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チームワークで乗り越えた3.11。その教訓を伝えたい

掲載:2021年02月16日

東日本大震災から10年

リコーインダストリー株式会社様は、東北リコー株式会社であった2011年当時、東日本大震災によって大きな被害を受けるも、早期の復旧を実現されました。その後は震災での体験をもとにBCPの見直しやブラッシュアップに尽力されるほか、BCPセミナーでの講演なども積極的に開催されています。
今回は、リコーインダストリー株式会社 東北事業所 東北事業所長 庄司勝様に東日本大震災当時の対応とBCPの見直しについてお話しいただくとともに、株式会社リコー リスクマネジメント・リーガルセンター リスクマネジメント部 部長 城ノ戸孝宏様に現在のグループ全体のリスクマネジメントについてお話しいただきました。

         

備えあれども憂いあり。東日本大震災という苦難から得た気づき

リコーインダストリー株式会社
東北事業所 東北事業所長
庄司 勝 様

―リコーインダストリー様は、2011年当時、東日本大震災で大きな被害を受けられたとうかがいました。

庄司:当社の東北事業所は宮城県柴田郡にあり、2011年の震災当時は東北リコーという会社でした。2013年にリコーインダストリー、リコーテクノロジーズが発足し、それらの東北事業所となって現在に至ります。東北リコーはもともとリコーの生産拠点としての役割を担ってきましたが、2013年からはリコーインダストリーが生産、リコーテクノロジーズが設計・開発を行う体制となり、高速複合機のほかトナーなどのサプライ、キーパーツを生産しています。

東日本大震災では、大きな悲しみを経験しました。発災当時、自宅におられた社員が一名亡くなられ、社員のご家族や親族にも多くのご不幸がありました。社員の家屋の被害も400棟近くに上り、全社員の3分の1の家屋が何らかの被害を受けた計算になります。

―地震発生直後の状況と対応はどのようなものでしたか?

庄司:14時46分に地震が発生すると、すぐに停電になりました。地震発生と同時に災害対策本部を設置し、15時10分頃には安否確認を完了、工場内勤務者の無事と火災の発生がないことを確認しました。

皆が家族の身を案じ、社員からは「子どもが心配だ」「早く帰らせてほしい」と口々に帰宅の許可を求める声が上がりました。しかし、私達は周辺状況を確認するため、あえて一時間ほど社員を待機させたのです。16時10分頃、暗くなる前には帰宅指示を出したのですが、実はこの一時間のあいだに沿岸部には津波がきていました。当時は津波発生の情報が共有できておらず何も知りませんでしたが、結果的にあの一時間の待機が社員の命を守ることにつながりました。

―その後はどのように復旧対応を進められたのでしょうか?

庄司:当初3月14日までは操業を停止することにしたのですが、通信が途絶えたことで携帯電話や緊急連絡網が使えなくなり、社員に操業停止の決定が伝えられない状態になってしまいました。そこで、急遽近隣の葬祭場から立て看板をお借りして、幹線道路の主要なポイント15箇所に東北リコーの操業停止を伝える案内を設置しました。また、地元新聞やラジオにも依頼し、操業停止の情報発信を行いました。

東日本大震災では停電が5日、断水が13日とライフラインが想定外の被害を受けたことが復旧活動を難航させましたが、それでも3月下旬には全工場に立ち入り可能となり、3月末にはなんとか操業再開にこぎつけました。ところがその矢先、4月の上旬に大きな余震が発生し、再び操業停止となってしまったのです。せっかくの努力が振り出しに戻ってしまい、さすがにこの時は心が折れそうになりましたね。

―貴社では、東日本大震災前から大地震を想定したBCPを整備されていたとうかがいました。実際に東日本大震災を経験された振り返りをお聞かせください。

庄司:宮城県では30年の周期で大地震がくると言われているため、当社でも2008年にBCPを策定し、3年ほどかけて様々な準備をしてきました。建屋の耐震補強や備蓄品の準備などに加え定期的な緊急連絡訓練や防災訓練を実施しており、2011年の3月上旬にも机上訓練を行ったばかりだったのです。それにもかかわらず、実際に役立ったといえるのは施策の2~3割程度。そのくらい、東日本大震災では想定外の事態が生じました。

備えあれども憂いあり。東日本大震災で痛感したことはこの一言に尽きます。どれほどしっかりとしたBCPを策定して備えていても、災害では必ず想定外の「憂い」が生じる。震災を経験して、BCPとは「憂い」をなくすものではなく、限りなくゼロに近づけるためのものだと考えるようになりました。

