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中小企業こそ、海外リスクマネジメントの見直しを ~「中小企業のための海外リスクマネジメントガイドブック/マニュアル」の活用~

掲載:2019年05月07日

コラム

日本国内の市場の縮小や、新興国の台頭による新規マーケットの拡大、ビジネスを後押しするIT化の進展など、中小企業においても新たに海外進出をする機会は増えています。その一方で、経済産業省の調査によると、2016年は650社の現地法人が撤退を余儀なくされており、ここ数年でみても撤退数は年間600社~700社で推移しています。

また、中小企業でいえば、海外直接投資を実施したことがある企業のうち、約 1/3 が「撤退を経験したことがある」または「撤退を検討している」と回答しています(2014 年版中小企業白書)。馴染みのない海外マーケットでの事業運営が困難であることはもちろんですが、一方で、リスクに対して適切な対応ができていないことも大きな要因の一つであるといえます。

本稿では、中小企業の抱える海外リスクマネジメントにおける課題とその対応策を整理するとともに、中小企業庁がまとめた海外リスクに関する中小企業向けガイドブック/マニュアルの活用方法について解説します。

         

海外と日本のリスクマネジメントの違い

日本でも海外でも、リスクマネジメントの方法は、基本的に同じです。リスクを特定し、分析、評価を行い、対策を講じます。加えて、その後のモニタリングと改善というPDCAを回すことが基本となります。では、海外と日本では何が違うのでしょうか。

例えば、未整備のインフラや商習慣・風俗・宗教に関するトラブル、治安・政情の悪化など、日本ではリスクとしてあまり出てこない項目が海外では優先度が高くなるといった違いがあります。つまり、想定されるリスクの種類とその優先度が日本とは異なります。さらに、海外においては特に状況変化を敏感に察知し、迅速に対応することが求められます。JETROの2017年アンケート調査では、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ政権を「新たなリスクとして対応する」という回答もありました。

そのため、重要視されるのが現地拠点とのコミュニケーション、危機発生時の迅速な連絡体制、現地リソースの有効活用です。これらを普段から仕組み化しておくことがリスクマネジメント活動をうまく回す秘訣です。土台をしっかり作ること、つまり、「何のためにリスクマネジメントを行うのか」といった方針を定め、海外拠点におけるリスクマネジメントの責任者を決めるということです。

方針が明確でなければ、全社一丸となった取り組みにはなりませんし、PDCAを回す責任者がいなければ、リスクマネジメントは形骸化してしまう可能性があります。リスクマネジメントを定着させるためには、目的を共有し、現地側の責任者を決め、有事平時ともに日本側と連絡を密にとれるようにしておくことが重要なのです。なお、日本側においては、海外における問題に早急に対応できるよう、意思決定できる人材をアサインすることがポイントです。このように、基本方針を定め、海外拠点と日本本社の双方で、リスクマネジメントの役割分担を明確にすることが態勢整備の基本です。

中小企業は何をすればよいのか

ただし、中小企業においては、そもそもリスクマネジメントを専門に行っている部署が少なく、海外ともなると、管理業務の人員が兼務するなど、人的リソースが圧倒的に不足しています。また、リスクの種類が多岐に渡るため、ノウハウが追い付いていないというケースがほとんどです。加えて、日本から遠距離で対応することが難しいため、現地において責任者を決めない限り、進まないのが現状です。

では、限られた人員で具体的に何をすればよいのでしょうか。まずは、以下の2点にフォーカスしましょう。

重要リスクを選定する
すべてのリスクに対応することは難しいため、優先的に対応すべきリスクを決めます。
そのために、発生可能性と影響度の2軸で、自社にとってのリスクを見える化してみるのがよいでしょう。可視化することで、優先して対応すべきリスク(発生可能性が高く影響度が大きなリスク)は何かを比較することができます。
現地でできる部分は現地で

日本にいる担当者より、現地にいる従業員の方が明らかにその国のことに詳しいはずです。そのため、現地のリソースをうまく活用することが、以下の点で有効だといえます。

 

  • 現地従業員との良好な関係
    現地の従業員と普段からコミュニケーションを図り、労使間のトラブルなど社内で発生し得る問題を可能な限り抑えることができます
  • 旬な情報収集
    政権交代による混乱の可能性など、日本側ではオンタイムでの情報収集に限界のある内容については、現地に情報収集の責任を持たせることで日本側の労力が減り、迅速に豊富な情報が集まるようになります
     

海外拠点の実態は日本本社からは見えないことも多く、有事には、現地の報告から本社での意思決定まで時間を要することもあります。そのため、ある程度拠点側に権限を委譲し、判断できるようにしておく柔軟性が必要です。
 

