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現地拠点との信頼関係が支える、大規模なグローバルBCP

掲載:2021年01月08日

東日本大震災から10年

世界各国でビジネスを展開される豊田通商株式会社様は、東日本大震災後の2012年からグローバルBCPプロジェクトに取り組まれ、BCP策定後は演習をはじめとするBCM(事業継続マネジメント)活動に尽力されてきました。

今回は、豊田通商株式会社 ERM・危機管理・BCM推進部 部長 山下昌宏様に、弊社シニアコンサルタント久野陽一郎と対談いただき、東日本大震災後のグローバルBCPおよびBCM活動についてお話しいただきました。

         

 

3年間で、国内外約160拠点のBCPを策定

2012年4月にBCP推進室が発足

―豊田通商様は、東日本大震災後、2012年から約3年にわたりグローバルBCP策定プロジェクトを展開されました。当時の活動の経緯や内容についてお聞かせください。

山下:東日本大震災は当社にとっても転機となりました。当社は主として自動車産業のサプライチェーンを支える商社としてグローバルに事業を展開しています。世界各国で起きる自然災害や事件・事故により、その活動が停止しないことを何としてでも実現したい、と当時の社長が大号令をかけたのが、東日本大震災直後でした。

ただ、2011年4月頃から開始された兼任メンバーによる活動はうまくいきませんでした。そこで、2012年4月に総務部の中にBCP推進室という専任組織を作ることになりました。私はそれまで営業だったのですが、ほかにITや人事、総務など、様々な背景をもつメンバーが集結しました。

社長からは、2年で全世界の豊田通商グループのBCPを構築するようにとのミッションが与えられました。とはいえ、震災以前にはBCP自体ありませんでしたから、全世界にグローバルBCPを展開しようにもノウハウがない。そこでコンサルタントに相談しようということになったのです。5社ほどにプレゼンをしていただいた結果、最も当社グループの企業風土に合うと感じられたニュートンさんの案を採用させていただきました。

久野:私が山下さんに最初にお会いしたのは、まさにこのプロジェクトの際でした。それからグローバルBCP展開プロジェクト、その後の活動を微力ながらご支援させて頂いております。

インドの仲間たちと(向かって左端が山下様、右から2人目が久野)

山下:久野さんとも長い付き合いになりましたね。
コンサル会社に依頼するにあたって、まずはどの範囲を対象とするかを選定する必要がありました。豊田通商グループは約1,000社ありますから、グローバルBCPを展開するにも優先順位を決めて取り組まなくてはなりません。そのため、サプライチェーンを止めるリスクが高いこと、社会的責任が大きいこと、代替がきかないサービスであることの3つを基準として設定し、いずれかにあてはまる会社をBCP策定の対象とすることにしました。さらに、優先順位を高・中・低で判定し、高~中のところから進めることにしました。

当時BCP策定の対象となったのは、国内60社、海外100社くらいです。はじめは2年という計画でしたが、結果的には3年ほどかかりましたね。空欄のフォーマットとマニュアルを渡して「作ってください」とお願いするだけでは定着するBCPは作れません。当社ならではの「現地・現物・現実」の精神を発揮して、我々も現場に足を運んで自分たちの目で状況を確認し、現地の仲間たちと一緒に考えていきました。

久野:豊田通商様のBCP構築で特徴的だったのは、運用に入る前、策定の段階から積極的に現場を巻き込んでいったことでした。現場の社員と一緒に作ったことが、BCPの定着につながったと思います。こうした活動を進める中では、拠点や地域による温度差もありましたよね。

山下:このプロジェクトは社長の号令のもと一丸となって進められたので、国内では役員をはじめ社内のモチベーションも高く、スムーズに進められました。ただ、リスクマネジメントについては国によって温度差がありますね。海外のBCP策定は自然災害が多く自動車生産台数が多い中国やタイ、インドネシアなどから進めていきましたが、そうした地域と比べると、ヨーロッパなどはそれほど危機感が強くないんです。

現地の仲間と楽しむ演習が、BCPの形骸化を防ぐ鍵

フィリピンの演習にて

―3年がかりで策定したグローバルBCPの、その後の運用や形骸化を防ぐ取り組みについてお聞かせください。

山下:BCP策定がひととおり完了すると、組織名もBCP推進室から減災BCM推進室に変更し、BCM活動に軸足を移しました。形骸化を防ぐための取り組みの一つとして、一年に一度、各拠点にて現場でセルフチェックをしてもらっています。フォーマットには担当者の名前を書く欄があり、これは各社の担当者が変更になった場合に引継ぎを促すためにも役立ちます。

