトプットとは何かを考えながら、BCPの有効性を向上させる方法について考えてみたいと思います。

BCPにおける典型的な失敗は、有事に行動する当事者ではない人(あるいは当事者であってもごく一部の人だけ)が、BCP文書作りに勤しむ行為です。よくあるのは1~2名の総務部の方だけでBCP文書を策定し、それを関係者に配付し、説明会を開くパターンです。説明会の最後に「何か質問ありませんか?」と聞き、「はい、では質問がないようなので、おそらく理解いただいたということで説明会を終わりにしたいと思います。あとは自分達で読みこんで、質問があれば聞いてください」といって終えます。これでは、「BCPを読んでおけ」と言われる側の人間に「アウトプット行為」が一切ないため、文字の大きさやフォントの形ばかりが印象に残り、「BCPには、なんとなくこういう情報が書かれていたな」といった表層的な理解になってしまいます。しかも記憶した内容が正確であるかのチェックがないため、おそらくはかなりの確率で不正確かつ曖昧な情報が、短期記憶ばかりに保存されていることでしょう。長期記憶への転送も弱いので、やがて忘れてしまう可能性が高いとも言えます。アウトプットを伴わない、表層的な記憶だけでは、使い物にならないことは火を見るよりも明らかです。

では、BCPにおけるアウトプットとは何か。その代表的なものが、BCP策定行為そのものと訓練です。BCP策定行為については、先の例では、総務部の方だけがBCP策定に従事したため、有事に行動する可能性があるほかの関係者の貴重なアウトプット機会を奪ってしまったことになります。理想的なのはBCP策定段階から、BCPを利用する予定の当事者を巻き込むことです。訓練もアウトプットです。なぜなら疑似的な有事体験を通じて、自分がどれくらいBCP文書に書いてあることを理解しているのか、その通りに行動できるのか、などを確認することができるからです。

ここでは、訓練についてもう少し掘り下げていきたいと思います。BCPにおける訓練は何がベストでしょうか。訓練といっても、読み合わせやウォークスルー、災害シミュレーション、図上演習、実動演習など様々な方法があります。どれか1種類の訓練さえすればいいのでしょうか。

たとえば「読み合わせ」は最も簡単な訓練です。読み合わせは、BCP文書を目で追って、声に出して、流れを確認する方法です。体を動かすわけではありませんが、BCP文書に書いてある内容を声に出すわけですからアウトプットという行為が入り、インプットのみよりも、記憶に残りやすくなります。読み合わせをする際にどれだけ想像力を働かせるかにもよりますが、一般的には「文章中心の思考」になりますから、左脳中心の言語的な記憶になります。

ではそうしたアウトプットだけで十分かというと、そうではないのです。なぜなら、実際の有事では、言語以外の能力も求められるからです。火災報知器の音を聞いて反応することもあるでしょうし、避難するときには空間認識能力が必要です。視覚的に、被害状況を認識する必要もありますし、消火器やAED、衛星電話など様々な機材を触って、動かす能力も必要です。こうした能力は、右脳があってこそ実現できる行為です。

つまるところ、左脳と右脳の両方でアウトプットをバランスよく行う必要があります。したがって、訓練の方法を考える際には、言語中心の読み合わせだけでなく、空間認識能力が試されるような避難行動や資機材を使った訓練、視覚的に認識した被害情報を言葉で対策本部やお客様に報告したり、記録に残したりする訓練など、様々な方法を検討する必要があります。

いかがでしょうか。このように脳のメカニズムを考えてみますと、自組織におけるBCPの有効性向上の方法が果たして適切なのか――疑問が湧いてこないでしょうか。例えば、総務部の方だけでBCP文書を策定し、一方的な研修を行い、年1回1~2時間だけの訓練をするという組織は少なくありませんが、それだけでどれだけの関係者の頭の中に、BCPの行動計画が記憶されるでしょうか。こういう話をすると、「いや、だから、そういう時のためにBCP文書があって、それをみんなが見て行動するんでしょ?」と意見される方がいるかもしれませんね。しかし有事にBCP文書を片手に持ちながら行動する人を、私は見たことがありません。

終わりに

ということで今回は、脳のメカニズムの理解を通じて、効果的・効率的な学習方法や、BCPの有効性向上のヒントについて考えてみました。これまでも「アウトプットは大事」だとか「訓練はMUST」だとか耳にしてきた人も多いと思いますが、こうやって改めて、人間の脳の働きを丁寧にみてみますと、よりその必要性が腹落ちしますよね。

ぜひ、明日から、いや、今日から、アウトプットにこだわっていきましょう。

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