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コラム

想定外を乗り越えたBCPの軌跡~オイルプラントナトリ

2011年05月26日

プリンシパルコンサルタント

内海 良

プリンシパルコンサルタント 内海 良

東日本大震災以降、当社はリスクマネジメントのプロフェッショナルとして、BCPに関して多くの取材お問い合わせを頂戴しております。

その中で必ず頂く質問が「想定外の危機に対しBCPが動かなかったのはなぜか」です。今や「想定外」という言葉はBCPが機能しなかったことの免罪符のように使われています。しかし、本当に今回の震災でBCPは動かなかったのでしょうか。そもそもBCPとは想定したことでしか機能しないのでしょうか。

この問いの答えを持つ企業がいます。
オイルプラントナトリ。

我々がこの企業を知ったのは、東北最大手の新聞社である河北新報社から取材を受けたことがきっかけでした。実際に被災しBCPを発動し、事業を継続した企業がある。この話を訊いた我々は、ぜひ直接話を聞きたいという強い思いから取材を申し込み、ご快諾頂き、今回取材させて頂くに至りました。オイルプラントナトリ様(以下、敬称略)が如何にしてこの未曾有の震災を乗り切ったのか、このレポートで解き明かしたいと思います。

<被災した中、対策会議を開くスタッフ> 201602291751_1.jpg
<被害を受けた工場の外壁に掲げられた復旧の文字> 201602291751_2.jpg
<復旧に向け、工場の清掃に取りかかるスタッフ> 201602291751_3.jpg

壊滅的な被害のなか翌週には一部事業を復旧

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仙台空港の北西約2キロに位置するオイルプラントナトリは、廃油などの使用済廃液をリサイクル処理し、クリーンな再生燃料として販売するサービスを提供しています。今回の震災で甚大な被害を受けた地域に位置しており、2つある工場はどちらも津波に飲み込まれ、事業の生命線とも言える機材は海水に浸り、貯蔵タンクやドラム缶は数キロ先まで流される壊滅的な被害を受けました。

このような現実のなか、彼らは翌週には事業を一部復旧・再開しています。
この復旧・再開にオイルプラントナトリの星野常務は「今年1月に正式リリースしたBCPが役立った」と力強く語ってくれました。

オイルプラントナトリのBCPとは

<被害を受けた工場の外壁に掲げられた復旧の文字>

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オイルプラントナトリがBCPを正式に上梓したのは2011年1月29日。その内容は次のようなものでした。

<目的>

1.事業の継続・早期復旧に努める
2.従業員を守る
3.地域の活力を守る

<被災想定>

宮城県沖地震 / 第1工場、もしくは第2工場の被災

<事業継続手段>

被災を免れたもう一つの工場による事業継続

<中核事業と目標復旧時間>

中核事業 事業内容 目標復旧時間
油水加工(再生処理の一部) 廃酸、廃アルカリ、廃油などの加工とセメント工場での有効活用 3日
RB精製(再生処理の一部) 原材料からの再生重油の精製と販売 30日


<中核事業のプロセス>

油水加工およびRB精製ともに大きく同様の3ステップ。① 原料の調達(廃油など使用済廃液の回収)
② 加工 (再生処理)
③ 製品搬送 (販売)
その他、BCP発動時の社内の役割と責任の明確化、避難計画、緊急時連絡先リストなどを整理し、建設業や物流に関する関係業者との連携体制も常日頃から行い、関係業者とは協定を結ぶ直前だったと言います。

まったく想定していなかった津波の被害

<壁に貼られた過去に発生した地震の記事>

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前述したとおり、オイルプラントナトリの被災想定は地震でした。もともと仙台は地震が多い地域で、マグニチュード7クラスの宮城県沖地震が30年以内に99%の確率で発生すると言われていた土地です。今回お話をお伺いした星野常務も「宮城県沖地震の発生確率は知っていた。ちょうど全社員に対し、地震への関心を高めるアクションを取り始めていたところだった」ということで、壁に貼り出した過去に発生した地震の記事を見せてくれました。

これは常務が「今年の夏頃に大きな地震がくるのでは」という直感から、平成17年8月、平成20年6月に発生した震度6の地震に関する記事を貼り、社員の危機意識を高める活動の一環として実施したものでした。

「しかし地震のあとの津波はまったくの想定外だった」と星野常務は言います。「当社の工場は、宮城県が発表していた被災想定では、津波は全く届かないエリアだった」ということで、想定外の津波が発生した状況を語ってくれました。

実際の被災から復旧までの対応とは

3月11日14時46分、地震が発生したそのとき、常務は工場事務所にいました。揺れが収まった後、すぐにBCPに則って情報収集を開始します。ところがここで第一の想定外が発生します。停電が発生し、情報収集ツールのテレビが利用できません。そこで工場に設置していた自家発電機を稼働しテレビをつけます。ここまで地震が発生してから数十分。すると大津波警報を知らせる情報がしきりに繰り返し放送されていました。県の被災想定では津波が来るエリアではない。しかしすぐさま事務所、第1工場、第2工場全社員を近くにある大型スーパーへ避難させることを決断します。

その数十分後、両工場とも被災。

避難した社員はしばらくその場所に留まるしかできず、地震発生時に外出していた社員の安否も電話が不通のためわからない状態が続きました。ようやく社員全員無事とわかり、がれきの山と浸水により工場地域へ立ち入る事ができず日に何度も足を運び、やっと工場へ入れる状態になったのは、週が明けた13日の朝でした。