それから、何より重要なのが年に一度実施している演習です。BCP策定当時で国内外合わせて約160、現在では200以上の拠点にBCPを展開していますが、我々ができるだけ直接足を運んで演習を行ってきました。我々が回れない場合は現地に任せることもありますが、我々が行って演習をすると非常に盛り上がるんですよ。

久野:以前、タイの策定や演習に同行させていただいた際に、現地の担当者の方が15もの拠点を効率よく回れるようコーディネートしてくださっていたのが印象的でした。現地の皆さんも、毎回かなり高いモチベーションで臨まれていますね。

山下:演習後のアンケートでも、「自分たちの事業について考えさせられた」「強みや弱みを再認識できた」といった前向きな感想が多いんです。「もっと多くのスタッフに受けさせたい」という声も聞きます。拠点によって幹部だけが参加するところもあれば若手を含め40人ほどが参加するところもありますが、この年一回の演習によりBCPを根付かせることができていると思います。

名古屋本社での海外BCM担当者研修の様子

久野:BCP策定から10年近く経過し、各拠点の社長や拠点長が代わることもありましたが、ここまで活動を維持改善し続けてこられた秘訣は何でしょうか。

山下:楽しく活動すること、それが一番ですね。活動が形骸化したり、やらされ感が出たりというのは、面白くないからだと思うんです。そして、参加者を楽しませるためには、まずファシリテータ側が全力で楽しんで取り組まなくてはなりません。例えば、演習で海外拠点を訪れる際には私は必ず「ミルキー」を持って行っていたのですが、評判がいいです。現地社員は、「ミルキーの人が来る!」と演習を楽しみにしてくれています。

現地の社員とのコミュニケーションを楽しみながらメリハリをつけて取り組むことで、集中力が高まり一体感が生まれます。それにより現地とのつながりが維持され、BCMの継続改善につながっていると思います。

世界中の危機事象に対応できる、迅速な初動体制

ポーランドの仲間たちと

―東日本大震災後も、国内外で多くの自然災害や事故などの危機的事象がありました。どのようなBCPや危機管理で乗り越えてこられたのかお聞かせください。

山下:近年の初動対応をめぐる取り組みの一環として、会社にとってよくない事象が生じた場合、迅速に私のところに第一報が入る体制を作りました。以前は事象の内容によって部署が分かれていたのですが、今は労働災害などの例外を除き、自然災害からテロ、ITセキュリティに至るまで、大半の危機的事象は私に報告される体制になっています。例えば某国の事務所で起きたPC窃盗事件のようなものまで、世界中の災害や事件・事故がだいたい24時間以内に私に伝わります。

久野:対応は各部署に振り分けるとしても、第一報の連絡先を一元化することで分かりやすくなり、スピード感が高まりますね。BCPを発動するような事態が生じた場合は、どのような流れで対応されていますか。

山下:基本的に、BCPを発動するかどうかの判断は現地に委ねています。現地から支援要請を受けた場合は対策本部を立ち上げますが、そうしたケースは多くありません。近年、海外で起きた事象で対策本部を立ち上げたのは、2015年に中国天津で起きた爆発事故の時だけです。

―具体的な危機対応のエピソードで印象に残っているものをお聞かせください。

山下:中国天津の爆発事故が起きたのは、ちょうど現地が夏休みのときでした。事故の一報が入り、日本に一時帰国していた駐在員には天津に戻るよう指示が出され、対策本部による天津・北京・東京・名古屋の4拠点をつないだテレビ会議が実施されました。テレビ会議はその後毎日行い連携を密にとってきましたが、その間も現地がスピーディーな対応をしてくれたのが印象的でしたね。

爆発は現地時間で夜中に起きたのですが、翌日には社員の安否確認結果、翌々日には写真付きの建物の被害状況報告が日本語で送られてきました。現地に日本人がいない状況でも迅速に安否確認を行い、人的被害、物的被害の報告を出してくれたおかげで、その後の対策がスムーズにできたと思います。

