ヤフー様

経営スピードを妨げない
全社一丸のリスクマネジメントの取組み

2012年6月以降に経営陣を刷新したヤフー株式会社では、201X年までに営業利益を2倍にする(2011年度の営業利益額に対して)という目標を設定しました。目標を達成するためには平均して年率2ケタの成長が必要不可欠であり、経営スピードを大幅に高めるために「爆速」をスローガンとして打ち出しています。今回は、その爆速経営を妨げない、全社一丸のリスクマネジメントの取組みについて、リスクマネジメント室室長の八代峰樹氏、ERMプロジェクトマネージャーの小玉弘子氏にお話を伺いました。

「課題解決エンジン」として被災情報を提供していくために

リスクマネジメント室 室長 八代 峰樹氏

―リスクマネジメント室は、今回のプロジェクトにあたって新しく発足したのでしょうか。

八代: 当社のリスクマネジメント業務は、法務部管轄のリスクマネジメント部で行っていましたが、ERMというような全社的な活動ではなく、コンプライアンスやガバナンスが中心で、事業リスク対応などは組み込まれていませんでした。ヤフーでは、大きな課題などを部門横断で考える“合宿”を実施しています。これは宮坂(CEO)、川邊(COO)、CSOをはじめ、各本部長や執行役員全員が参加するもので、昨年(2013年)春の回では情報セキュリティと並びERMがテーマになりました。

リスクと言っても様々ですが、合宿ではまず東日本大震災発災時の対応の振り返りをおこないました。また、首都圏直下型地震や南海トラフ地震の被災想定が現実的なものになりつつある中で、自社ビジネスや社員を守ることは重要です。ただ、それ以上に、会社の方針にもある「ITで未来の人々を幸せにする、未来志向の『課題解決エンジン』」として、被災情報を提供していくためにどういう体制にすべきなのかという課題が検討されました。

合宿の際には災害に焦点が置かれましたが、これをきっかけとして、全社横断的・網羅的に事業リスク全般への対応であるERMを統率していく部門としてリスクマネジメント室が発足しました。当初は私一人が兼務で下地を作り、昨年、2013年10月に小玉が入り、今年4月からは4人体制の組織になりました。ERMの取組み開始にあたって、吉井信吾監査役から、「ERMは、企業が持続的成長を続けていくための屋台骨である。ERMを構築しないで積極的経営を行うのは、目をつぶって高速道路を運転するようなものである(中略)」という言葉をもらいました。

リスクマネジメント室 
ERMプロジェクトマネージャー 小玉 弘子氏

―外部のコンサルティング会社を入れることで、どのような効果を期待されたのでしょうか。

小玉: また、当社のスピード感についてこられる対応力と、当社の数多いサービスを網羅して仕組みを導入していくために必要な多様な業種での支援経験があることも重視しました。それなりに長い期間のお付き合いになるので、コミュニケーション的な相性も良いと感じたニュートンさんにお願いすることになりました。

八代: 僕も小玉もリスクマネジメントに関しては素人ですが、リスクは色々とありますし、いつ何時どんな事態が起こってもおかしくない。例えば地震等は待ったなしで来るかもしれませんから、一から勉強するのでは遅い。そこで外部の力をお借りすることにしました。この取組みでは実践的な対応を実現したいと考えていましたので、コンサルティング会社の選定にあたっては、この分野において実績があり、形を用意するだけではなく、実際に動ける仕組みをきちんと策定支援できることを条件としました。

トップの指針のもと、ワークショップで重点リスクを洗い出す

―プロジェクトについて教えてください。

八代: プロジェクト開始時に、まずは宮坂(CEO)と川邊(COO)にトップインタビューを行い、ヤフーとして特に重点的に対応すべきリスクとして「Yahoo!トップページ【災害】」「セキュリティ」「コンプライアンス」が特定されました。このインタビューをしたおかげで、その後も全体方針がブレることなくプロジェクトを進めることができました。

