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リスクコミュニケーション

掲載:2011年06月22日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

用語集

「リスクコミュニケーション」については、様々な組織において画一的な定義付けが試みられています。

         

リスクコミュニケーションの定義

適切なリスクコミュニケーションが強く求められる世界保健機構(WHO)やアメリカの原子力規制委員会(NRC)では、次のように定義しています。

【WHOの定義】
「リスクコミュニケーションとは、リスク評価者、リスク管理者、および利害関係者との間での、リスクの意見・情報交換を行う相互プロセスのことである」

【NRCの定義】
「リスクコミュニケーションとは、健康、安全、セキュリティまたは環境のいずれかに関わる懸念事項について会話または書面という形で相互の対話を行うプロセスである」

こうした定義に共通するキーワードを使って、簡単な言葉にまとめれば

「リスクについての利害関係者との情報共有活動」

と定義することができます。

企業に必要不可欠なリスクコミュニケーション

組織が継続的活動を行っていく上で、“コミュニケーション”というものがいかに重要であるかは、誰もが理解するところです。ではなぜ、同じコミュニケーションの中でも、“リスク”に的を絞った「リスクコミュニケーション」という言葉が生まれた(もしくは、必要とされた)のでしょうか? それは“リスクに関する情報共有”を実現することの難しさにあります。

そもそもリスク=マイナスイメージであり、そのような話題を積極的に共有したくないというのが人間(または企業)心理です。しかも、このマイナスの話題を共有する相手が、利害を(あるいは価値観を)異にする個人・組織であることが一般的です。そういった個人・組織と意思疎通を図ることは容易なことではありません。さらに、企業が抱える(または周囲にもたらす)リスクは、専門家でなければ分からない技術的な側面を含むことが少なくありません。企業がそうしたリスクを、専門家ではない人達と共有するには、わかりやすい言葉に置き換えて正確に伝える必要があります。

たとえば今ここに、とある地域でのガス採掘施設建設プロジェクトを進めている企業があるとします。利潤最大化を常とする企業は、“金のなる木”とも言える施設の建設を早急に終えたいところです。

当然のことながら、そこには発生可能性の低いものから高いもの(例:ガス爆発など)まで、様々なリスクが存在しますが、企業は経済的な効果を考えれば無視できるリスクだと考えがちです。しかし、地域住民からすれば地元に落ちてくるお金の大きさも大事ですが、それ以上に住環境や人命が何よりも大事です。企業側はプロジェクト担当者が、地域住民に施設の安全性を言葉で強調するだけで十分と考える一方で、地域住民は、実際に導入される防災技術や、過去の似たような施設で起きた事故発生件数・内容などの開示がなければ不十分と考えるかもしれません。さらに、そういった情報をトップマネジメントの口から直接聞かないと納得しないかもしれません。また、たとえトップが説明を行ったとしても、専門用語だらけの難しい説明を繰り返せば「ごまかそうとしている」と、住民の感情を害する可能性があります。こうした企業側の不適切な対応が地域住民の不信感を募らせ、結果、取り返しのつかない関係になる、ということは十分に考えられます。

このように企業にとって軽視できないインパクトをもたらすものでありながら、その実施は決して容易ではない、というものがリスクコミュニケーションです。であるからこそ、企業においてしっかりとした取り組みが要求されるもの、ということができます。

BCPにおけるリスクコミュニケーション

前出のとおり、リスクコミュニケーションは「リスクについての利害関係者との情報共有活動」と定義されます。“BCPにおけるリスクコミュニケ-ション”を理解するためには、この定義に示される3つのキーワード・・・「リスク」「利害関係者」「情報共有活動」を、より具体化して考える必要があります。

BCPにおける「リスク」とは、BCPの目的(「人命保護」と「事業継続」)・・・の裏返しと考えることができます。すなわち、人命を喪失してしまうような事態や、事業を必要以上に中断させてしまうような事態のことを指します。

「利害関係者」は企業によって異なりますが、一般的には「顧客」「地域住民」」「従業員」「投資家」「取引先」「規制当局」などを挙げることができます。

また「情報共有活動」ですがBCPでは大きく「平時における情報共有活動」と、「非常時(被災時)における情報共有活動」の2つに分けて考えることができます。「平時における情報共有活動」とは、たとえば、事業を中断させるリスク(例:仕入先の倒産や地震など)について、株主総会や有価証券報告書という形で投資家に情報開示を行うという形があるかもしれません。また、建物の耐震性について従業員に入社時に周知する必要があるかもしれません。「非常時における情報共有活動」とは、たとえば、工場が被災して暫くの間、製品出荷ができなくなったことをホームページや電話を通じて、取引先や顧客へ情報発信をしなければいけないかもしれません。社会的影響の大きいインフラ事業者であれば、すぐに総務省や経済産業省に、報告に走りに行かなければいけないかもしれません。新型インフル感染者が社内に出たことを、来客者に張り紙を使って、事前に警告する必要があるかもしれません。

このように事業に関わる「リスク」「利害関係者」「情報共有活動」を明らかにさせた上で、その実現、すなわち5W1Hを決めること・・・これが、BCPにおけるリスクコミュニケーションに他なりません。

BCP/BCMの規格・ガイドラインが求めるリスクコミュニケーション

今日、BCP/BCMの規格やガイドラインは数多く存在しますが、「リスクについての情報共有活動」をどのような用語で呼ぶかは、必ずしも一致していません。中には、単にコミュニケーションと呼ぶ場合や、クライシスコミュニケーションと呼ぶ場合もあります。

アメリカのBCM規格であるNFPA1600や国際規格になる予定のISO/DIS22301では、リスクコミュニケーションのことを、“クライシスコミュニケーション”と表現しています。

【NFPA1600:2007より】
5.15 クライシスコミュニケーションとパブリックインフォメーション
5.15.1 組織は、インシデント発生前・発生中・発生後の情報の公開要求に対して、どのように周知・対応するか、その手続きを確立しなければならない。また、その手続きには、社内外(メディアなどを含む)に対して、どのように情報提供や問い合わせ対応を行うかを含めなければならない。

また、現在、世界で最も利用されているBS25999では、“インシデントコミュニケーション”と呼んでいます。

【BS25999-2:2007より】
4.3.3.3 事業継続計画には、次のものを含めなければならない。
(中略)
l) 以下のものを含めたインシデント発生時のメディア対応方法詳細
1) インシデントコミュニケーション戦略
2) メディア担当窓口
3) メディアへ出す声明の文例やガイドライン
4) 適切なスポークスマン

さらに、内閣府の事業継続ガイドライン(第二版)では、平時から関係者同士が情報を共有することをリスクコミュニケーション、事後の情報共有をクライシスコミュニケーション、と定義した上で次のように触れています。

【事業継続ガイドライン(第二版)】
2.2.5.3 対外的な情報発信および情報共有
災害発生後は、取引先、消費者、従業員、株主、市民、自治体などと情報を共有することが重要である。企業活動が関係者から見えなくなる、何をしているのか全然分からないといった、いわゆるブラックアウトを防ぐための対策を講じる必要がある。そのためにも、関係者との事前の協議が重要となる。

まとめますと、このように規格・ガイドラインによって用語の使われ方は異なりますが、いずれにおいても、リスクに関わるコミュニケーションの必要性を訴えているという点では共通しています。すなわち、リスクコミュニケーションは、事業継続計画(BCP)にとって決して欠かすことのできないプロセスの1つ、ということができるでしょう。
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