データ流通に求められるData Free Flow with Trustとは
掲載:2019年09月02日
コラム
Data Free Flow with Trust(以下、DFFT)とは、2019年1月にスイス・ジュネーブで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)にて、安倍晋三首相がスピーチで提唱した言葉で、「信頼性のある自由なデータ流通」と訳されます。首相はこの言葉とともに、同年6月に大阪で開催されたG20首脳会議(サミット)にて、日本がGroup of 20(G20)の議長国を務めたことから、「このサミットを世界的なデータガバナンスが始まった機会として、長く記憶される場にしたい」と発言しました。本稿では、DFFTが求められる背景や今後の展望などについて解説します。
目次
Data Free Flow with Trustとは
日本政府は、DFFTのポイントとしては、大きく2つあるとしています(内閣官房のIT政策大綱概要(*1))。
- 自由で開かれたデータ流通
- データの安全・安心
日本政府の考えるDFFTの趣旨としては、今後のデジタル社会において競争力の源であるデータを特定の国が抱え込むのではなく、プライバシーやセキュリティ・知的財産などの安全を確保した上で、原則として自由に流通することが必要であり、国際的な議論の場で日本がリーダーシップを発揮しながら、このコンセプトの共通理解を醸成、その共有・実現を目指すことにあります。その背景には日本政府が目指す未来社会の姿、第5期技術基本計画の中で提唱しているSociety5.0の存在があります。
なぜ今、このタイミングでDFFTが重要なのか - Society5.0におけるデータ流通のメリット・デメリット
これまで情報社会(Society 4.0)と言われてきた日本社会ですが、「データ流通」という観点からみると、技術の飛躍的な進歩に対し、膨大な情報の中から必要な情報の精査・処理する技術が追い付かず、知識と情報の共有という面でその連携が不十分でした。それを解決する次の時代の新たな社会の形として、Society 5.0の実現を目指す動きが出てきました。
Society5.0とは、IoT(Internet of Things)やAI(人工知能)、ロボットのような先端技術を産業や社会生活に取り入れ、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を目指す取り組みです(科学技術政策 Society 5.0(*2)より)。このSociety5.0のカギとなるのがデータ流通です。
データ流通におけるSociety5.0の動きを具体的にいうと、身近なところでは、スマートフォンによる動画再生、コンビニでのキャッシュレス決済、PCを通じたネット通販などで個人情報データが使われています。また、近年話題となりつつある自動運転ではGPSや地図情報、走行データが蓄積されて利用されたり、医療現場では再生医療データから新薬が開発されたりと、私たちの生活の様々な場面において、データ流通が行われ、活用されるようになりました。
通信技術の発達と膨大なデータを蓄積、処理する技術により、全ての人とモノがつながり、必要な知識や情報が必要な時に共有され、日常やビジネスシーンにおいて新たな価値が生み出されることで、私たちの社会は豊かになり、便利で暮らしやすくなっています。しかしその一方で、データの不正アクセス/不正利用などのセキュリティやプライバシー上のリスクも懸念されます。
これからのデジタル社会においてはデータ流通が盛んになることのメリットに注目するだけでなく、その裏側にあるデメリットやリスクにも目を向け、いかにバランスを取っていくかが課題となります。
そこで重要になるのがDFFTです。データ流通において「利便性を追求するDFF(Data Free Flow)」と「その運用における安全・安心をカバーするT(with Trust)」のバランスを国として推進・維持していくための対策や取り組みが必要になってきます。
データ流通における国際的な動き - 世界各国の対策や取り組み
では、データ流通に対して、世界各国はどのような対策や取り組みをしているのでしょうか。実際、国際社会ではデータ技術の進歩とともにデータガバナンスのためのルール整備が進んでおり、国によって特徴があります。