トップページのダウンが重点リスクとされたことについては、東日本大震災の際にニュースを担当していた川邊の体験が大きいと思います。あの日は、このミッドタウンのオフィスに避難指示が出され、全社員が屋外に避難することになりました。そのまま屋外でトップページを更新したり、地震・津波ハブページを立ち上げたり、翌日からは震災対策特別室を設置するなど、川邊は現場の混乱やお客様の切実なニーズを身をもって体験しました。

また、リスク対応行動指針としては3つの言葉が2014年上半期の指針として決められました。

「ヒトデは蜘蛛よりも強い」という言葉は、オリ・ブラフマンというアメリカの起業家の本からとられています。蜘蛛型の組織は頭をやられると全体が死んでしまうのに対し、ヒトデはバラバラにされてもそれぞれの部分が生き続けます。我々は蜘蛛のような中央集権的な組織ではなく、ヒトデのように各組織がそれぞれのミッションをもち、最適解を求めて自ら課題を解決していく組織を目指そうということです。

次の「平時と有事を切り替えろ」というのは、インシデントが顕在化した有事においては、トップへの連絡がつかないということをはじめ、平時と同じ判断をすることが不可能になりますから、それを考えて平時から有事を想定した仕組みを構築しておくことが重要だ、という意味です。

三番目の「0点はふせごう、まずは30点をとろう(Y!トップは止めない!)」は、どんなリスクに遭遇しても0点(Yahoo!JAPANにアクセスして何も表示されないという事態)は避けよう、ということです。何も80点や90点を目指さなくてもいい。30点(天気、検索、ニュースといった最小限のコンテンツだけが表示されている)を目指す。たとえ各サービスが停止していても、トップページだけは生かして、ソースを手打ちしてでもお客様に情報を発信していく体制を目指そうということです。

インタビューでこの3つの言葉が明確になり、ヤフーのERMの芯が浮かび上がりました。

―ERM構築手順について教えてください。

八代: トップインタビューで全社リスクマネジメント方針が決定しましたので、次はこれを全社に展開していきました。

展開にあたっては、構築の手順を仕組み化しました。各カンパニーにERM担当者を設置し、リスクの洗い出しと整理をした上で、重点リスクを特定し、それを元にワークショップをおこないます。ワークショップでは重点リスクに対する詳細リスクを特定したうえで、リスク対応計画まで策定します。

最初に申し上げましたが、当社は「爆速経営」をおこなっていますので、この課題整理と対応検討過程に時間をかけてしまうとタイムリーにリスクに対応できなくなってしまいます。なので、各カンパニーのERM担当者とカンパニー長で重点リスクを特定した後は、1回2~3時間のワークショップでカンパニーにおける当件の課題全てを一気に検討・決定し、すぐさま実際の対応に移すことにしました。

また、全社に展開する前に、まずは試験的にYahoo!トップページに関わるサービスを中心としたパイロットワークショップを実施しました。このワークショップには宮坂、川邊に大矢(CFO)の3役員が参加し、あらためて行動指針を全員に話したので、参加者全員が経営トップの本気度を感じ、腹落ちして大変活発で有意義なワークショップとなりました。

―全社に展開していく過程では、何か苦労がありましたか。

小玉: 現場は日常的に事故の対応、つまりリスクへの対応は行っているのですが、そのプロセスを自分たちで洗い出して可視化するという経験はしたことがありません。リスクというものをどうカテゴライズすればいいのか、そもそもリスクとは何を指しているのかといった質問が殺到して、リスクマネジメント室として対応するのが大変でした。彼らは普段定量的なものを中心に見ているので、定性的なもの、抽象的なものに対して拒否反応が大きいのです。とにかくまずやってみてくださいと答え、担当者の努力もあって、各カンパニーともリスク対応計画書ができあがりました。

八代: もう一度やれば、我々も現場もこなれているので、今とは違った答えが出るかもしれません。生まれたての赤ちゃんと同じでしたから、考えながら進めるのはお互いに苦労しましたね。

