
今回は、2024年8月6日に公開されたDTS社の企業調査報告書(公開版)の内容について触れたいと思います。日本ではありえないような増収賄リスクが顕在化した事例ですが、グループガバナンスと言う観点で、他山の石になりますので、参考になりそうな部分を解説していきたいと思います。
この企業調査報告書はDTS社の海外子会社X社(Y国※に所在)で発覚した不正の調査結果をまとめたものです。なお、X社は金融機関向けSI事業を手がけています。
※公開版の報告書では、所在する国名や会社名はマスキングされているため、こちらでもアルファベット表記としています。
なお、読者に前知識として持っておいてもらいたいことをいくつかご紹介しておきます。まずDTS社ではよくあるリスクガバナンス体制が設けられていました。リスクマネジメント委員会もサスティナビリティ委員会もありましたし、コンプライアンス規程なども整備されていました。また監査室は、DTS社の各部門、国内グループ会社及び海外グループ会社の全てに対して毎年1回監査を実施していました。海外子会社に対しても、直近5年間では、X社を含む海外子会社6社に対して現地往査やリモート監査により、重点監査項目の監査に加え、チェックリスト方式の自主点検を監査室が評価する方法での内部監査を毎年実施していました。問題となった子会社X社にもガバナンス体制はあり、監査委員会が設けられていました。定期的に内部監査、外部監査等も実施されていました。ただ一方で、X社にはコンプライアンスを主管する特定の部署が設置されておらず、法務やコンプライアンスはCFOの職責とされていました。
そのような状況下で、X社ではDTS社の子会社になる以前の2011年頃から贈賄の不正が行われてきました。からくりはこうです。X社は、顧客である銀行の案件を受注した後、架空の技術支援などを口実とした業務委託契約を仲介業者と締結し、この仲介業者を利用して、銀行関係者に賄賂を支払っていました。具体的には、この仲介業者に業務委託料を払った後、その一部をX社財務担当者が再び回収し、取引業者(銀行)への不正な支払いの原資に当てていたのです。ときには、X社の社員の旅費として前払いされた資金を原資にしていたケースも見つかりました。
さて、なぜ、長年にわたってこうした不正が発覚しなかったのでしょうか? それには次の3つの直接的要因があります。
買収時のデューデリジェンス(DD)が甘かったこと
不正は少なくとも2011年から行われていた形跡が見つかっています。DTS社がX社を子会社化したのはその何年も後です。一般的に買収する際には、デューデリジェンス(DD:企業買収前の事前調査)を行いますが、当時のDTS社の規模からすると出資規模 が小さいこと(2023年3月期におけるDTS社の連結売上高に占めるX社の売上高の割合は約1%にとどまることからも、どれだけ小さかったかが伺えます)等を踏まえて限定的なDDが実施されたようです。贈収賄リスクを認識・評価するためのDDは実施されておらず、DD以外の契約上の対応などを含め、贈収賄リスクについて特段の検討は行われませんでした。しかしながら、Y国は贈収賄リスクが比較的高い国であるとともに、汚職防止法が存在しており、コンプライアンスリスクは高かったことが容易に想像できます。
X社のCEOが贈収賄に関わっていたこと
X社では不適切な支払いの承認申請や情報共有が業務執行取締役やCFO、CEO等に行われ、承認されていたといいます。このような状況にもかかわらず、(DTS社の子会社化後は)業務執行取締役が委員長を、CEOが委員をそれぞれ務める形となっており、顧客関係者に対する不適切な支払いを承認してきた経営者自身が業務執行の自己監査を行う体制となっていたことになります。不正を図っている本人が監視しているわけですから機能するはずもありません。
こういう時のための防壁、取締役のリスク感度が低かったこと
DTS社がX社を子会社化した際にX社の非常勤取締役に2名が就任しました。現地に全取締役が参集した際に、非公式な場ではあるものの、不適切な支払いに関する話題が出たことが確認されています。その際、同取締役のうち1人は、「そういう取引は認められない。もうやめろ」と明言したものの、その後のフォローを一切行わなかったそうです。またもう1名についても、「既にその顧客との間に契約があって、ある程度コミットしていることから取引を切ることができず、顧客への説明もあるので継続することでやむを得ないという結論になった」ということ、それを親会社であるDTS社に報告しなかったこと等を認めています。つまり、2名の非常勤取締役は、不適切な支払いの継続については基本的に反対する姿勢を示す一方、既存の案件については契約や顧客対応への影響を勘案して徐々に解消する方向でX社に善処を求める曖昧な対応を行ったことが伺えます。
報告書でも述べられているように、そもそもY国の贈収賄リスクが高い事は十分に認識可能でした。それを考えれば、DTS社は、X社を子会社化する際のタイミングで適切なガバナンス構築を行うことで、厳格なメスを入れるチャンスがあったはずです。具体的には、DDの段階で贈収賄リスクの認識評価ができたはずですし、子会社化後も、当該リスクを念頭においた上で、DTS社や、X社取締役、X社の経営者との間で贈収賄リスクの協議や、監査役や取締役による関係者インタビューもできたはずです。
そう考えますと、子会社化する際のリスクアセスメントは重要ですし、その子会社を監視・監督する取締役のアサインメントがいかに重要であるかがわかります。適切なリスク感度を持った人物を起用しないと、ガバナンスが機能不全に陥る事は、この事例でよくおわかりいただけたかと思います。本件に関して言えば、これが贈収賄リスクの高い国でなかったとしても、贈収賄の可能性に対して曖昧な対応を行うというのは取締役としての資質が大いに疑われるところです。言い換えれば、そのようなアサインメントをした親会社に責任があることを否定することはできないでしょう。もちろんこういう話をすると、売り上げ規模わずか1%に満たない企業のリスクマネジメントまでしている余裕は無いと言う主張をされる方もいるでしょう。そうであるならば、そういう買収は避けるべきですし、そうでないなら、子会社の統廃合などをしてでも管理ができる体制に変えていく必要があります。
ここまでの不正は、日本の常識からすると信じられないことでしょうが、海外に出ると十分にあり得ることです。グループガバナンスがよく話題に上りますが、ただなんとなく仕組みを作るのではなく、こうした事例をしっかりと勉強しつつ、自分たちのグループ全体にガバナンスが働くよう、体制を構築することが肝要です。