現場をみて星野常務は愕然とします。高さ数メートルの貯蔵タンクは津波にさらわれて消えており、二次被災の可能性があるドラム缶類はほぼすべてが流され、工場の機器は海水に浸りとても使える状態ではありませんでした。

「とても目標時間内に復旧できる状態じゃない」と星野常務は思ったと言います。
<流された貯蔵タンク> 
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<1階の外壁は流され吹きさらし状態に> 
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<工場の内部では天井も落下> 
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「それでもBCPで中核業務を決めていた事が役に立った。復旧するもの、しないものを事前に決めていたことで目標が明確となり、そこに向かって社員一丸となって復旧へのアクションを取ることができた」
すぐに事務機能を内陸部の研修施設に移し、対策本部を立ち上げました。事務機能の研修施設への移設はBCPのシナリオとは異なるものも、BCPの一部を利用した柔軟な判断でした。
しかしその後も想定外は続きます。ガソリンがなく社員は通勤できない状態。すぐに中古車を2台購入し、社員を迎えにいくなどの対応を取ります。しかし事業を復旧するにもトラックを動かす軽油がありません。 その時手を差し伸べてくれたのが、協力体制を築こうとしていた県外の同業他社でした。軽油をトラックに積み、現地まで運んできてくれたのです。
軽油が手に入った事で、オイルプラントナトリはすぐに二次被災の防止策に取りかかります。取扱いを間違えれば火災が起きるの可能性がある数キロにわたり散乱するタンクやドラム缶の回収作業にあたりました。
<流されたドラム缶を回収するスタッフ>
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 その後、業務復旧へのアクションを開始します。しかしBCPの想定は二つある工場の一方が被災したというシナリオ。事務所と二つの工場がすべて壊滅的な状況でどのような対策をとるか。そこでオイルプラントナトリのとった対応はBCPの一部を活用する手法でした。
① 原料調達(回収)  → 軽油が手に入ったことで自社で実施
② 加工 (再生処理)  → 県外の同業他社へ依頼
③ 製品搬送 (販売)  → 県外で加工したものを自社の取引先へ納入
本来のBCPのシナリオとは違うものの、BCPの利用可能な部分は利用し、不足している部分は状況に応じて決断する。BCPと利用者の決断力が想定外を乗り越えた瞬間でした。

実際の被災から復旧までの対応とは

「競合他社がわざわざガソリンを県外から届けてくれたのは、常日頃から意図的に協力体制を築くために努力してきた賜物だ」と星野常務は言います。

「常日頃から協力体制を築く為に、この競合他社には敢えて自社で対応可能な業務も一部委託していたのです。我が社は廃油リサイクルのワンストップサービスを掲げていますから、自社でも全行程、対応可能なのです。 ただ日頃から他社に発注していれば、自社が被災したときにその企業は手を差し伸べてくれるはず。それを見越して動いていたことが功を奏しました」を星野常務は言います。まさに会社のモットーである次流臭技(※)を実践した結果であるとも言えます。

結局、中核業務である油水加工業務を11日後、RB精製に至っては8日後に再開することに成功しました。

行政からの依頼や他社への手助けにも奔走

オイルプラントナトリは行政からの依頼にも対応しました。オイルを積んだ大型船やガソリンスタンドからのオイル回収依頼が来たのです。スタッフは二次災害の防止に奔走します。 同時に被災した同業他社にも声をかけ、一部事業を引き受けるなど積極的に活動しました。まだまだ落ち着ける状態ではないものも「行政からも同業他社からも非常に感謝された」と常務は言います。
<被災したガソリンスタンドのオイル回収を行うスタッフ> 
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オイルプラントナトリが示すBCPが向かうべき方向性

「BCPはあくまでマニュアル。極端な話をすればマニュアルは平時にしか動かないと思っている。」と常務は言い、印象的な言葉を続けてくれました。「有事の際は、どれだけ厚い文書をつくろうが、動かないものは動かない。たとえば、ハンバーガーを100個ください、と注文する。そこでマニュアルどおり「こちらでお召し上がりですか?」と訊くだろうか。本来であれば状況に応じて「時間がかかりますが、大丈夫ですか」といった対応を取るべき。しかし誰もが有事に柔軟に対応できるとは限らない。だからこその訓練です。マニュアルをなぞるのではなく、その場で考え行動する能力を養う訓練が非常に重要になる」

この言葉は、普段から文書よりも人の対応能力を挙げる事が重要と言ってきた我々のBCPに対する考え方と合致するものでした。どれだけ立派な文書を作成しようが、BCPを使う人の対応力が低ければBCPは動かない。BCPの精度を上げることも重要だが、それ以上に人の対応力を挙げる、ここに想定外を乗り切るBCPの本質があるのではないでしょうか。

今回発生した1000年に一度といわれる災害。それでも対応力がBCPを動かすという本質は、きっと1000年後も変わらないでしょう。
<オイルプラントナトリのスローガン「次流嗅技」> 
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<星野常務(左)と弊社代表取締役の副島(右)> 
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※次流嗅技:次の流れを嗅ぎ取る技こそ重要とするオイルプラントナトリが掲げるスローガン

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