社内を巻き込んでいくことの難しさ

―現場を巻き込むことについては、どの企業でも苦労しています。

 

八代: 今回のプロジェクトはトップのコミットがあったことが、やはり大きいと感じています。トップインタビューで全体方針が明確に打ち出されたこと、パイロットワークショップにトップ自身が参加したことなどが、社員のやる気に直結していると思います。実施後のアンケートにも「課題が明確になった」、「もっと全社的な取組みにしたい」という前向きな意見が多数ありました。全社的な巻き込み方としてはすごくよかったと思います。

小玉: 当社ではリスク対応を推進し、また現場のやる気を喚起する方法として、トップも参加する中間報告会を実施する予定です。進捗状況の報告だけでなく、活動を通しての気づきやノウハウを共有することで、活動を改善することが狙いです。さらに、各担当者の自己評価と他者評価で全社番付をし、周知もする予定です。ヤフーはそうしたお祭り的な競争活動が好きなので、活性化に一役買ってくれると期待しています。

実行するのはあくまでも現場

―この約1年の活動で、リスクマネジメントに対する社内の目は変わってきましたか。

八代: 何かあったら私たちが動くものだと勘違いされてしまっているきらいがあるのはよくないと思っています。実行するのはあくまでも現場の方々です。といっても、私たちも自分では動かない“評論家”になってはいけない。全員の動きがうまく回るようにお手伝いをする役割ですから、そのさじ加減に気を使っています。

小玉: 各カンパニーの担当者を通じて若干なりとも変化があったと思いますが、それでも、5000人の社員の中ではごく一部です。まだまだ何年もかけてやっていかないとダメだと思っています。究極的には、リスクマネジメント室がなくても、現場でしっかりやっていけるようになるまでやり続けなければいけないと思っています。

―ニュートンのコンサルティングはいかがでしたか。

八代:「爆速」を支えるリスクマネジメントの導入を実現することができました。社外の人間の言葉の重さは違うので、ズブの素人の集団である各現場の担当者にもっと強く言ってほしいと思うこともありましたが、どうしてもネガティブになりがちなリスク管理の活動でも、勝俣さんは明るくて、ニコニコしながらきついことを言う(笑)。笑顔でやってもらえて、すごくやりやすかったです。

小玉: 初めは八代しか仲間がいないので心細かったのですが、ニュートンさんにプロジェクトに加わっていただき、時には私の愚痴を聞いてくださり、社内で仲間を集めていく過程で心の支えになっていただいたので、担当者としてとても心強く助かりました。

―本日はどうもありがとうございました。

災害リスクへの対応訓練も実施

リスク対応の一環として、Yahoo!トップページ維持機能の代替移転訓練も実施しました。

八代: 今回の訓練は「Yahoo!トップページを止めない」という重点課題に対する施策のパフォーマンス評価という位置づけでおこないました。本社ビル被災時の初動対応として人命救助と安否確認を行い、その後、トップページの維持機能を東京から北九州へ移管するためにヘリ&ジェットで要員を移動するという内容です。

ヤフーは大阪に二番目に大きな編集拠点がありますが、首都圏直下地震と南海トラフ大地震を考慮すると、どちらも使えなくなる可能性があります。そこで、国内政令都市の中でも災害に強く、自治体とも強いリレーションシップがとれている北九州を代替拠点としました。今回の訓練では、北九州が代替拠点になるということを社内に対して周知するという目的もありました。

―何か苦労した点や気づきはありましたか?

