中小企業強靱化法 -中小企業のBCP策定を国が強力に支援-
掲載:2019年06月10日
コラム
2019年の通常国会で「中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律」(以下、「中小企業強靱化法」と言う)が可決・成立しました。国が中小企業の事業継続計画(BCP)を認定する制度などを盛り込んだもので、中小企業の災害対応力向上が期待されます。近年、大規模な水害や地震が多発していることを踏まえ、本記事では、この法による国の具体的な支援内容のうち自然災害への対応を中心にお話しします。
「中小企業強靱化法」とは
「中小企業強靱化法」は、自然災害の頻発や経営者の高齢化といった厳しい経営環境においても中小企業が事業活動を継続できるよう、金融や税制など様々な角度から中小企業を支援するものです。
この法における事業継続には、自然災害が発生しても事業を継続するというBCPとしての側面と、高齢化社会を迎えるにあたり後継者の確保など経営の承継としての事業継続の側面があります。特に自然災害の対応については、国が中小企業のBCPを認定するというこれまでにない制度も盛り込まれています。
なお、「中小企業強靱化法」では、いわゆるBCPに相当するものを「事業継続力強化計画」と呼んでいますが、本記事ではBCPとして記します。
「中小企業強靱化法」の背景
最近では大規模な自然災害が珍しくない状況で、中小企業の事業継続を妨げる重大な被害が生じることも多くなっています。このため、中小企業の災害対応力を高めることが喫緊の課題となっており、これが法の背景にあります。
例えば、2018年は、7月の西日本豪雨をはじめ、台風19号~21号の上陸、震度7を記録した北海道胆振東部地震など、企業に大きな影響を与える災害が頻発した年でした。このような災害に対し、いまだ中小企業の備えは十分ではない状況です。実際に、河川氾濫により主要設備等が全て水没して使用不能となったケースや、電力供給の途絶及び従業員の被災により長期間の操業停止に陥ったケースなど、事業が中断する事例が多数見られました。また、保険に加入していなかったため破損した資機材の買い替え・修理に多額の費用を要したという事例も生じました。
このような状況を踏まえ、中小企業のBCP策定をより一層推進するため、政府は「中小企業強靱化法案」を国会に提出することとなったのです。
具体的な支援内容-BCP認定制度と財政的・非財政的支援
この法の最大の特徴は、BCP策定に取り組む中小企業に対して、策定したBCPを国(経済産業大臣)が認定する制度を創設することです。なお、認定する制度とは、中小企業のBCPの内容が適切であることを国が公的に認める仕組みのことです。詳細については後述します。
また、この法は複数の中小企業が共同でBCPを策定する場合も認定対象にするほか、商工会・商工会議所による中小企業支援をサポートするなど、経営資源の乏しい中小企業であっても関係企業・団体と連携してBCP策定に取り組むことができる仕組みとなっていることも特徴の一つです。
さらに、国の認定を受けると、BCPに基づく活動を実施しやすくなる財政的・非財政的な支援措置を受けられるようになります。
BCP認定制度
この法における認定制度とは、BCPに関連する支援措置を受けるために必要な資格を国が中小企業に与える制度のことです。具体的には、中小企業が国に申請し、自らのBCPが事業継続力強化を確実に遂行するために適切なものとなっているか等について審査を受け、適切であると認められる場合にはその旨の認定を受けることができます。この認定を受けた後、それぞれの支援措置を受けるための手続きを行って実際に支援を受けることになります。一連の流れをまとめると図1のようになります。
図1 BCPの認定スキーム
BCP認定企業への財政的な支援措置
認定を受けることで得られる財政的な支援措置としては、主に以下のようなものがあります。
- 税制上の優遇措置
防災・減災設備への投資に対する特別償却(20%)が適用可能(※適用期限は2020年度末)<対象設備>
機械装置(100万円以上) :自家発電機、排水ポンプ等
器具備品(30万円以上) :制震・免震ラック、衛星電話等
建物附属設備(60万円以上):止水板、防火シャッター、排煙設備等 - 金融支援
・計画に必要な設備資金等に関する日本政策金融公庫からの低利融資
・信用保険の別枠付保等 - 補助金の優先採択
・中小企業庁が所管する補助金採択に当たっての加点
BCP策定に取り組む企業への非財政的な支援措置
単体、連携のいずれの場合であっても、BCPを策定するノウハウのある中小企業ばかりではありません。意欲はあるものの具体的に何をしたらよいかわからないという中小企業でもBCP策定に着手できるよう、国は法律による措置とは別に予算による措置を講じ、表1のように(1)ワークショップの開催、(2)専門家派遣によるハンズオンでの支援を行うこととしています。
予算措置 | 支援対策 | 支援内容 | 実施時期 |
---|---|---|---|
(1)BCP策定に向けたワークショップの開催 | BCPの策定を検討している者 | ワークショップを開催し、BCPの策定方法について、専門家が講義を行い、簡易なBCPづくりのノウハウを紹介 | 2019年度夏以降(全国47都道府県で開催) |
(2)専門家によるハンズオン支援 |
BCP(又は連携計画)を策定する者 | 専門家を派遣し、BCP策定を支援(費用全額を国が負担) | 2019年度夏以降 |
出典:中小企業庁HP「中小企業・小規模事業者強靱化対策パッケージ(平成31年1月)」を基にニュートン・コンサルティング作成
とりわけ、中小企業の中でも特に経営資源が乏しい小規模事業者に対しては、より手厚い支援がなされます。商工会・商工会議所による小規模事業者の事業継続力強化の支援です。具体的には、商工会・商工会議所が市町村と共同して「事業継続力強化支援計画」を策定し、都道府県知事の認定を受ける制度が盛り込まれています(図2参照)。
ちなみに、この認定制度を利用して小規模事業者を支援する場合には、必要な経費が地方交付税措置の対象となり、商工会・商工会議所の負担が軽減されるため、これまで以上に支援の広がりが期待されます。
図 2 商工会・商工会議所の取組を促進する新たな認定スキーム
国による認定の意義
国による認定の意義は、自社に対する関係企業等からの信頼が向上することです。
国はこれまでにも中小企業のBCP策定を支援するため、ガイドラインの提示、策定ツールの提供、講習会やワークショップの実施、政策金融機関を通じた防災施設の整備に必要な資金の融資、成功事例の分析・共有などの施策を実施してきました。
これに対し今般の「中小企業強靱化法」は、中小企業が策定したBCPを国が認定するという制度を設けた点で画期的な施策であるといえます。この認定制度は、税制や金融のような直接的な支援以外にも中小企業にプラスの効果をもたらすと考えられます。すなわち、国の認定を受けることは、同法に基づく支援措置を受ける前提となるだけでなく、自社のBCPが適切な内容になっていることを国に認められたことにもなるため、サプライチェーンの関係企業等からの信頼が向上することも期待できます。
支援措置を受けるための要件と手続き
支援措置を受けるための要件である経済産業大臣からの認定は、図3の吹き出しにある内容をBCPに盛り込むことによって受けることができます。認定を受けた上で、希望する支援措置を受けるためにそれぞれ定められた手続を経る(図3の(4))必要があります。
図3 BCPの中に定めるべき事項と手続きの流れ
新制度利用への期待
「中小企業強靱化法」は、中小企業がBCPを策定・運用する上での課題を解決してくれる有意義な制度といえます。制度の運用は2019年中の開始が見込まれていますが、大規模な自然災害が頻発している状況を踏まえると、速やかに運用が開始され、中小企業が積極的にこの制度を活用することによって、大きな負担を背負うことなく自然災害に強くなることが期待されます。