多くのIT投資が必ずしも企業価値向上に結びついていないというのが昨今の実情です。この状況を踏まえ「IT投資を企業価値創出の活動と強く結びつけるために、企業が意識すべき(または持つべき)仕組みを体系的に示せるものを提供する」という目的の下、米ITガバナンス協会(ISACA)が発行した経営ツールが、Val IT (Val IT Framework for Business Technology Management)です。主として企業が持つ以下のような悩みに対するヒントを示します。
・企業において肥大化しがちなIT投資をどのように見直していけば良いのか?
・適切なITガバナンス(=企業がITを活用して、いかに効果的・効率的にその経営目標を達成できるようにコントロールしていくか、ということ)を行うにはどういったマネジメント活動が必要なのか?
ちなみに、Val ITは初版が2006年に発行され、その後(2010年11月現在)大きな改訂が1回行われており、現在の最新版はVal IT2.0(※1)になります。Val IT2.0日本語版は、日本ITガバナンス協会(ITGI Japan)から、誰もが無料で入手することが可能です。参考リンクをご覧ください。
※1. 改訂内容は、主にCOBITとの整合性の向上、IT投資対象の拡張、解説の詳述化など
事業部門とIT部門の組織を超えたあらゆる管理レベルが利用対象者
Val ITは、COBIT同様にあらゆる立場の人(監査人、経営層、ミドルマネジメント層、コンサルタントなど)が利用できるよう汎用的に作られていますが、テーマの中心を”ITを使った価値の創出”においたものであるため、基本的には(IT部門である・ないを問わず)企業のマネジメント層に位置する人たち(例:経営幹部、経営企画や情報システム部門長など)を利用の対象者として想定しています。
なお、Val ITはCOBITを相互補完する関係にあることから、COBITやCOBITに関わる他のガイドラインを知っていれば、より利便性を向上させると思われますが、そうでない人であってもVal ITを活用できるような配慮がなされた構成になっています。
COBITとVal ITは、相乗的関係

[出典:Val IT フレームワーク2.0]
先述したようにISACAより発行済みの代表的なガイドとしてはVal ITのほかに、COBITがあります。どちらもITガバナンス(=企業がITを活用して、いかに効果的・効率的にその経営目標を達成できるようにコントロールしていくか、ということ)に関わる活動のベストプラクティスをとらえ、その考えを体系的に提示しているという点では共通ですが、ITガバナンスをとらえる上での観点(もしくは範囲)が異なります。そもそもISACAによれば、ITガバナンスは、大きく5つに分けられる重点領域(「戦略との整合」「価値の提供」「リスクの管理」「資源の管理」「成果の測定」)がバランスよく満たされて初めて実現できるものであるとしています。
COBITでは、この5つのエリアに関わるITガバナンス活動の対象が、あくまでもIT部門に限定されます。一方、Val ITではITガバナンスをとらえるための重点領域として上記5つのエリアであることに違いがないものの、その活動対象を、IT部門ではなく、企業全体においた手段(企業ガバナンス)として言及しています。
これら2つのガイドの関係を、より平易に言い換えると、ITという手段を適切かつ確実に実行・コントロールするためのCOBITを、Val ITが目標を正しく設定し結果を評価するという観点から補完する関係である、ということができます。
COBITとVal ITの視点の違い
- COBITの問いかけ
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- 実施方法は正しいか?(アーキテクチャ面での問い)
- 首尾良く行っているか?(提供面での問い)
- Val ITの問いかけ
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- 正しいことを行っているか?(戦略面での問い)
- 効果が得られているか?(価値の面での問い)
バランススコアカードと似て非なるもの
Val ITは、経営管理ツールの1つとして頻繁に言及されるバランススコアカードの代替手段であると誤解されがちです。しかしながら、これら2つは大きく異なります。
バランススコアカードは、あくまでも経営目標およびこれに紐づく業務活動の目標の設定と、活動結果の測定を行うための手段を提供するものです。ここで重要なことは、これらバランススコアカードのような経営ツールにより、優秀な測定手段が得られたからと言って、必ずしも企業におけるIT投資が最適化されるわけではないということです。正確なデータが得られたとしても、そのデータに基づく判断のあり方が正しくなければ、企業価値向上につながりません。Val ITは、企業価値創出のための最適なIT投資実現を支援するツールとして提供されるフレームワークなわけです。
必要な活動を「ドメイン」→「プロセス」→「重点施策」に整理分類した解説
Val ITでは、「ITの価値に対する企業ガバナンス活動」というものを、大きく3つのドメイン(「価値ガバナンス(VG)」「ポートフォリオ管理(PM)」「投資管理(IM)」に分け解説を行い、ここにCOBITと同じく成熟度モデルの考え方が取り入れられています。さらに、これらドメインを計22のプロセスに、各プロセスを計40個の活動(重点管理施策)に分け、体系的な考え方を示しています。

Val IT ドメインとプロセス
COBIT同様、プロセスごとに「インプット」「アウトプット」「活動(重点管理施策)」「役割と責任(RACIチャート)」「各レベルでの達成目標と測定指標」が示されています。「インプット」と「アウトプット」には、COBITとの関連性についても明確な紐付けがされています。
COBIT5.0に統合される予定
先に述べたようにVal ITは、COBITに不足している観点を補う形で発行されたガイドラインです。COBITを補完するガイドラインは、このほかにもたとえばRISK IT(先の5つの重点領域の「リスクの管理」に大焦点をおいたものです)というものが存在します。このようにCOBITおよびCOBITを取り巻くガイドラインは多数存在することから、利用者の使い勝手向上を目的として、現在、ISACAではこれらガイドラインの統合化(COBIT5.0)に向けた活動も進められています。