八代: 社内の協力をとりつけることが意外に難しかったですね。ビル内の訓練は管理部門が何年も指揮しており、我々のような新設の部署とでは雰囲気の違いがあって、やりにくさを感じました。縄張り意識がない会社ですが、それなりに社内調整を行う必要がありました。

小玉: 当日は、まず要員移動のヘリが悪天候のため飛ばないということで、朝イチからつまずきました。移動手段は元々3つ想定していたので、成田からセスナで移動という手段に切り替え、急いで秘書や関係者に周知することになりました。有事にはこうした事の連続だと思いますので、良い訓練になりました。

一方で、訓練実施にあたり、本部長を想定上の“怪我人”としてアテンドするように依頼をしたら、本部長を怪我人にするとは何ごとかとこちらの上司までクレームが入ったりしました。訓練に対する社内の考え方の違いを、社内を巻き込んでいく上での課題として感じました。

八代: 宮坂がよく使う言葉に、映画「燃えよドラゴン」の「Don't Think, Feel!」という台詞があります。本当の危機のときには考えるよりも、自分が感じて良かれと思う行動をするしかありません。しかし各人の対応力に頼りきりでは正しい解がわからなくなってしまいますから、マニュアルまでいかずとも、ある程度のざっくりした決めごとはやはり必要だと感じました。リスクマネジメント室のメンバーは皆、かつてサービス部門にいた人間ですから、管理部門に次々にルールを決められることが歓迎されないことをよく知っています(笑)。細かいことまでああしろこうしろというルールは、当社には絶対合わないと思いますが、最低限のしっかりしたものは作っていこうと考えています。とにかくシンプルであることを信条としている会社ですから、今後の仕組みを作る上でもそれを念頭においていきたいと思います。

今後は、ビル内で行う訓練と今回のようなBCP訓練を年に1回ずつ実施していく予定です。川邊からは訓練はどんどん行ったほうがいい、抜き打ちでやったらどうか、といったアイディアや課題をもらっていますが、定期訓練を繰り返してレベルを高めてから次の段階に進みたいと思っています。また、部門やサービス単位での訓練も実施したいと思っています。

担当の声

取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント  勝俣 良介

プロジェクト成功の鍵

プロジェクト遂行上3つの課題がありました。1つにはリスクマネジメント室ができたてホヤホヤで進む方向性がほとんど見えていなかったこと、2つにはヤフー様の事業(=カバー)範囲が広かったこと、3つには事業や組織の変化スピードがものすごく速かったこと(約9ヶ月間のプロジェクト期間中に何度か組織や事業変更がありました)、です。

ただ、いずれもニュートンが得意とするエリアでもありました。

1つ目については、激務でお忙しい宮坂CEO様・川邊COO様お二人に時間をとっていただき、意思疎通を図りました。この30分のミーティングがプロジェクトを正しい方向性に導いたといっても過言では無いと思います。

2つ目については、ほぼ全ての関係者(カンパニー長や部門長)に接触させていただくなどして徹底的にヤフーの事業やERMの課題特定に努めました。正直、ヤフー社員の方よりヤフーに詳しくなった面もあると思います。

3つ目については、ISO31000など国際的なフレームワークを横目に見つつも、さぁリスクマップを作りましょう・・・緻密な分析をしましょう・・・といった固定概念を一旦リセットしました。ヤフー様に合った形を真剣に検討した結果、短時間で一気にアウトプットを出せるワークショップ型リスクマネジメントの導入につながりました。

こうしたアプローチに加え、「形よりも成果を」という意識を強く持たれた八代様、小玉様と、文字通り二人三脚で進めることができたことが成功要因だと思います。最後に、プロジェクトを無事完了できたこともさることながら、お二人や他のヤフー社員の皆様と良い関係を築けたことが何よりもの財産です。どうもありがとうございました。

利用サービス

お客様情報

名称 ヤフー株式会社
本社所在地 東京都港区赤坂9-7-1
ミッドタウン・タワー
設立 1996年1月
従業員数 4,860名
代表者 代表取締役社長 宮坂 学
事業内容 インターネット上の広告事業、イーコマース事業、会員サービス事業

(2014年6月現在)

プロジェクトメンバー

お客様

リスク管理室 室長

八代 峰樹氏

リスク管理室 ERMプロジェクトマネージャー

小玉 弘子氏

ニュートン・コンサルティング

代表取締役社長

副島 一也

取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント

勝俣 良介

エグゼクティブコンサルタント

久野 陽一郎

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