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「くしの歯作戦」にみる建設業のBCP

掲載:2014年02月06日

コラム

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、東北地方の広範囲を津波が襲いました。津波に襲われた太平洋沿岸地域では、沿岸地域を縦断する国道45号線を含め多くの国道/県道が浸水し、津波により破壊された建物が瓦礫となって道路が塞がれ、まさに“陸の孤島”と化してしまいました。

このような道路網の破壊は、被災地への緊急物資の輸送を困難にするだけではなく、救命/救援活動を行う警察/消防/自衛隊の派遣にも大きな支障をきたします。特に、発災後72時間が山場とされる救命/救援活動においては、部隊の派遣の遅延が即、人命に関わります。道路網の回復は、その後の全ての災害復興の基礎になります。

しかしながら、津波により破壊された東北の道路網は、「くしの歯作戦」と名付けられた道路啓開活動により、僅か発災後1週間で国道45号線に繋がる道を切り開くことに成功しました。同様に大きな被害を受けた鉄道や港湾の復旧見通しが立たない中で、啓開活動による迅速な道路網の復旧がなければ、救援物資を被災地へ届けることはおろか、救命部隊の被災地への投入が大きく遅延していたことは間違いありません。

         

「くしの歯作戦」とは

(出典:国土交通省 東北地方整備局 震災伝承館)

「くしの歯作戦」とは、津波による被害の大きい太平洋沿岸地域へ人命救助部隊や救命物資を運ぶため、比較的被害の少なかった内陸の東北自動車道と国道4号線から国道45号線にアクセスできる東西16本の国道を啓開し、国道45号線に到達する道路網復旧計画です。東北地方を縦に走る東北自動車道と国道4号を“くしの軸”、東西に横断する16の国道を“くしの歯”に見立てたことから、発災当時の東北地方整備局長によって「くしの歯作戦」と名付けられました。

啓開では“とにかく緊急車両が通れれば良い”を合言葉に、①瓦礫の撤去、②道路の段差補正、③橋梁の応急回復を行います。車両1台分が通過できる程度の空間を確保することを第1次啓開、道幅を広げ歩道まで確保する場合は第2次啓開と呼ばれます。

通常の災害では、「応急復旧」→「本格復旧」という流れで道路網が復旧しますが、津波が発生する東日本大震災の様な大災害では「啓開」→「応急復旧」→「本格復旧」→「復興」という流れで道路網復旧を行います。

「くしの歯作戦」立案の経緯

(出典:国土交通省 東北地方整備局)

「くしの歯作戦」が東北地方整備局で立案されたのは発災当日の3月11日夜のことでした。翌日12日朝から国土交通省東北地方整備局の職員と地元の建設業者により作業を開始、その日の内に16本の内11本のルートを啓開、15日までに横軸の16本の内15本のルートの啓開が完了しました(残る1本は、福島原発の事故により設定された警戒区域の内側のため断念)。発災から7日後の3月18日には、目的地である国道45号の啓開を完了し、「くしの歯作戦」は終了、救命活動やその後の本格復旧に大きく貢献しました。

「くしの歯作戦」はなぜ成功したのか

僅か1週間で完了した「くしの歯作戦」は、世界の賞賛を浴びました。どうしてこのようなことが可能だったのでしょうか。
  1. 啓開すべき道路の設定
    発災から72時間以内という限られた時間の中で道路の啓開を行うためには、人員や資機材という戦力を集中的に投入することが必要不可欠です。啓開する道路の本数が少なければ救援できる地域が限定され、反対に多すぎれば戦力が不足し目的地までに到達できないというジレンマの中、比較的被害の小さな16本の国道にルートを限定したことが後の早期啓開完了に繋がりました。
 
  1. 情報の収集と共有体制の確立
    啓開すべき道路を決定するには、速やかに道路の被害状況の情報を収集し、収集した情報を災害対策本部としての東北地方整備局から実際に啓開を実施する現場の部隊にまで共有させる必要があります。国土交通省は、自身が保有するKU-SAT(小型衛星画像伝送装置)やK-COSMOS(移動通信システム)といったハードの通信システムの活用に加え、被災した市町村に連絡要員としてリエゾン(災害対策現地情報連絡員)を派遣し情報収集・共有体制を確立しました。また、国土地理院による地理空間情報の作成と多方面への提供(6月17日までに1,270件)も、啓開道路の策定に大きく貢献しました。
     
