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越冬隊長に学ぶ「個人や組織が想定外に対応するための最高の武器」とは

掲載:2023年10月25日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

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「計画を実行に移してから、思いもよらないことが出てきたとき、一体どうしたらいいのか。それは何でもない、ただ一つ、臨機応変の処置を取るほかはないのです。・・・省略・・・。そうするためにはどうしたらいいのかというと、すべて人間は沈着でないといけないわけです。」(「石橋を叩けば渡れない。」西堀栄三郎著より)

数多くの本を読んできましたが、想定外への対応については、西堀栄三郎氏のこの言葉ほど私の心に刺さったものはありませんでした。どうして心に刺さるのか。それは西堀氏のように想定外に直面し、困難を乗り越えてきた経験者は多くないからです。

想定外にばかり直面してきた達人

では、西堀栄三郎氏とは何者なのか。彼は、映画「南極物語」のモデルとなった人物の1人です。「南極物語」とは、不運が重なり、鎖につながれたまま南極に取り残された樺太犬15頭の物語です。このうちの13頭は死にました。が、南極越冬隊は1年後に2頭(タロとジロ)と奇跡的な再会を果たします。このときの第一次南極観測隊越冬隊隊長が、ほかならぬ西堀氏です。何もかもが未知の世界で隊員達をまとめあげ、過酷な環境で一定の成果を残しつつ、一冬を無事に越させたその張本人です。

西堀氏が直面した想定外とはどんなものだったのか。それがわかる一節を紹介します。

「自慢するようですが、あのとき南極に来ていた世界のどの隊に比べても、私のとこのが一番種類が多かった。量はそう多くもてませんが、種類だけは、何でもかんでもみな持って行きました。・・・省略・・・。そういうふうにしていよいよ出かけたわけですが、実際南極へ行ってみると、ほとんどの予想は外れました。」(同書「”未知”ということ」より)

誰が考えたって南極は日本の東北地方より寒い。積雪の怖さもわかる。だから、断熱材や硬い材質の部材を持っていった。しかし行ってみたら、意外に温かかった。しかも、気温が低いため、南極の雪には粘着性がなく、ちょっとした風ですぐに吹き飛ぶ。ゆえに屋根に雪が積もることはなかった。だから梁を心配する必要なかった。と、こういうわけです。

また、南極に持ち込んだ食料が腐ってしまったという失敗談もあります。南極は氷や雪があるから冷凍庫なんて不要だろうと考えた。食料だけを抱えて、いざ足を踏み入れてみたら、氷があってもコンクリート並の硬さで、穴なんてとても掘れなかった。ようやく見つけた氷の割れ目に食料を入れてみたものの、なんと潮の満ち引きの関係で海水に浸かる場所であったことが判明。海水の温かさから、食料がみんな腐ってしまったという不運に見舞われました。

想定外への最大の備えは「想定外は起こるものだ」と思っておくこと

もし、皆さんが西堀氏の立場で、このような次から次へと起こる想定外の事態に直面したらどうなると思いますか。予定通りにことが運ばないことに対して、不安とイライラとでストレス度マックス。もしかしたら、周囲の人間に当たり散らすなんてこともあるかもしれません。ふと「当たり散らす」で思い出しましたが、菅元首相は、東日本大震災の福島第一原発事故で、震災翌日に原発を視察し、東電社員を怒鳴り散らしたと言われています。極度のストレスに晒されると、程度の差こそあれ、そうなってしまうのは人間の性なのかもしれません。

でも、だからこそ冒頭の西堀氏の言葉である「人間は沈着でないといけない」が重要な意味を帯びてきます。そして氏はこうも言います。想定外への最大の備えは、「想定外は起こるものだ」と思っておくことだ、と。なるほど言い得て妙です。結局、「起きてしまったことに嘆き悲しんでも、後悔しても、イライラしても、怒鳴り散らしても、一向に状況が良くなるわけではない。それよりもむしろ冷静に事態を捉え、できる対応をしていくことこそが、一番大事」という真理に他なりません。

私自身にも、腑に落ちる経験があります。新婚旅行で東欧に行ったときのこと。旅行慣れしている妻が、「あなたはおっちょこちょいだから、財布は私が全て預かっておく」と言い、彼女の首からぶら下げたポーチの奥深くコートの下に全財産を隠してチェコへ入国。しかし、ホテルに到着したらなんとその財布が消えてなくなっていました。さほど混雑していないバスの中で、妻の周りに不自然に人だかりが出きていたのですが、おそらくあの時にスられたのでしょう。楽しみにしていた新婚旅行初日に、こんな悲惨な事態に遭遇し、妻はショックと心配で大パニック。他方、こんな危機的状況だというのに、妙に冷静だった自分を覚えています。自分が盗まれた当事者であれば責任を感じて、申し訳なさからパニックに陥っていた可能性はあります。「想定外はつきものだ」と心のどこかで思っていたことに加え、しっかり者の妻ですらスられたのですから「これはもう仕方がない」といよいよ覚悟を決め、おかげで冷静に対処することができました。

