東京動物園協会様
東京動物園協会様は1948年に動物園事業の発展振興を図り、併せて動物の愛護思想を普及することを目的に財団として設立されました。当初は教育普及事業と園内の売店・レストランの営業による便益サービス提供を二本柱としていましたが、順次、東京都から売改札・案内業務や施設維持管理などを受託。そして指定管理者制度の導入にともない、2006年からは飼育部門も含めトータルとして都立動物園・水族園4施設(恩賜上野動物園・多摩動物公園・葛西臨海水族園・井の頭自然文化園)の管理運営を任されています。今回行った4園のBCP訓練プロジェクトについて、藤井芳弘理事長にお話を伺いました。
年間700万名を超える来園者を守る
―これまでの防災の取組はどのようなものでしたか?
藤井理事長: 当協会は、便益施設等も含め園全体の管理運営を担っており、園内で発生したすべての事象について一元的に責任をもつ立場にあります。各園はいずれも長い歴史をもち、最も長い上野動物園では関東大震災も経験していますが、幸いこれまで致命的な被災や事故が発生したことはありませんでした。しかし、大規模地震などの発生が予測されるなか、今後も被災しないとは言いきれません。上野だけでも年間400万人、4園合わせると700万人を超えるお客様が訪れます。これまでは、防災にかぎらず、たとえば万が一猛獣が脱出した場合の捕獲訓練、急病人や事故発生対応、台風など気象災害対応など、日常の来園者への対応を含めて各種訓練を個別に実施していましたが、体系だったものではありませんでした。
東日本大震災の経験を踏まえ、近年、事業継続計画への取組が民間企業で広まっています。協会は、来園者や職員の安全、動物の命、様々な意味で命を預かる職場であり、安全・安心の確保こそが最大の使命であるということをあらためて強く感じました。そうしたことから、今回、より踏み込んだBCPを4園一体で進めることが必要と考えました。
―3.11ではどんな対応だったのでしょう。
藤井理事長: 発災時には協会の建物もかなり揺れ、園内でも一部の施設に亀裂が入ったりしましたが、大きな被害はありませんでした。来園者にけが人も出ず、JRが運行停止したことによる混乱がありましたが、穏便に園外の一時避難所へ誘導することができました。発災後の再開園の見きわめには悩みました。直前に中国からジャイアントパンダが来園していたので、どういうタイミングでお披露目するかということとも絡んで大変でした。電力削減のためしばらくは時間を短縮して開園しましたが、あわせて義援金の募金活動をしたり、被災者の方の入園料を免除したりもしました。葛西水族園は臨海ということで、しばらくの間、客足が回復しませんでした。建物自体の安全性は確認されているのですが、おそらく、海に近寄りたくないという意識と、海に近くて危険なのではないかという風評のようなものが広がってしまったのだと思います。
動物の命を預かる動物園は、業務をストップできない
―今回のプロジェクトについて教えてください。
藤井理事長: 今回、450名に及ぶ職員やアルバイト、ボランティアの方々も含めて、各園と協会総務課に置いた統括本部が連携し、大規模な訓練を行いました。各施設の職員は日頃から防災意識をもって職務にあたっていたと思いますが、避難から救護活動、被災状況の確認、災害対策本部の設置、動物の生命維持といった緊急時の対応を一連の流れとして体験したことはありませんでした。
まず第1回の訓練で、災害時に自分が各園でどのような役割を担っているのかということを初めて体験しました。ここで徹底的に反省点や課題を抽出することによって、日常業務の中でなんとなく認識されていた暗黙知を系統立てて整理し、足りない点については新たにルールを整備しました。そして2回目の訓練を行うことで、スキルも防災意識もかなり向上したと思います。本番に近い意識をもって、一致団結して行動できたことの意味は大きいですね。こういった演習を継続してやっていかなければいけないという意識も芽生え、今後につながる訓練になりました。
―動物園のBCPにはどのような課題があるのでしょうか?