ガイドブック/マニュアルの目的と意義

海外リスクに関するガイドブックやマニュアルを活用するのも良いでしょう。中小企業庁は2016年に、「中小企業のための基礎からわかる海外リスクマネジメントガイドブック」(以下、ガイドブック)、「中小企業のための海外リスクマネジメントマニュアル(詳細版)」(以下、マニュアル)、「各国別リスク事象一覧」をまとめました。専任の人員がいない、あるいはノウハウがないといった状況でも最低限のリスクマネジメントを行えるための手順、テンプレートを整備しています。具体的には、リスクマネジメントの体制と整備・運用・改善方法、海外進出企業を取り巻く21 の具体的なリスクについての対策が紹介されています。

初めて海外におけるリスクマネジメントを行う企業の場合はガイドブックが役立ちます。何から考えればよいか、ポイントが整理されているからです。一方、すでにリスクマネジメントを行っているのであれば、マニュアルを使用しましょう。自社においてどの程度までリスクマネジメントができているか、しなければいけないかがチェックリストで整理できるようになっています。

また、「各国別リスク事象一覧」には各国のリスクと大きさ、想定されるリスク事例がまとめられているので、進出予定の国におけるリスクの種類、大きさを参考にできるようになっています。
 

表)海外において想定される21のリスク
分類 # 詳細
調達リスク 1 インフラの未整備
2 現地パートナー・提携先とのトラブル
3 資金調達上の障害
生産リスク 4 技術流出・情報漏洩
5 施設・設備に関する事故・故障
6 製品・サービスの品質不良
7 環境汚染
販売リスク 8 顧客とのトラブル
9 商習慣・風俗・宗教に関するトラブル
10 取引に関する法令違反
11 贈収賄
12 知的財産に関するトラブル

バックオフィス

リスク

13 税務手続きに関するトラブル
14 従業員等による不正行為
15 人材確保の障害
16 労使間のトラブル
社会リスク 17 治安・政情の悪化
18 盗難・強盗・誘拐
19 法規制の変更・不透明な運用
自然災害・感染症リスク 20 自然災害
21 感染症・衛生

ガイドブック/マニュアルの活用方法

本ガイドブック/マニュアルは、本体だけではなく、その巻末資料であるテンプレート集もしっかり使えます。それらをフル活用すると、企業が抱えるよくある課題を解決するきっかけになるでしょう。

どこまでやればいいのかがわからない
⇒テンプレート集の「リスク評価シート」を活用する
自社のリスクマネジメントは十分なのか、他と比べてどのレベルなのか、世界のトレンドに合わせてどの程度まで対応すべきなのか頭を悩ます方が多いのではないでしょうか。その際に、リスク評価シートのチェックリストを使えば、自社の取り組みレベルと今後追加で行うべき項目が整理できるようになっています。
また、シートには最低限抑えておくべきリスクと対策が記載されているため、優先リスクと対策を選定することができます。
ただし、対策の具体的なアクションが記載されているわけではないので、どのような方法で行うかということについては、自社で検討する必要があります。
リスクマネジメントを継続して行うことが難しい
⇒テンプレート集の「危機発生時における対応事項リスト」「緊急通報先一覧」「危機報告フォーマット」を活用する
たとえ、専任がいなくとも今いる人員で海外リスクマネジメントを行うには、必要最低限の情報を管理し、定期的に見直し・改善が行えるよう習慣化することが重要です。使用頻度の低い文書をたくさん作成するよりも、テンプレートを参考に、最低限の情報の有効性の検証、定期的な更新といったPDCAを回す習慣をつけましょう。
 
自社内で検討するには情報やノウハウが不足しており限界がある
⇒マニュアル巻末資料の関係先一覧を活用する
関連機関へのコンタクト先などが、まとめられています。必要に応じて、まずはどこへ問い合わせ、情報収集すればよいか、相談先が整理できるようになっています。

最後に

中小企業では危機に対応する余力が小さいからこそ、その限られたリソースを経営に役立つリスクマネジメント活動に集中させるべきです。すでに海外に拠点をお持ちの企業はもちろん、これから海外進出を計画されている企業も、想定しているリスクが十分かどうか、まずはガイドブック/マニュアルを活用し、貴社の現状を客観的に把握しましょう。ガイドブック/マニュアルはあくまできっかけであり、すべてのリスクに対応することを目指すものではありません。最も重要なのは、無理のない範囲で自社に合った自社のためのリスクマネジメント活動を構築し、平時から役立つ活動にしていくことです。

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