しっかりとした組織ほど「想定外は起こるものだ」から乖離していく現実

3年先も読めないと言われる今の世の中において、組織に臨機応変な対応力を持たせたいとは誰もが思うところですが、皮肉なことに成熟した組織ほど、それが難しい。「成熟した組織」とは、色々なルールが整備され、よほどのことがない限りサプライズが起きにくくなった組織のことですが、このような組織は、体力も経験もあるから、新しい法規制が登場しても、理路整然とした対応がなされる。新しい事業を立ち上げる際にも、しっかり丁寧なリスク評価と手当てが行われ、ちょっとやそっとのことでは事故が起こらないようになっている。幸か不幸か、色々なことがしっかりと回りすぎて臨機応変な対応を迫られる場面に遭遇しなくなっていくので、「想定外は起こるものだ」ではなく「想定外とは滅多に起こらないものだ」という逆の刷り込みがなされていきます。

もしかすると、先の全銀ネット(全国銀行資金決済ネットワーク)の障害についても、1973年の稼働以来、大事故は一度も起きなかったために今回のシステム更新作業でも事故は起きないと過信があったのかもしれません。

「想定外は起こるものだ」を刷り込むための4つの秘訣

どうやって刷り込むかといえば、私は4つの方法があると思います。

1つには組織の中で「想定外はいつだって起こりうるものであること」をひたすら連呼し続けることです。これはマネジメントが声を大にして言い続けるしかありません。東日本大震災以後、「想定外を想定内にする」という考え方が一時期流行りましたが、こうした考え方にも注意が必要です。なぜなら、「想定外を想定内にする」という考え方は、一歩間違えれば「想定外はあってはいけない。想定外は頑張れば事前に予測し、潰せるもの」という間違った解釈につながりかねないからです。ですから「想定外を想定内にするための弛まぬ努力はいつだって重要だが、どれだけやっても想定外は起こるもの」と誤解のないように伝える必要があります。

次に「想定外は、実はいつだってどこでだって起きているんだよ」ということを理解してもらうことです。そのためにも、組織の中で過去に起きた想定外や、普段から日々起きているであろう小さな想定外を拾い上げ、共有し続けることが重要です。実際、これだけテクノロジーが発展してきた現代であっても、物事が100%予想通りに行くことなんてむしろ滅多にないはず。組織の中を探せばゴロゴロと事例が出てくるに違いないでしょう。

3つ目としては、「最悪の事態」・・・それも「最悪の最悪」を普段から意識し、言語化に努めておくことです。「最悪の事態」を意識しておければ、これはまだ「最悪」ではないと思うことができます。例えば、先の海外旅行の例で言えば、最悪の事態は「手や足を失う大事故を起こしたり、命を失ってしまうこと」だと私は思います。想定外に直面することは数多くあれど「最悪の事態」に直面することは人間、そうは滅多にありません。お金を盗まれたところで「命を奪われたわけではない。だから最悪ではない」と思えれば、冷静に対応できる側面もあると思います。

最後に、想定外の場数を踏むことです。西堀氏も人生において数多くの想定外に直面してきたからこそ、あのような境地に立てた部分もあると思います。そして、場数は、何もリアルな想定外を経験しなくとも、意図的に演出することができます。その典型例がBCPや危機対応の「訓練」です。しかも、大掛かりな訓練でなくとも、ちょっとした想定外の疑似体験はいくらでもできます。例えば朝会の10分などで「今日Aさんの家族から突然、Aさんが病気で倒れ意識不明の重体になり入院した、という連絡が入ったら、私たちはどう動く?」という問いを投げかけてメンバーと一緒に考えてみることもできます。

秘訣を基に実践できているのか改めて組織を見返してみよう

と、まぁ、西堀氏ほど、想定外の経験も人生経験もない私が、偉そうに「想定外への備えの仕方」について語ってみましたが、要するには先の4つの秘訣を念頭におきながら、今の自分が、あるいは自組織がどうなっているか?を考えてみることが大事だと思うのです。

  1. 想定外は起こるものだとマネジメントが言い続けている
  2. 組織に起きている想定外を共有することができている
  3. 最悪の事態を意識し、言語化できている
  4. 想定外の場数を踏むことができている

そうすることで意外に改善すべきことがぱっと見つかるかも知れません。実際、例えば「最悪の事態を意識し、言語化ができている」という点について、「わざわざそんなことを言わなくてもわかるよね」という考えから、実践できていない企業も多いと思います。また、「想定外の場数を踏むことが大事」とも申し上げましたが、大企業になると「マネジメントが恥をかきたくない」とか「サプライズが嫌い」という理由から、初めから最後まで決まった一連のストーリーをなぞるだけの訓練を実施している組織も少なくありません。そうした訓練が組織の「想定外への対応力」向上に寄与しないことは明らかです。

あまたの想定外に遭遇した西堀氏がこれだけのヒントをくれたのです。活かさない手はないですよね。

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