藤井理事長: 動物の命を預っているということは、たとえ来園者の迎え入れをストップしても飼育をストップすることはできないということであり、その意味では、一時も業務を中断できません。東日本大震災では、福島の水族館が津波の被害を受け、生き残った生物が全国8箇所の動物園・水族館に避難預託されましたが、被災した時に動物をいかに管理するかということが大きな課題になります。施設が無事でも、飼料の在庫が尽き、仕入れることができなくなったらどうするか。草食動物なら園内の植物でなんとかなる。肉食動物ではどのくらい時間を稼げるか。飼料の備蓄はある程度進めていましたが、大震災を契機に改めて整理することができ、職員の意識も向上しました。
今回の訓練で、被災規模によるインフラの想定復旧レベルを知りましたが、何よりも電力をはじめとするエネルギーの問題が大きいことがわかりました。中でも水族園では電力や水道等がダウンしてしまうとどうしようもない。自家発電等の備えをどこまでしていくべきかが今後の課題です。
また、場所が隔たっている4園を管理していることの難しさもあります。訓練でも、4園の横の通信手段をどう確保するかが課題となりました。通信インフラがダウンしてしまうと連絡がとれなくなってしまう。東京都への連絡もいざというときには走っていかなければならない。園内では無線も使っていましたが、訓練中にいろいろな不備が発見されたので、今後はMCA無線を配備して4園でのコミュニケーションを可能にしていきます。園内の無線も強化します。
入園者を安全に避難させるにあたっては広域避難場所との連携も課題になります。上野動物園や井の頭自然文化園、葛西臨海水族園は広域避難場所に隣接しており、多摩動物公園も隣接する大学が市の指定避難場所となっています。動物園は屋外施設なので宿泊対応等はできませんから、滞留者が出ないように園内から安全に避難させることが何よりも重要です。関東大震災の際には火災で焼け出されて上野動物園に逃げ込んで来る被災者がいたそうです。そういった事態への対策も考えておかないと、いたずらに混乱してしまうことになります。地域防災計画の中で連携をとっていきたいと思います。
民間よりも高レベルの安全対策を求められる
―今後の展開について教えてください。
藤井理事長: 2回目の訓練でもまだ課題が残っていますが、今後も訓練を継続することでさらに対応力を上げていくことができ、それぞれの自信にもつながると思います。訓練を日常化することで身体にしみこませるのが理想ですね。それぞれの訓練が絡み合うことで協会全体のBCPにつながるという認識をもて、そのために足りない部分も鮮明になったので、早急にスケジュール化して整えていこうと思っています。公益財団法人であり、東京都の監理団体でもある私たちは、民間の施設より高レベルの安全対策を求められるので、かなり厳しく対策を徹底しないといけないと思っています。
―ニュートンのコンサルティングはいかがでしたか?
藤井理事長: 今回、経験のあるコンサルタントの力を借り、客観的な視点から多くの気づきを得られ、明文化されていない暗黙知や体系化されていないことを整理することができました。また各場面でのプレゼンや説明は非常にわかりやすく、とても勉強になりました。
休園日に訓練を行ったので、リアリティ(来園者がいる状況)をどう出すかに悩みましたが、けが人や迷子、外国人や老人といった来園者役の設定や、ボランティア等に声をかけて来園者の絶対数を増やすといった様々なアイディアも提供していただきました。実際は何千、何万人という来園者がいる中での行動をとっていかなければならないので、いただいたアドバイスを元に、今後も継続的にリアリティのある訓練を実施し、危機管理能力を高めていきたいと思います。
利用サービス
プロジェクトメンバー
お客様 |
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理事長 藤井 芳弘 氏 |
常任理事 上杉 俊和 氏 |
総務部長 武市 玲子 氏 |
ニュートン・コンサルティング |
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執行役員 兼 プリンシパルコンサルタント 内海 良 |
エグゼクティブコンサルタント 久野 陽一郎 |
シニアコンサルタント 高橋 篤史 |
担当の声
エグゼクティブコンサルタント 久野 陽一郎
リアリティを追求して大規模集客施設における実効性の高い訓練を実現
今案件では、以下の方法をご提案させて頂きました。
1.初動から事業継続までの訓練を実施し、現状のルール・態勢を確認し、課題を洗い出す
2.洗い出された課題に対して、既存の対応計画を改善する
3.改善された対応計画に対して訓練を実施し、現場への定着と計画の改善を実施する
2回の訓練を実施する上で頭を悩ませたのが、来園者をどうするかでした。
一日の来園者が最大10万人を超える園。来園者のいない訓練は、実態と大きく異なります。
まず職員とボランティアの方々にご協力頂き、来園者役を一定数確保しました。そしてけが人、迷子、クレーマー、年配の方、外国人、車いすに乗るなどの様々な来園者役を設定し、リアリティを出すように工夫いたしました。
2回の訓練を評価し、確実に改善されていることが分りました。
そして今後の課題も明確にすることができ、災害に強い園として更に進化すると実感いたしました。
大規模集客施設における来園者の安全、動植物の生命を維持する活動に微力ですが貢献できたことは、貴重な体験として、今後に生かさせて頂きます。