
「特権アクセス管理(PAM:Privileged Access Management)」とは、情報システムにおいて強力な権限を持つ「特権アカウント」へのアクセスを厳格に管理・制御するためのセキュリティ対策のことです。特権アクセス管理により、重要なシステムやデータへの不正アクセスを防ぎ、サイバー攻撃や内部不正から大切な情報資産を守ります。
本稿では、特権アクセス管理の基本概念と重要性、効果的な手法、管理の流れを解説します。
特権アクセス管理(PAM)とは
特権アクセス管理(PAM)は、情報システム全体を管理・制御する強力な権限を持つ「特権アカウント」のライフサイクルを管理するための仕組みやソリューションです。
特権アカウントはシステム運用に不可欠なものですが、強力な権限を持つがゆえに、サイバー攻撃者や悪意のある内部者にとって格好の標的となります。そのため、特権アカウントの不正使用や流出を防ぐ特権アクセス管理は、情報システムや重要なデータを守る上で非常に重要です。
特権アクセス管理(PAM)とIDアクセス管理(IAM)の違い
特権アクセス管理とよく似た用語に「IDアクセス管理(IAM:Identity and Access Management)」があります。
IDアクセス管理は、IDが付与された組織内のすべてのユーザー(アカウント)を対象に「誰が」「どのシステムに」アクセスできるかを管理する広範な枠組みです。一方、特権アクセス管理は、組織の中でも特に強力な権限を持つ「特権アカウント」に特化しています。
IDアクセス管理が「入室許可」を管理し、特権アクセス管理は「金庫室の鍵」を厳格に管理するもの、とイメージするとわかりやすいでしょう。
特権アカウントの種類
特権アクセス管理(PAM)の対象となる特権アカウントには、用途によってさまざまな種類があります。代表的な5つの特権アカウントを解説します。
スーパーユーザーアカウント
Windowsの「Administrator」やUNIX/Linuxの「root」に代表される、システム全体に対する最上位の権限(管理者権限)を持つアカウントです。OSの設定変更からソフトウェアのインストール、すべてのファイルへのアクセスなど、あらゆる操作を実行できるため、厳格な管理が求められます。
アプリケーション管理者アカウント
ERPやCRM、会計システムなど特定のアプリケーションに対する管理権限を持つアカウントです。アプリケーションの設定変更やユーザー管理、データベースアクセスなどの権限を持つため、不正に利用されると業務に支障をきたす可能性があります。
緊急アカウント
「緊急アカウント」または「ブレークグラス(Break Glass)アカウント」とは、システム障害や災害時などの緊急時にのみ使用されるアカウントです。通常時は無効化されており、厳格な承認プロセスを経て、限られた時間のみ有効化されます。
サービスアカウント
バッチ処理やシステム間連携などの自動で動作するプロセスに使われる、人間ではなくプログラムが使用するアカウントです。人間が直接操作しないため見落とされがちですが、高い権限を持つことが多く、適切な管理が求められます。
ドメイン管理者アカウント
Active Directoryなどのディレクトリサービスにおいて、ドメイン内のすべてのリソースを管理する権限を持つアカウントです。ドメイン内のユーザーとグループの管理、セキュリティポリシーの設定、ドメインに参加しているサーバーやクライアントPCの設定、ソフトウェアの配布等が可能です。
特権アクセス管理(PAM)の重要性
特権アカウントは情報システムやデータを自在に操作できるため、サイバー攻撃や内部不正の格好のターゲットとなります。特権アクセス管理の強化は、以下のような悪用の防止に加え、セキュリティ規制への対応にも有効です。
サイバー攻撃からの防御
多くのサイバー攻撃では、まず一般アカウントを侵害し、次に特権アカウントを乗っ取る「権限昇格(Privilege Escalation)」が行われます。特権アクセス管理を徹底することで、特権アカウントの利用に制限や承認プロセスを設け、攻撃者による不正操作の余地を減らすことが可能です。
内部不正への対策
セキュリティの脅威は外部からの攻撃だけではありません。悪意を持った内部者が特権アカウントを悪用すれば、容易に機密情報の窃取や情報システムの破壊が可能です。特権アクセス管理は、職務に必要な最低限の権限のみを与え、すべての操作を記録して、内部者による脅威も抑止・検知します。
情報セキュリティ規制への対応
個人情報保護法やGDPR(※1)、SOX法(※2)など国内外の多くの情報セキュリティ規則や監査基準では、機密データへのアクセスを厳格に管理し、操作記録を監査証跡として保管することが求められています。特権アクセス管理により規制要件を満たすことで、コンプライアンス違反による罰則や信頼失墜のリスクを回避できます。
※1:General Data Protection Regulationの略で、EU(欧州連合)の個人データ保護を義務付ける法律。
※2:Sarbanes-Oxley Actの略で、企業の財務報告の信頼性を確保するための米国の法律。
特権アクセス管理(PAM)の効果的な手法
特権アクセス管理には、「最小権限の原則」と「ジャストインタイムアクセス」という、2つの基本的かつ重要な手法があります。特権アカウントを安全に管理するために、ぜひ理解しておきましょう。
最小権限の原則(PoLP)
「最小権限の原則(PoLP:Principle of Least Privilege)」とは、ユーザーやシステムに対して、業務の遂行に必要な最小限の権限のみを付与するという考え方です。これにより、万が一アカウントが侵害された場合でも、攻撃者が実行できる操作範囲が限定され、被害を最小限に抑えられます。
ジャストインタイム(JIT)アクセス
「ジャストインタイム(JIT:Just-In-Time)アクセス」とは、特権が必要なタイミングにのみ一時的に権限を付与し、使用後は速やかに権限を取り消すアプローチです。これにより、攻撃者が特権アカウントを悪用できる時間を最小化し、リスクを低減させます。
特権アクセス管理(PAM)の流れ
「最小権限の原則」や「ジャストインタイムアクセス」の考えに基づく特権アクセス管理の運用は、一般的に以下のような流れで実践されます。
- 申請
- 発行
- 監視・ログ取得
- 使用状況の定期的な評価・見直し
それぞれの内容を解説します。
1. 申請
特権アカウントを利用する際は、事前に申請と承認が必要な体制を構築します。利用者が目的や対象システム、期間、権限レベルなどを申請し、上長や管理者の承認を得るフローが一般的です。これにより、不必要な特権アクセスを防ぎ、統制を確保します。
2. 発行
申請が承認されると、利用者に一時的なアクセスキーとパスワードが発行されます。その際、アクセスキーの範囲は最小限に制限され、承認された時間内のみ使用可能です。使用後は、アクセスキーとパスワードは破棄され、使い回しや漏えいのリスクを抑えます。
3. 監視・ログ取得
利用者が特権アクセスを行っている間、セッション中のすべての操作をリアルタイムで監視し、ログとして記録します。コマンド操作の履歴や、操作画面の録画も行われ、不正な操作が試みられた際にはアラートを出すことも可能です。
4. 使用状況の定期的な評価・見直し
特権アカウントの使用状況を定期的に評価し、不要になったアカウントや過剰な権限を特定・削除します。従業員の異動や退職に伴う権限の更新、業務変更による権限の調整など、組織の変化に応じた適切な管理プロセスの構築が重要です。
特権アクセス管理は、サイバー攻撃や内部不正から大切な情報資産を守るために欠かせないセキュリティ対策です。まずは、自社のリスクや運用体制をチェックし、特権アクセス管理の強化を検討してみてはいかがでしょうか。