耐量子計算機暗号(PQC)とは?仕組みや必要性、量子暗号との違いをわかりやすく解説
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
| 改訂者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
情報技術の発展には新たなセキュリティ課題の発生が付き物です。量子コンピューターには従来型のコンピューターから大幅な計算力向上が見込まれていますが、一方で高い計算力が暗号解読に悪用され、従来の暗号が解読される危険性も指摘されています。この課題への対策となるのが、量子コンピューターの計算力にも耐えられる対量子計算機暗号(PQC)です。
本記事では、PQCの概要、必要性、仕組み、PQCへの移行に関する課題までを解説します。幅広く求められるPQCへの対応の第一歩としてお役立てください。
目次
耐量子計算機暗号(PQC)とは
耐量子計算機暗号(PQC:Post-Quantum Cryptography)とは、量子コンピューターを使った高度な計算攻撃にも耐える安全性を備えた暗号技術の総称です。耐量子暗号と呼ぶ場合もあります。特定の暗号技術だけを指すものではなく、量子コンピューターでも解読できない暗号技術全般が該当します。
量子コンピューターは、量子力学の性質を利用して計算を行います。従来のコンピューターが、「0」か「1」のどちらかで情報を表すのに対し、量子コンピューターは「0」と「1」の重ね合わせ状態を利用する「量子ビット」を用います。これにより、従来よりも高速な計算が可能になるといわれています。暗号解読についても、この高速な計算・処理能力により従来の暗号方式(主に公開鍵暗号)の一部は破られる可能性が指摘されています。
なぜ耐量子計算機暗号(PQC)が必要なのか
量子コンピューターの研究は古くから行われてきましたが、現段階でPQCが強く求められるようになった背景として、量子コンピューターの実用化に目処がついてきたことが挙げられます。
量子コンピューターによって公開鍵暗号が解読される可能性がある
暗号解読が可能な量子コンピューター(CRQC:Cryptographically Relevant Quantum Computer)の出現により、既存暗号の一部が解読されるリスクが有識者より指摘されています。量子コンピューターの完成は2030年代半ばとも2050年代とも諸説あるものの、近い未来であると想定されています。
2024年に金融庁が開催した「預金取扱金融機関の耐量子計算機暗号への対応に関する検討会」の報告書では、広く利用されている公開鍵暗号が破られるという可能性を指摘するとともに、リスク低減策と計画的な対応の必要性を伝えています。また、アメリカ政府が進める2035年頃を目処にした対応をもとに、同等の時期には耐量子計算機暗号のアルゴリズムが利用可能な状況が望まれるとも報告しています。同じく2024年には米国国立標準技術研究所(NIST)による標準化アルゴリズムが決定し、いよいよ本格的な実装・移行フェーズに入ったといえるでしょう。
特に暗号技術の中でも、RSA、ECDSA、ECDHなどの公開鍵暗号方式は、量子コンピューターの計算アルゴリズムに対して脆弱性を持ち、量子コンピューターの実用化により解読される可能性が高いと考えられています。
耐量子計算機暗号(PQC)はどのような仕組みか
暗号技術は、解くことが難しい数学的問題を安全性の拠り所としています。PQCは、高度な計算が可能な量子コンピューターでも解くことが難しいとされる数学的問題を利用することで、量子コンピューターによる攻撃への耐性を確保するものです。
従来から広く使われているRSA暗号では大きな数の素因数分解、楕円曲線暗号(ECC)では離散対数問題といった数学的問題が安全性を支えてきました。これに対しPQCは、何百次元もの膨大な座標データを使用した数学的な超難問パズル「格子問題」など、これまでとは異なる数学的問題を利用します。これにより、暗号の安全性を確保する仕組みです。
耐量子計算機暗号(PQC)と量子暗号の違い
耐量子計算機暗号(PQC)と混同されやすい用語として、「量子暗号(量子鍵配送、QKD:Quantum Key Distribution)」があります。どちらも量子コンピューターによる攻撃への対策ですが、仕組みは異なるものです。
PQCは、量子コンピューターでも解くことが難しいとされる数学的難問を利用した暗号方式です。現在のコンピューター上で作動するので、既存の通信ネットワークやシステムに組み込みやすい特徴を持ちます。
一方QKDは、量子力学の性質を応用して暗号鍵を配送する技術です。光子などの量子を使って暗号を伝送し、第三者によって盗聴が行われたときに、その影響を検知できる仕組みを備えていることが特徴に挙げられます。
つまりPQCは「量子コンピューターにも耐えうる数学的問題を利用する」アプローチであり、QKDは「量子力学の性質を利用して暗号鍵を安全に共有する」アプローチです。両者は別の技術といえます。
企業はPQCへの移行に向けて何をすべきか
銀行や金融などの業種をはじめ特に重要性の高い情報資産を業務上取り扱う場合、PQCの導入は顧客の信頼確保にも必要な施策です。しかしながら、すべての情報資産に対しPQCの対応をするためには、計画的にリソースを確保する必要があるでしょう。
まず、PQCを取り入れる企業にとって最初のステップとなるのが組織内の暗号化技術の利用について現状の確認です。各システムで利用されている暗号鍵、暗号アルゴリズム、デジタル証明書などを洗い出し可視化する「クリプトインベントリ」の作成がPQCへの移行には欠かせません。クリプトインベントリから早期にPQCへの変更が必要な箇所を洗い出し、移行計画の策定につなげます。
また、適用できる技術の確立は国やIT業界、企業などを通しての大きな課題です。各個別の技術に対して現在多くの実証実験が行われており、ノウハウの蓄積と展開への準備が進められています。そして、PQCの適用対象を探し順次移行するには、専門性を持った人材確保も各組織の課題です。
組織が量子コンピューターという技術革新とともに歩むためには、計画的なPQCへの移行は重要な備えとなるでしょう。