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LGBT理解増進法の成立で私が思うところ

掲載:2023年06月28日

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本日は人権、特にLGBTQ+(性的マイノリティー)に焦点を当てて皆さんと一緒に勉強していきたいと思います。なぜなら、リスク感度を高める最善の手段の一つは、ビジネスパーソンとして求められる倫理観や社会動向を正しく把握する力を育てることだと思うからです。その意味でも、ぜひ、皆さんのリスク感度を高める機会にしていただければと思います。あらかじめ申し上げておきますが、ここで述べていることが人権やLGBTQ+の全てではありませんので、あくまでも自らの知識を増やす一つの手段として活用いただければと思います。

性的マイノリティーの人たちへの理解増進に向けた日本の法整備

日本では、6月16日にLGBT理解増進法が参院本会議で可決、成立しました。企業に対しては「労働者の理解の増進に関し、普及啓発、就業環境の整備、相談の機会の確保等を行うことにより性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する当該労働者の理解の増進に自ら努める」(※1)ことを求めています。

企業の反応や取り組みは早いようです。同法が可決される1年半前の時点ですでに「差別禁止の明文化」や「社内研修の実施」をしている企業は8割超であり、相談窓口の設置を行なっている企業が75%、誰でも使えるトイレや更衣室を用意している企業が60%という調査結果(※2)があります。

こうした企業の取り組みに加えて、若者の多くが同法に賛成しているとの声もありましたから、何の支障もなく可決されるだろうと考えられていましたが、道のりは険しいものでした。なお、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本が2022年6月に公表した調査によれば、18~25歳の約8割が、同法の制定に賛成している(※3)とのことです。

道を険しくした大きな争点の1つは「この法律に定める措置の実施等に当たっては、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、全ての国民が安心して生活することができることとなるよう、留意するものとする」と定めた条文(※1)です。「全ての国民が安心して生活することができるよう留意する」という文言は「法律ができれば、男が女湯に入れるようになる」といった誤解を解く狙いとして盛り込まれたものです。ですが、これは諸刃の剣だといわれています。「私たち国民が安心できないから、これもあれも許容しない」と、性的マイノリティーの人権の保護を認めない言い訳として使われる危険性も孕んでいるからです。

ところで、海外では同じような問題がないのかといえば、類似の懸念や問題はあります。まして、日本以上に宗教の違いがあり、信仰上の理由からLGBTQ+コミュニティに強く反発する人たちも少なくありません。

そのような中で欧米の現状は州や国、地域によって異なります。ジムやサウナでのシャワー室や更衣室、トイレの利用ルールについて、自己認識する性別に合った施設の利用を認めるところももあれば、そうでないところもあります。またジェンダーニュートラルな施設を用意するケースも増えつつあります。

日本以上に大きな論争を抱える欧米ですら、このように取り組みが前進しているわけですから、日本でも今後徐々に広がっていくのは間違いなさそうです。

LGBT理解増進法の成立で企業への影響は

LGBT理解増進法の成立にあたって企業が抱えるリスクにはどんなものがあるでしょうか。同法は理念法と呼ばれ罰則を伴うものではありませんが、今後、より具体的な法規制の整備が進めば、より法的リスクが大きくなります。また、信用失墜のリスクもあります。倫理規範と合致しない活動をしていけば、やがて反感を買い、最悪の場合、不買運動につながったり人材流出につながったりするリスクもあります。全ての人が同じ価値観を持っているとは限りませんので、同法に対する会社の取り組みの度合いに賛成・反対する人が出てきて、組織内の摩擦や対立につながるリスクもあります。

現在、企業の活動はどんなものであれ、倫理的な配慮が強く求められています。性的マイノリティーの人権問題に関して、企業が抱えるリスクを理解するために、最新の事例をいくつかご紹介します。皆さんは「バドライト」のビールで知られるアンハイザー・ブッシュ社で起きた事例(※4)をご存知でしょうか。同社はトランスジェンダーのTikTokインフルエンサーとのコラボ商品を企画、販売しました。すると、LGBTQ+コミュニティに強く反対する右派や保守派が猛反発して、インフルエンサーを攻撃し、不買運動を展開したのです。こうした動きに対し同社のCEOは「対立ではなく結束を呼びかける声明」を発表しましたが、インフルエンサーを守れず怯んだ形に見えたその対応に、LGBTQ+コミュニティ側からも非難の声が上がり、4週間で売上高を20%近く減少させてしまったのです。似たような状況に陥った小売業を営むターゲット社は、保守派に屈する形で棚から商品を撤去するという対応を見せました。

対照的な事例がアウトドアウェアブランドで有名なザ・ノース・フェイス社の事例(※5)です。同社がプロモーションで手を組んだアーティストがプロモーションビデオの中で、自らを同性愛者だと語り、右派や保守派から猛反発を受けました。売り上げに影響が出たようですが、それでも同社は一歩も引かず、すぐに声明を出し、自分たちの活動の正しさを訴えました。

こうやって述べますと、私たちはすぐにアンハイザー・ブッシュ社やターゲット社が失敗で、ザ・ノース・フェイス社が成功だ、と白黒はっきりつけたくなりますが、難しい対応であったこともまた事実です。というのも「右派や保守派の反対」と言っても、それには従業員を脅すような行為も伴っていたからです。

ただいずれにしましても、こうした事例から見えてくるのは組織が性的マイノリティーの人たちへの理解を積極的に社会へ示そうとするときでも、リスクを伴うということです。アンハイザー・ブッシュ社やターゲット社に問題があったとすれば、そのリスクの大きさを見誤ったということかもしれません。

企業は結局どうすればいいのか

これらのリスクを前に「では、企業はどうすれば良いのか」と思う方はたくさんいらっしゃると思います。その答えは冒頭で述べた通りです。何をするにも不確実性がある中で、自分たちがベストな判断を下し行動できるようにしていくためには、「今、何にどれだけ困っている人がいるのか?」「自分たちができることは何か? 何をすべきか?」など、常に倫理的に考え、判断して活動することです。LGBTQ+コミュニティの人たちがどのような気持ちでいるのかはもちろんのこと、アンハイザー・ブッシュ社やターゲット社の事例を知っているかいないかで、企業としてのリスク評価の適切性に大きな差が出ると思いませんか?

私が、ここで書いている内容も、世の中で起きていることのごく一部にしか過ぎませんが、それでもこうした情報に、少しでも関心を示し、仲間への共有を進めていくこと。それ自体が最も効果的、効率的なリスクマネジメントといえないでしょうか。

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