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東芝の「調査報告書」問題から、コーポレートガバナンスを考える

掲載:2021年06月23日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

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目次

こんにちは、勝俣です。

今回はホットトピックの一つ、コーポレートガバナンスを取り上げたいと思います。コーポレートガバナンスとは、企業がステークホルダー(特に株主)に不利益を与えないよう適切な舵取りをするための仕組みです。人や組織は弱いので、油断もするし、ミスもするし、ズルもします。コーポレートガバナンスは、そうした人間組織に「規律をもたらすための牽制機能」と言い換えることもできます。

このコーポレートガバナンスに関して、世間を騒がせているニュースがあります。それは、先日、東芝から公表された「調査報告書」の内容です。この調査報告書では、「東芝の2020年7月31日開催の定時株主総会が公正に運営されたか否か」に関する調査結果がまとめられています。なぜこのような調査が行われたのかといえば、筆頭株主のエフィッシモ・キャピタル・マネジメント(以下、エフィッシモ)が「東芝は株主の議決権行使に対して圧力を掛けていたのではないか」と疑念の声を上げたからです。

この報告書は、噛み砕いて説明しますと、大きく二つの論点から問題を調査・分析・評価しています。一つ目の論点は、「議決権行使書が適切に郵送されていたにも関わらず、一部の株主の議決権が無効とされた」という不適切な事務処理についてです。これについては、東芝の株主名簿管理人である三井住友信託銀行への監督責任は果たされていたのか、悪意ある処理(実は知っていたにも関わらず放置していた等)はなかったのか、という点が疑われました。報告書では、この点については「東芝の関与は認められない」と結論づけています。

世間を騒がせることになった問題は、二つ目の論点。「経済産業省の幹部と連携し、株主の議決権行使に対して不当な圧力をかけていたのではないか」という疑念についてです。結果から言うと、報告書は「黒」と結論を出しています。調査は約50万件のメールデータと約25万件の添付ファイルをAIによる解析ツール等も用いて分析しており、その信憑性は極めて高いものです。当時、エフィッシモ対応に当たった担当者が、社内の関係者、経産省の審議官や課長とやりとりしたメールの生々しい内容も掲載されています。

しかしながら、私が気になったのは経産省との絡みよりも、エフィッシモと東芝が問題視していた視点のズレです。簡単にまとめると、両者の視点は次のようになります。

エフィッシモの考え
・東芝のガバナンスの弱さを正すべき(目的)→ 社外取締役4名の追加(手段)

東芝が考えた「エフィッシモの考え」
・最終的には事業を切り売りしたいだけ(目的)→社外取締役4名の追加(手段)

最初、エフィッシモは、東芝子会社の東芝ITサービスの架空・循環取引の調査結果において「二線・三線、組織風土に関する言及がないことに問題意識を感じている。全取締役と個別面談をしたい」とのレターを送っています。確かに「東芝ITサービスの企業調査報告書」を読むと、その主張は的外れではないように見てとれます。加えて「全取締役と個別面談をしたい」という点にも納得感があります。この東芝ITサービスの問題について、監督する立場にある取締役はどう捉えているのか、その倫理観や意識なども確認したかったのではないでしょうか。

ところが、調査報告書によれば、これ以後の東芝側の対応は「ガバナンスの本質」を論点にせず「社外取締役の追加」という点に固執しており、ひたすら外的圧力によりこれを取り下げさせようとする形になっていきます。

もちろん、実際のところは、エフィッシモには「事業を切り売りする」という隠れた狙いがあったのかもしれません。ですが、少なくとも一つの側面から冷静かつ客観的に捉えると、エフィッシモの言動には有効性・妥当性を感じますし、その全てに一貫性があります。東芝の取締役との個別面談後にエフィッシモが「取締役の追加」を強く主張したのは、「今の取締役では不安は拭えない」と結論づけたからと考えた方が辻褄が合います。

さらに東芝のコーポレートガバナンスについて問題と感じるのが、「株主の負託に応える立場にある監査委員長が、東芝社内における経産省とのやり取りについて気づいていたにもかかわらず、これらの点を問題視して取締役会に報告せず、むしろ、サポートするような行為をしていた」という点です。監査委員会はコーポレートガバナンスの要でありながら、「株主の立場」ではなく「会社側の立場」で対応をしていたことがうかがえます。社会的に見えれば「コーポレートガバナンスがスカスカ」と言われても仕方のないレベルでしょう。皮肉にもエフィッシモの「ガバナンスに対する指摘」を、自らの行為で証明してしまったわけです。

本件は、思惑も取り沙汰され、専門家の間では色々な形で議論がなされていますが、私は「コーポレートガバナンスの本質」にもっと建設的な時間が割かれることが、本来あるべき健全な姿だと考えます。例えば今回、東芝の経営陣や取締役が「東芝グループの組織文化には明らかにまだ課題がある。そこはこうするべきだった。だから、今後こう変えていきたいし、ここをコミットする」といった対応をできていれば、もしかしたら結果は変わっていたかもしれない、なんてことを考えてしまいます。

企業価値を守る最良の策は、「本質を追求する。そのための時間は惜しまない」ということだと思います。これはコーポレートガバナンスであってもリスクマネジメントであっても当てはまることではないでしょうか。

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