  2. 地元建設業者の協力
    以上は作戦立案に関わる部分ですが、実際に啓開作戦を実施する地元建設業者からの協力がなければ、どんな良い作戦も失敗していたでしょう。では、地元の建設業者は発災後どの様な対応を行い、作戦成功に貢献したのでしょうか。
    ①迅速な現場への駆付け
    今回の啓開作戦では、発災翌日の朝の時点で10人1チームの啓開チームが52チーム編成されました。発災前から国土交通省との間に災害時協定を締結している建設業者は、地震と津波により通信が途絶えた状況の中で、自発的に道路の被害状況を確認、国交省の出先機関である地元の出張所や道路管理事務所に社員を派遣し作戦内容の共有を行いました。
    ある建設会社では、震度4以上の地震が発生した場合に社員は速やかに会社に集合するよう常日頃から周知徹底しており、発災後も社員が会社に集まり、会社は作業を行うに必要な人員を確保することができました。また、ブルーシートや自転車等の必要機材を自社倉庫にストックしていたことが、その後の迅速な現場駆付けと作業開始に繋がりました。
    ②同業者や協力会社と協力した必要資源の確保
    作業を開始するにはバックホー等の重機とそれを操縦できる技術者が必要です。自社でこれらの資機材を揃えることが出来ない場合、協力会社や他の建設業者への応援が必要です。同じく災害協定を締結している地場の建設業者にも協力を要請し、必要な人員や資機材を集めて駆付けを行った会社もあります。また、仙台市のある会社は、重機や発電機の燃料不足を想定し、富山県のガソリンスタンドから燃料を毎日ピストン輸送してもらい啓開作業を継続しました。

以上の様な建設会社の発災後の対応や事前の準備が、「くしの歯作戦」を成功に導きました。

南海トラフ版「くしの歯作戦」を策定

(出典:国土交通省 中部地方整備局)

東北での「くしの歯作戦」による迅速な道路網の回復の事例を活かすべく、国土交通省中部地方整備局を事務局とする「東海・東南海・南海地震対策中部圏戦略会議」は、「早期復旧支援ルート確保手順(中部版 くしの歯作戦) 」を平成24年3月に策定しました。

「中部版 くしの歯作戦」では、東海・東南海・南海沖を震源とする最大震度6弱以上の大規模地震が発生、地震により生じた津波により太平洋沿岸地域が甚大な被害を受けることを想定しています。「中部版 くしの歯作戦」では、津波により甚大な被害を受けた沿岸部での救援・救護活動や物資輸送等のため、3日以内に人命救助のための救援・救護ルートを確保、7日以内に地域の生活を維持するために必要な緊急物資輸送ルートを確保することが目標として掲げられました。

道路啓開の順序は以下の通りです。

STEP1(くしの「軸」目標1日):被害が小さい高速道路等を直ちに通行可能として、広域支援ルートを確保する
STEP2(くしの「歯」目標1-2日):被災地アクセスルートを選択し集中的に道路啓開を行う
STEP3(目標3日):被害が甚大なエリアの道路啓開から優先

「くしの歯作戦」にみる建設業のBCP

最後に「くしの歯作戦」から建設業のBCPのあり方を考えたいと思います。

  1. 安否確認
    人員こそ最大の経営資源である建設業者にとって、社員の安否、参集可能性の情報の有無がその後の復旧活動に大きく影響してきます。安否確認を行う範囲や基準、代替を含む方法を事前に定め、発災後の人員確保に繋げましょう。

  2. 情報の収集と共有体制
    発災後どの現場に向かうべきか、どの様に現場に駆け付けるか等の意思決定を行うためには被害状況の情報を迅速に収集することが必要です。自社(本社と現場社員)のみならず関係各署(国土交通省などの公的機関から協力会社、地元建設協会)を繋ぐ情報共有体制を構築しましょう。特に重要なのは、どの様な情報がどの機関から発表されるか平時から確認しておくことが重要です。

  3. 備蓄
    啓開作業も被害状況によっては数日現場に作業員が張り付く必要があります。電気や水道も寸断された状態でも社員が作業を継続できるよう、飲食料や寝袋、簡易トイレなどの備蓄を備えておくことが必要です。

  4. 協力会社
    復旧作業には協力会社との連携が不可欠です。平時から協力会社に対する災害対応の重要性を話し、BCP策定を積極的に推進する必要があります。また、協力会社との間に有事の連絡体制を構築し、発災後の人員および資機材の確保に繋げましょう。自社の安否確認の対象に協力会社の社員を含めておくのも効果的です。

  5. 災害協定を履行するための緊急通行車両の事前届け出
    現場に急行、それも思い資機材を運搬するには車両が必要です。しかし、緊急車両の円滑な通行を確保するため、道路は長期間交通規制されます。交通規制中に道路を通行するには、緊急通行車両の証明書の提示が求められます。災害対応に使用する車両については、緊急通行車両の事前申請を行うことが重要です。

  6. 資金繰り
    より効果的に啓開を行うには、自社の人員や資機材といった戦力を啓開活動に集中させる必要があります。その為、着工中の工事を停止/延期せざるを得なくなります。その結果、会社の資金繰りを悪化させる場合もあります。実際、東北で啓開作業を行った建設業者も、行政からの入金が開始されたのは7月のことです。その間、行政が作成した作業指示書を担保に、銀行から融資を受けながら社員や協力会社への支払いを継続しました。この様な緊急事態での資金繰りを行うため、平時から取引銀行と協議しておくことが求められます。

  7. 訓練を通じた災害対応への意識づけ
    東日本大震災で実際に道路啓開を行った地元建設業者では、社員の参集、監督官庁との連絡体制構築が迅速に行われました。このような初動対応がその後の啓開の成功に繋がったことは言うまでもありません。なぜこのような対応ができたのか。それは常日頃からの訓練に負うところが大きいです。

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