久野:各拠点で、迅速に初動対応できる状態が整っているのですね。国内だけでなく、海外のどこで災害や事故が起こっても同様の対応ができるのはすごいことだと思います。

山下:2015年当時はテレビ会議でつないでいたので色々と制約があったのですが、今はWeb会議システムの発展のおかげで、スマホ一つあれば世界中のどことでも情報連携が可能になりました。密で迅速な情報共有ができるようになり、さらにスピード感が増していますね。

コロナ禍の今、「次の10年」のために

―新型コロナウイルスへの対応やコロナ禍でのリスク管理についてお聞かせください。

山下:新型コロナウイルスの流行にあたりBCPは発動していませんが、4月に緊急事態宣言が出されて5月に解除されるまでは、原則在宅勤務にしていました。それ以降も、出社率は最大50%にとどめるよう出社を制限しています。

また、豊田通商グループでは安否確認サービスを利用して、国内約1万8,000人の社員の出社状況と健康状況を確認しています。出社か在宅勤務か、体温や体調に異常がないかという報告が毎日昼頃には集計され、出社率については関係者に一覧表がメールされます。また、健康状態に異常があると報告した社員には、産業医が個別でフォローしています。

久野:在宅勤務への切り替えといい、滞りなく対応ができたのは、日頃からリモート対応などの準備ができていたのでしょう。新型コロナについて、海外との連携はどのようにされていますか。また、コロナ禍で海外のサプライチェーンが打撃を受けることはなかったでしょうか。

山下:全社対策本部を立ち上げており、月に一度グローバルでWeb会議を行っています。日本、中国、シンガポール、インド、ベルギー、ロンドン、パリ、ニューヨーク、メキシコ、ブラジルなど、10拠点以上の役員クラスのメンバーで適時情報共有と意志決定を行っています。

インドの物流拠点メンバーとのBCP策定

サプライチェーンへの影響については、当初は大いに懸念していました。納期遅れが発生してお客様のラインを止めてしまうことがあってはならないと、対策本部でも感染拡大防止とサプライチェーンを止めないことの二つを課題として掲げていたのです。しかし、緊急事態宣言が解除される頃にはサプライチェーンは問題ないことが分かってきたため、国内外の感染防止対策に重点を置いた対応を進めるようになりました。

―現在、注力している取り組みとは。

山下:コロナ禍ということで、やはりリモートでできるものはなるべくリモートで行うなど、環境に応じた対応ができるようにしています。

久野:国内外での演習も、今年はオンラインで実施されたそうですね。

山下:はい。国内での初動訓練を初めてオンラインで行ったほか、海外のBCM活動もオンラインで行っています。先日は、タイの演習をオンラインで行いました。対面のようにはコミュニケーションがスムーズにいかない部分もありましたが、無事に終了できました。オンラインの場合、時間には余裕を持つこと、内容はなるべく簡単にすることがポイントだと感じています。

新型コロナが落ち着いても、時代の流れとして今後はオンラインでの対応が増えていくでしょう。緊急かつ重要でない海外出張などが減ることはよいことですが、顔を見せることが大事なこともあるので、ケースバイケースで進めていきたいですね。

―今後の活動方針や、目指す姿についてお聞かせください。

久野:豊田通商様の場合は総合商社という業種柄、従業員数が多いだけでなく拠点が世界中に広がっています。このような規模で、ここまで高いレベルのBCMをグループ全体で継続している企業は世界的にも多くはないです。特に、一社ずつ現地の拠点を回って定着化を図るという活動は、なかなかできることではありません。

実は、一定期間で集中して行うBCP策定よりも、その後の長期にわたるBCMの定着の方が難しいものです。すでに高い水準のBCMを維持している貴社は、どのようにして今後もそれを継続していくかが課題といえるのではないでしょうか。

ベトナムの仲間たちと

山下:そうですね。10年続いてきたものを、さらに10年続ける。これはそう簡単なことではありません。時が流れ環境も人も変わる中、変化を取り込みながら事業継続力を高め続けていく必要があります。

どんなに経験を重ねても、やはり新たな脅威はやってくるでしょう。グループ会社が世界に広がる当社は、毎年のように様々な形の危機に遭遇します。これらの経験に学び、得られた知識を集約・共有することで、さらなるBCMの維持改善につなげていきたいですね。

 

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