先達からの教えをもとに、一丸となって早期の復旧を実現

―多くの想定外の困難に見舞われながら、貴社は早期に復旧を果たされました。早期復旧が実現できた要因は何でしょうか。

庄司:災害において事前の訓練やシミュレーションと同じ状況が発現するのは一部にすぎず、7~8割は想定外の応用問題ばかりです。それでもやはり、当社がいち早く復旧できたのは事前のBCP活動のおかげです。想定外のことが多く十分機能しない部分があったとしても、事前の活動がなかったならばもっと復旧が遅れていたでしょう。訓練・演習を繰り返していたことで、想定外にも対応できる知恵と工夫が会社の資産として蓄積されていたのだと思います。

また、当社の復旧にあたっては、日頃から設備の内製化を心掛けていることが大きく役に立ちました。当社では、「道具は自分達で」という考え方が先達から受け継がれており、製品に必要な部品や、それを作るために必要な道具・設備も極力自分達で作るようにしています。

震災では、設備が傾いたり壊れたりと大きな被害が生じました。外部メーカーから購入した設備を使用していたら修理をお願いするために順番待ちが必要になり、2~3カ月待ちになっていたかもしれません。その点、当社は設備を内製していたため、スムーズに修理することができました。

もちろん、道具や設備の内製については、効率化などの観点から難しいこともあります。そうした場合は、なるべく技術についての知見を社内に残すようにしながら外部パートナーに協力いただいています。先達の教えを大切にしつつ現場の状況をよく見て、最適なやり方を模索することが大事ですね。

また、同じく当社の考え方として、「三直三現」というものがあります。これは何か問題が起こった際には「直ちに現場に行き、直ちに現物を調べ、直ちに現時点での手を打つ」という考え方です。震災当時、工場で断水が続く中、水道が復旧した地域の社員が自宅から水を持ち寄って設備に給水し、稼働させてくれた場面がありました。社員にこのような姿勢が根付いていることも、復旧の力強い原動力になったと思います。

―社員の皆さんが自発的に様々なアイディアを出しながら、一丸となって復旧に取り組むことができた秘訣は何でしょう。

庄司:復旧作業は現場ごとにチームになって進めるわけですが、このようなチーム活動がスムーズにできた背景には、長年取り組んできているQCサークル活動があると思います。実は、当社は1979年、東北の企業として初めてデミング賞※1を受賞した歴史があります。当時から培われてきた品質管理や生産改革の文化はその後も脈々と受け継がれ、現在も事業所には40ほどのサークルがあり、日頃から改善活動に取り組んでいます。このような品質管理のための小集団活動を続けてきたことも、有事の際のスムーズなチーム活動につながったのかもしれません。

※1 1951年に日本科学技術連盟が創設した賞で、TQM(総合的品質管理)において優れた成果をあげた企業及び個人に授与される。

東日本大震災での教訓を活かし、伝える

―防災対策などについて、東日本大震災を踏まえて改善した点についてお聞かせください。

庄司:東日本大震災を経験して気がついたこと、学んだことは数多くあります。例えば、「大事な情報・命に関わる情報は紙で残しておく」というのもその一つです。震災では5日間にわたって停電しましたが、それほど長い停電は想定しておらず、BCPなどの情報はすべてPCの中に入れていたのです。PCの電源がつかなければ、中の情報は見られません。今思えば当たり前のことですが、実際にそのような状況になるまで気がつきませんでした。

ほかにも、非常時に持ち出す必需品は一式を袋に入れて非常口付近にかけておくこと、備蓄品などは荷崩れを防ぐために必要最低限の高さにしてラップで固定することなど、工場内での細かな改善点を挙げればきりがありません。

また、震災の翌年の2012年には、自家発電機を導入しました。「お客様の仕事を止めない」ことをミッションとし、非常時にはトナーやインキなどのサプライ事業を最優先として給電します。

―東日本大震災から10年となる現在、どのような取り組みに注力されていますか。

庄司:震災から10年が経つ今、さらにBCPをブラッシュアップするための取り組みを進めています。その一つが、防災訓練のスパイラルアップです。年2回の防災訓練について訓練日のみを周知して実施時間を非公開にする、複合的なトラブルを想定した内容にするといった工夫により、マンネリ化を防止しています。

また、2019年には台風19号で敷地内が最大45cm冠水するという被害がありました。豪雨災害が激甚化する近年、地震だけでなく大雨や洪水を想定した対策も進めています。さらに、昨年からは新型コロナウイルス感染症により、リモートワークが推奨されています。災害対策本部員や事業部防災隊を多能工化して互いをフォローできるようにし、リモートワーク時代における柔軟な防災体制を構築することにも注力しているところです。

このような自社の防災対策やBCPの取り組みに加え、当社ではリコージャパンが開催するBCP構築セミナーで東日本大震災での経験をお話しさせていただく取り組みも行っています。東日本大震災は大きな苦難であり、社員皆が心の中で涙するような場面もありました。それでも、前を向かなければ知恵は出てきません。チームで力を合わせれば、「三人寄れば文殊の知恵」で道が開かれることもありますから、意気消沈することなく、一歩ずつ踏み出すことが何より大切だと痛感しています。セミナーでは失敗談などを含め、実際に経験したからこそ得られた気づきを共有させていただくことで、各企業の皆様のBCP構築のお役に立てればと願っています。

