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書籍紹介

地域防災力を高める ~「やった」と言えるシンポジウムを!~

2011年04月27日

防災についてのこれからのあり方を提言する本


この本は、洪水や地震、津波、土砂、火山など、主要な災害における近年の被害の傾向と、被害に対してこれまでに効果を発揮してきた(あるいは、しつつある)災害対策について、著者自身の考えをまとめたものです。豆知識的な内容も多く含まれています。
山崎登氏のこの本での主張を簡単にまとめますと、以下のとおりです。

【主張】

これからは公助(国主導の防災活動)だけではなく、自助(自力で助かるようにするための活動)・共助(地域の中で助け合うことを前提とした活動)へ注力することが必要である

【論拠】

自然災害に対して、行政のリソースだけで対応していくには限界がある。

【裏付け】
  • 土砂災害について国の防災活動で一定数まで犠牲者の数を減らすことに成功したが、横ばいが続いている
  • 災害時に出る犠牲者の多くを高齢者が占める中、高齢化社会化が進んでいる
  • 過去の震災時でも、国よりも地域の仲間によって助けられた人が圧倒的割合を占めている

地域防災力を高める―「やった」といえるシンポジウムを!
山崎 登 

近代消防社 2009-11
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NHK解説委員ならではの視点が面白い

平凡なタイトルとは対照的に、内容が非常に充実している本です。私自身最初は、パラパラとめくって気になるところだけ目を通すだけのつもりでしたが、振り返れば結局、ほとんど全てのページに目を通していました。

「なぜ興味を持って読むことができたのか?」を考えてみました。

一番の理由は、本に説得力があることだと思いました。著者の山崎登氏はNHKの解説委員(※1)であり、数多くの現場を見聞きし、また様々な専門家と議論をかわしてきた人物です。豊富なデータや実際の経験に基づいて、主張していらっしゃるので書かれていることに説得力があります。たとえば、氏は、共助(地域防災)の重要性を裏付ける根拠として、阪神大震災では、要救助者3.5万人のうち2.7万人(約80%)が近隣住民などにより救出された事実を挙げています。また、次のようなデータを挙げて、水害に対する地域での取り組みの重要性を訴えています。
【1時間に50ミリ以上の激しい雨が一年間に降った回数を過去10年ごとの平均】
  • 1977年~1986年: 200回
  • 1987年~1996年: 234回
  • 1997年~2006年: 313回 (2004年1年だけで470回(※2))
※1. Wikipediaによれば、NHKの解説委員とは、政治や経済などの各分野を独自の視点で取り上げ、視聴者にわかりやすく解説する役職、人物で、テレビ局の社員であり(主に報道局や報道部に所属)、解説委員がメインキャスターを務める報道番組(『ウェークアップ!ぷらす』、『時論・公論』、『NEWS サンデー・スコープ』など)もある。社員ではあるが待遇は役員クラスのことが多く、テレビ局における要職である。
※2. 下水管はおおよそ1時間に50ミリ程度の雨の排水を上限に設計されていることが多いとのこと。つまり、この降雨量を超えると、下水管の水が溢れ、床下・床上浸水など様々な被害を生じさせることになる
本が面白い理由の二番目としては、やはり“地域防災”という、一般ではそれほど多くない視点に焦点をあわせていることだと考えます。たとえば、著者は、被災後に地域に残されるモニュメントをところどころで取りあげています。これは地域防災ならではの視点から見えてくる事柄ではないでしょうか。皆さんは「なに、災害にモニュメントだって!?」と思うかもしれません。ですが「災害は忘れた頃にやってくる」ものであることを考えると、後世の人に危機意識を共有し続けるためにはこういった(一企業ではできないような)地域における活動も決して馬鹿にできないのだと考えます。

ちなみに、以下は、岩手県宮古市にある石碑に刻まれた言葉だそうですが、東日本大震災が起きた直後の今は、この言葉の重みがひしひしと伝わってくるものがあります。

『高き住居は児孫の和楽 想え惨禍の大津浪 ここより下に家を建てるな』

最後に本が面白い理由としては、報道に携わる人ならではの視点を持って書かれたものであることを挙げられるでしょう。たとえば、報道のあり方・・・すなわち、災害についての警告を発信する際の言葉使いのあり方や、その際にどのような媒体を使って訴えかければ、被災地域の人々に声が届く確率があがるか・・・などといったことについても触れています。

地域全体の安全を考える立場の人に・・・

本は全部で約300ページ超、全三章から構成されています。

第一章:
地域の防災力を高めるために

第二章:
1. 増える豪雨と洪水対策
2. 地震の被害を防ぐ
3. 津波の被害を防ぐ
4. 土砂災害の被害を防ぐ
5. 火山の噴火被害を防ぐ地域の力
6. 地域の防災に消防の力を生かす

第三章:
シンポジウムの作り方、進め方

気がついた人もいるかもしれませんが、第三章には「シンポジウムの作り方、進め方」という項目が入っています。“シンポジウム”とは、フォーラム(公開討論会)のようなものですが、なぜそのようなテーマが“地域防災をテーマとした本”に含まれているのか・・・疑問のわくところです。これは著者がNHK解説委員であり、シンポジウムの司会者を依頼されることが多いためだろうと思われます。地域防災をしっかりと普及啓発させていくためには「意味のあるシンポジウムを開くための工夫をして欲しい」・・・という著者の切なる願いが伝わってきます。その観点で見れば、非常に意義の高い情報と言うことができます。

以上から、著者は私どものようなリスクマネジメントに携わる人間はもちろんのこと、防災を考える、または、普及啓発を行う立場にある人たちを意識して書いた本であると言えるでしょう。さらに、一企業でできることの限界を知っておく・・・という意味でも、私個人的には、企業の総務の方やリスク管理部の方にも読んでもらいたい本でもあります。

分かっていたのに、なぜ何もできなかったのか?

余談ですが、それにつけても思うのは、今回の東日本大震災の悲劇が多くの人によって予言されていたという事実です。山崎登氏は、2009年に執筆したこの本の中で既に、帰宅困難者の問題や津波に関わる問題を指摘しておられます。

山崎氏のみならず、こういった指摘は過去に出版された書籍(例:吉村昭著 三陸海岸大津波)や、地質の専門家である岡村行信氏(産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長)など様々な形で行われていたと言います。

おそらく、今後、もっとこういった“昔からあった予測”が掘り起こされてくるとは思いますが、結局のところ、可能性があると分かっていても(指摘されても)、なかなか行動にうつせないのが人間の性(さが)なのかもしれません。

「分かって(指摘して)いたのに、なぜ何もしなかったのか?」

その問いは正しい問いだと思います・・・しかし、個人や特定のグループを責める前提でこの問いかけを行うのではなく、組織の仕組みのどこに問題があったのかを明らかにする前提でこの問いかけを行うことが必要であると感ぜずにはいられない・・・。

山崎氏の本を読んで改めてそんなことを感じました。

(執筆:勝俣 良介)

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