最もコスパのいいリスクマネジメントとは?それは「気づけていないリスク」を探すことではありません
「まだ気づけていないリスクに、いかに気づくかが重要だ」。リスクマネジメントというと、そう言われることが多いように思います。もちろん、それはとても大切な視点です。
ただ、現場を見ていると、その前段階として、すでに顕在化したリスクやインシデントから、本当に学び尽くしているのかと感じる場面も少なくありません。 言い換えれば「まだ気づけていないリスク」の前に、すでに気づいているリスクを十分に活かしきれているのか、という問いです。
実際には形だけの分析にとどまり、再発防止につながる学びが十分に引き出されていないケースもあるものです。そこで今回は、あえて私自身の失敗談を題材にしながら、インシデント管理および再発防止の勘どころを一緒に考えてみたいと思います。
なぜなぜ分析のよくある失敗例
以前、私は出張先の大阪から新横浜へ戻る新幹線の中で、お土産にと買った肉まんを荷物棚に置き忘れるという、小さな事故を起こしました。
この事故について、“悪い”なぜなぜ分析を、よくある失敗例としてあえて実演してみます。
- 第1のなぜ:なぜ置き忘れたのか?
- → 自分の体や目線から遠い、普段は使わない荷物棚に置いてしまった。
- 第2のなぜ:なぜ普段使わない荷物棚に置いたのか?
- → 手荷物が多く足元に置くのが邪魔だった。
- 第3のなぜ:なぜ手荷物が多かったのか?
- → 久しぶりの泊まり出張で荷物が多く、お土産を多めに買ったがバッグに入りきらなかった。
- 第4のなぜ:なぜお土産が入らなかったのか?
- → そもそも大きいバッグを持っていなかったし、お土産をそこまで大量に買う想像もしていなかった。
- 第5のなぜ:なぜ大きいバッグを持っていなかったのか?
- → 旅行頻度も高くなく、コスパを考えると買っていなかった。
- 結論:根本原因は「大きいバッグを事前に買っていなかった」
肉まん事故の再発防止策が大きいバッグを買うというのは、なんだか重たい話になってしまいましたね。一見すると「きれいに5回掘り下げている」ように見えます。しかし実は、これこそが現場で非常によく見かける“典型的なうまくいかない原因分析”の一例なのです。
どこが問題なのか?
この分析の最大の問題は、原因を1本のチェーンに無理にまとめてしまっているという点です。本来は複数の因子があるにもかかわらず、それらを一列に並べてしまうことで、あたかも根本原因が1つであるかのように見えてしまいます。
今回のケースであれば、少なくとも次の3つに分けて考えることができます。
- 認知・注意の問題(普段使わない場所への意識の向きにくさ)
- 物理的な問題(荷物が多い)
- 計画の問題(バッグの選択)
先の悪い分析例では、対策が単純化され、必ずしも現実的とは言えないものになってしまいました。これでは本質的な改善にはつながりません。
これは多くの企業でも同じで、「5回掘り下げた」という形式が満たされた瞬間に、問題の真因にたどり着いていないにも関わらず、なぜか「原因を特定した手ごたえ」を得てしまうのです。
肉まん事故の、もう少し実務的な再発防止策
では、先に挙げた3つの観点で改めて原因分析をすると、次のようになります。
- 【チェーンA:認知・注意の要因】
-
- 荷物棚は視界に入りにくく、降車前に意識が向かなかった
- 普段使わないため、「確認」が習慣化されていなかった
- 準備から降車までが短く、思考の余裕がなかった
- 【チェーンB:物理的な要因】
-
- 荷物が多く、足元に置けなかった
- 出張とお土産で、荷物量が想定以上に増えていた
- 【チェーンC:計画の要因】
-
- バッグの容量が不足していた
- 出張準備時に荷物増加を想定できていなかった
このように原因は1つではなく、複合的であるのが普通です。
そして再発防止策も、
- 手に赤ペンでメモするなど、普段と違うことをした瞬間に意識が自然に引っかかる工夫
- 降車10分前から降りる準備を始める
- 慎重な手荷物シミュレーション
- バッグ選択の改善
といった形で、複数の選択肢に分解されます。その中から、現実的で効果がありそうなものを選んでいくことが重要になります。
コスパがいいのは「認識済みのリスク」を活かすこと
いかがでしたでしょうか。インシデント管理や再発防止の質が変わると、組織の学習速度は一気に上がります。ひとつの失敗から、どこまで学び尽くせるか。これが、強い組織とそうでない組織の大きな差になります。
不確実性の高い時代だからこそ、未知のリスクを追いかける前に、自分たちがすでに経験した事故やインシデントから、徹底的に学び尽くせているのか――。いま一度見つめ直してみてはいかがでしょうか。