ニューノーマル時代に向けたマルチハザード型BCPの構築へ

株式会社リコー
リスクマネジメント・リーガルセンター
リスクマネジメント部 部長
城ノ戸 孝宏 様

―東日本大震災から10年を経た今、世界はコロナ禍という新たな苦難の只中にあります。グループ全体としては、現在どのようなリスクマネジメントを展開されているでしょうか。

城ノ戸:グループ全体のリスクマネジメントとしては、以前からトータル・リスク・マネジメント(TRM)活動ということでオペレーショナルリスクを中心とした取り組みをしてきましたが、2年ほど前から戦略リスクの観点を取り入れたエンタープライズ・リスクマネジメント(ERM)活動に舵を切って進めています。事業とリスクマネジメントを切り離すのではなく、経営目標の達成に影響を与えるものをマネージするのがリスクマネジメントであるという考え方に基づき、組織体制や全体のリスクマネジメントの仕組みの構築を行っています。

例えば、近年、企業のESGへの取り組みが重要になっていますが、当社では財務目標とESG目標の2つの経営目標を設定するとともに、重要な戦略リスクの一つとして管理しています。ESG目標については、持続的な企業価値向上を支える基本として捉えるとともに、将来財務につながるものとして位置付けています。また、当社はTCFD※2にいち早く賛同しており、気候変動による財務的影響の情報開示を推進しています。情報の開示にあたってはCEOが委員長を務めるESG委員会で議論し、公開しています。

東日本大震災から10年。地震に加え激甚化する気象災害や感染症の拡大など、会社を取り巻く脅威はますます多様化しているといえます。これらに伴うリスクや機会に対しては経営レベルで検討することが重要という考えに基づき、取り組んでいます。

BCPに関しては、新型コロナウイルス感染症が流行する以前から、地震などを想定した国内の広域災害対応のBCPと鳥インフルエンザなどを想定した新型インフルエンザの感染症BCPを策定していました。コロナ禍では従来のBCPをベースにしながら対応してきましたが、原因事象型のBCPでは対応が難しい部分があると感じています。

近年、BCPについては原因事象型から結果事象型へという流れがありますが、当社としても結果事象型のBCPを構築していきたいと考えています。ただし、欧米流のオールハザードBCPの考え方を取り入れるにしても、現場で何が起きているのか、どうすれば現場が使いやすいのかという視点を忘れてはいけません。

庄司さんのお話にもありましたが、先達の知恵に学びながら、現場にとって最適なやり方をカスタマイズすることが非常に大切だと考えています。当社が目指しているのは、いわゆるオールハザードBCPに原因事象の考え方も盛り込んだ、独自の「マルチハザード型」のBCPです。リコーグループの社員には、東日本大震災という苦難から学んだ知恵が受け継がれています。現場の皆さんと連携し、現場の知恵を結集しながら、いざという時に確実に機能するBCPを構築していきたいと考えています。

※2 気候関連財務情報開示タスクフォース(The FSB Task Force on Climate-related Financial Disclosures)。金融安定理事会(FSB)によって設立され、気候変動による財務的影響について「リスク」と「機会」の観点から情報開示することを提言している。

コンサルタントの声

事業継続能力を高める、明瞭かつ現実的な施策と現場力

代表取締役社長 副島 一也

代表取締役社長	副島 一也

リコー様とは、時にはBCPやリスクマネジメント関連のご支援先として、時にはそうしたソリューションを一緒に伝えていくパートナーとして、大変長くお付き合いさせていただき心より感謝しております。

リコー様のリスクマネジメントについて私が最も印象深く感じているのは、現実的で実行可能なアプローチを実直に続けられているという点です。

工場でのBCP対策としては、一般的に生産を複数拠点で行い事業継続能力を高めるという方法が選択肢として挙げられます。しかしながら、この方法は現実的には資源の分散やコスト面でのデメリットが大きくなりがちです。リコー様では、単一拠点での生産を行い、徹底的な転倒・倒壊防止などの対策を行い、万一何かが損壊した場合でも燃料確保や自社での修復を可能にすることにより事業継続能力を最大に高めるという、明瞭で強力な施策が進められています。

また、そうした施策に魂を吹き込む現場力の高さも、特筆すべきもう一つのポイントです。BCP活動の際にも、現場の一人一人の皆様の熱い思いで大変活発な討議が広がっていきます。「このようして現実的な事業継続能力が高まっていくのだな」と思い知らされる場面です。

東日本大震災は大変苦しい事象でありましたが、そうした経験も乗り越えられ、益々安心安全な企業活動を進められている姿に、ただただ感銘を受けております。

 

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