例えば、GAFAなどの巨大IT企業があるアメリカの場合、自由にデータを流通させることを基本に、個人に対してデータを自己管理する権利を付与し、後からリスクに対応、バックアップするアプローチをとっています。それとは対照的に、13億人超の巨大人口をもつ中国においては、データは国家のものであるという考え方をもとに、国が管理し囲い込む政策をとっています。その一方、プライバシー問題や個人情報に関心が強いヨーロッパでは個人データの保護からスタートしています。
このように、国によって違いはありますが、ルール整備は先進技術の飛躍的な進歩に追いついていかなくてはならない風潮になっています。日本も当然例外ではありません。
データ流通における国内の動き - 日本の政策
それでは今後、日本はどのような政策を実施していくのでしょうか。
国内におけるデータ流通に対するルール整備において、まず特に重要なのはアーキテクチャーの整備と政策の改革、またその実装方法です。このうち政策におけるポイントは大きく分けて2つ、データ利活用を促進するための政策、ガバナンスの確保に必要な規制改革です。前者が「Data Free Flow」、後者が「with Trust」に該当するとも言えるでしょう。
データ利活用を促進するための政策
データ利活用の促進にあたっては様々な課題が存在します。日本政府はこれらの課題に対し、適切な対応をとることで、データ駆動型の産業競争力強化を推進していく方針です。
データ駆動型の産業競争力強化を実現するために、産業データ、個人データ利活用や情報保護等に関する制度、ガイドラインの見直し、データ共有を実施する事業者の認定制度および、認定対象者への税制優遇措置を行うことになります。
また、業界横断型AIシステムの構築によってデータの協調領域の最大化を目指すため、「Connected Industries推進のための協調領域データ共有・AIシステム開発促進事業」に対し、すでに約30億円の新たな予算が付けられています。これはGAFAに代表される巨大プラットフォーマーによるデータ独占状態への対抗策として、独禁法による規制など取引の透明性・公正性確保のためのルールを整備する事業です。
ガバナンスの確保と規制改革
私たちの日常生活には、実際に生活しているリアル空間(Real)とインターネットをはじめとするデジタル空間(Digital)の2つの軸があり、デジタル空間を健全に運営するうえで必要なルール作りや仕組み、体制などを表すものとして、インターネット・ガバナンスがあります。このインターネット・ガバナンスには、「Law(法律)」、「Code/Architecture(技術設計)」、「Norm(相互信頼)」、「Market(市場)」という4要素がありますが、現状、新しいテクノロジーに法律が追いつかず、イノベーションが阻害され、また規制当局がデジタル空間上の市場を法的にチェックする能力や仕組みも不足するなど、「Law(法律)」と「Code/Architecture(技術設計)」の部分でガバナンス・ギャップが発生しています。
つまり、規制を強化するとイノベーションが抑制され、緩和すると新規ビジネスの規律を保てないといったように、一方の手段が他方の目的達成を阻害してしまう状況です。このガバナンス・ギャップを解決するためには、デジタル空間においてビジネスモデルに左右されない横断的なフレームワークが必要であると言われています(データ利活用とデジタルガバナンス(*3)より)。
目指すべき今後の日本の姿とは
今回の首相の発言について、国としてデジタル社会への関心を高め、デジタル経済、デジタル化による課題解決などに関して国際的な場で大きく取り上げただけでも評価するべきだとする専門家もいます。しかし国際的にみると、ルール整備において、日本はまだ出発点に立ったばかりです。
これからのデジタル時代の国際競争に打ち勝っていくためには、日本の強みであるカイゼン、すり合わせ、現場力などを活かしながら、デジタル社会の実装・社会基盤の形成を行っていくことが重要です。その中で今後、日本がどこまで国際的枠組みを目指し、国内外においてどのように「with Trust」を実装していくかが課題となります。
【参考文献】
- 内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室(2019)「デジタル時代の新たなIT政策大綱(案)」概要(*1)
- 内閣府 科学技術政策 Society5.0(*2)
- 経済産業省(2019) データ利活用とデジタルガバナンス(*3)