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生成AIがもたらすハラスメントリスクとその本質

掲載:2023年07月26日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

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目次

今日は、生成AIが生み出すハラスメントリスクについて考えていきたいと思います。ChatGPTが登場して以来、様々なリスクが叫ばれていますが、そんな中で、あまり触れられていないリスクがハラスメントリスクです。これが、考え始めると奥深いのです。そして、きっと皆さんのためになると思いますのでお付き合いください。

ハラスメントリスクが気になり出したきっかけは「議事録」の未来について考えたことであり、一見何の関係もなさそうなところから始まりました。議事録というと堅苦しく聞こえますが、要はミーティングの記録です。「おい、今日のこの話している内容、誰か記録とってる?」とそんな会話が多くの企業で交わされていることでしょう。

そんな議事録ですが、生成AIが登場したおかげで人間が手を動かさなくても済むようになりそうです。事実、ChatGPTが出てすぐ4月ごろには、Zoom会議の内容を自動的に議事録に落とす方法を考案した人がいました。マイクロソフトのTeamsにも、議事録はもちろんのこと、会議に途中参加してきた人のために、それまでの会議の内容を要約してくれる機能が搭載されるそうです。しかも会議参加者それぞれの発言内容から、それぞれの感情についても教えてくれるという優れものです。

もちろん、こう思った人もいるでしょう。いくら生成AIが優れているからって、そんなに上手くいくものか? と。そもそも喋った内容を正確に文字起こししなければなりませんが、各所で見かけるキャプションの正確性にはイマイチなものもあります。あのChatGPTにしたって完璧ではありません。日本語の表現がおかしいこともままあります。

ですが、時間の問題だろう、ということは素人目にもわかります。機械翻訳サービスDeepLに代表されるように、貧弱であったはずの翻訳の精度が今では見違えるほどになりました。先日、「西武新宿駅が同時翻訳新システム導入へ」というニュースを見たのですが、それがまたすごいのです。海外外国人客が鉄道の窓口でガラス越しに英語や中国語で話したところ、瞬時に目の前のガラス上に発話内容が自動翻訳され表示されるのです。同じように、議事録の精度も、大幅に改善されるのは時間の問題に違いありません。

そこで1~2年後の未来を想像してみることにしました。「おい、今日は誰が記録とる?」など、そんな会話はなくなっていることでしょう。(今でも既に実現されていますが)ZoomやGoogle Meetを立ち上げると勝手に録画と文字起こしが始まります。そして会議が終わりに近づくと、それまでの課題一覧や合意事項、ネクストアクションが画面上に表示されます。会議参加者はその内容に間違いや抜け漏れがあれば、確認がてら、その場で必要な修正を行い会議終了です。事後にその議事録の内容に疑義があっても「該当箇所の録画や録音内容を再生してくれ」と頼めば、瞬時にその場面を再生してくれたり、テキストで逐語録を表示してくれたりするので困ることはありません。

問題はこうしたテクノロジーの登場にいち早く気づき実際に導入する人と、そうでない人との間に時間差が生じることです。一般論ですが、比較的、若い世代の方がこうしたテクノロジーに敏感でどんどん取り入れようとします。まして(これも一般論ですが)議事録作成は比較的経験年数の浅い人に割り振られやすいタスクです。できるだけ面倒な仕事をやりたくない当事者としては、目の前にそのようなツールが転がっているのなら、早く導入して、面倒なタスクから解放されたいと考えるでしょう。逆に、自ら手を動かすことの少なくなった先輩世代は、この辺りの反応が鈍くなりがちです。次のような気持ちも阻害要因になっているかもしれません。「自分は、厳しい先輩の指導のもとで“てにをは”の誤りを指摘され、表現の仕方もいちいち注意されて育てられてきた。生成AIがあるからって、品質の担保は引き続き人間の側に委ねられる。議事録の良し悪しは自らがゼロから書いてみなきゃ身につかない。生成AIに頼ろうなんざ百万年早い」と。

かくして、生成AIは、世代間ギャップを生み、両者の言動へと影響を与え、ハラスメントへとつながっていきます。上司は部下のためだと思って「まずは機械に頼らず自分で議事録を書け。日本語がなってない。神は細部に宿る。“てにをは”をきちんとしなさい。何度言ったらわかるんだ!?」と指導しようとする。部下は「なぜ生成AIが書いてくれるのにゼロから書かなきゃいけないんだ?昭和や平成じゃあるまいし。そもそも、神が細部に宿るなんて建築家が言った言葉じゃないか。議事録なんだから誤解なく意味が通じればいいじゃないか。なぜそんな“てにをは”にこだわるんだ。老害だ!」と不満を持つようになる。客観的に見れば両者の気持ちも言い分もわかります。しかし当事者からすればそんなふうに客観視できません。だから、お互いがお互いに、知らず知らずのうちにハラスメントを行います。

そういった類の話は昔からずっとあったし、それと同じでしょ!? と思う方もいるでしょう。実際、ホリエモンが「一人前の寿司職人になるために、何年も寿司を握らせてもらえないなんてアホらしい。YouTube見れば済む話じゃないか」という趣旨のことを言って炎上したのはそんなに昔の話ではありません。なお、誤解のないように申し上げておきますが、私は「何でもかんでも効率化されるべきだ」と思っているわけではありません。それを言い出したら、文化や伝統は非効率の極みであり、そうしたものが世の中から全てなくなって面白くない世の中になってしまいます。

私が強調したいのは、生成AIの登場でそうした世代間ギャップを生む範囲と速度がこれまでの比ではなくなるという点です。本稿では、たまたま議事録を例に話をしましたが、何かの記事を執筆する行為にだって当てはまります。いや、アウトプットを出す作業全てに当てはまることだと思います。ことあるごとに「私の時はこんなに苦労したのに」とか「こうやって厳しく、指導を受けたのに」という思いが生まれ、世代間の摩擦が生まれやすくなります。

では、そうした落とし穴にハマらないようにするために、私たちはどうすればいいのでしょうか。答えは単純、指導をする側も指導を受ける側もみんながみんな「問う力」を養うことです。「問う力」とは、本質を見抜く能力のことです。それは先の議事録を例にとると、次のような「問い」を持つことを習慣化することで養えます。

  • 議事録は、何のためにとるのか?
  • 録画や録音ができるのに、なぜいまだにわざわざ議事録を書かなきゃいけないのか?
  • 議事録では、なぜ“てにをは”がしっかりしてなければいけないのか?
  • 議事録の良し悪しを判断するためのスキルはどうやったら身につけられるのか?

指導する側も自身に対して常にこういう問いを投げかけ、答えを探す努力をしていく。指導される側も、同じように問いを持つようにするとともに、自分自身で答えを見つけるようにしていく。何でもかんでも先生に答えを教えてもらうことを当たり前にしない。日頃から問いを持ち、いちいち考えその答えを探す能力を磨くことこそが、ある種、こうしたハラスメントリスクに対する最大のリスクマネジメントです。

ChatGPT登場以来、「問う力」を磨こう! という声もあちこちから聞こえてきますが、それは何も「ChatGPTに質問する力」ということだけではなく、社会のあらゆる場面で「本質」を見抜くための「質問力」のことでもあると私は考えます。

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