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2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて策定された政府のテロ対策計画と民間事業者の役割

掲載:2018年03月15日

コラム

首相官邸の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は平成29年12月に「2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会等を見据えたテロ対策推進要綱」を決定し、2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下:東京2020大会)に向けたテロ対策の強化策を公表しています。本稿ではオリンピックとテロの関係を概説し、官邸が公表した要綱を紹介した上で、民間事業者にとってのオリンピックに向けたテロ対策ついて検討しました。

         

オリンピックとテロ

2013年9月に東京で2020年にオリンピックが開催されることが決定して以降、日本国内でテロ対策の必要性がより一層求められ、日本政府や競技会場を有する自治体や施設管理者はテロ対策の強化を進めています。なぜ東京2020大会開催にあたってテロ対策の強化が必要なのでしょうか。

第一に、テロ攻撃の目的と国際イベントとしてのオリンピックの特徴との親和性が挙げられます。テロ攻撃は自らの政治・宗教等の主張や理念を暴力行為によって達成し社会に何らかの影響を及ぼすことが目的であり、自己の信じる理念や信条、所属する組織に対して敵対的であるとみなされた国やそれらの国の国民がテロ攻撃の対象となります。

そして、近年のテロ攻撃は行為に対する社会的・国際的な耳目を集めることを目指す傾向にあります。特に、1960年代から70年代にかけて、イスラエル・パレスチ問題に起因して生じたテロが特定の政治的問題を国際問題化するための手段として使用されて以降、国際的な耳目を集める手段として紛争地域のみならず、第三国でテロを実施する事例が増加しました。オリンピックは世界最大のイベントであり、世界中のメディアの注目度も非常に高いため、テロの実施主体にとって目的を達成するには最も適した場であると言えます。またオリンピック・パラリンピックに参加する選手は、テロの実施主体から見れば敵対的な国の代表であり、攻撃により生じる社会的なインパクトが非常に大きなものとなります。

第二に、オリンピックには世界各地から多数の観客が集まることで非武装の市民へのテロ攻撃(ソフトターゲットテロ)がより行いやすい環境となることです。昨今、欧米等では政府機関等を狙ったものではなく、市民に対する無差別のテロ攻撃が多数発生しています。不特定多数の市民が集まる施設や空間(ショッピングモールやイベント会場)は、テロ攻撃を実施する側にとっては攻撃の成功が容易であるといえるでしょう。

古い事例にはなりますが、実際に過去のオリンピックでテロ攻撃が行われた事例が複数存在しています。1972年のミュンヘンオリンピックではパレスチナの武装組織「ブラックセプテンバー」の武装した構成員がイスラエル・パレスチナ問題で対立するイスラエル選手を人質にとり、選手村に籠城し11名の選手が犠牲となりました。1996年のアトランタオリンピックでは、キリスト教原理主義者がオリンピック関連イベント開催中の公園に爆弾を仕掛け、2名の死者と100名超の負傷者が発生しています。

第三に、2010年代に入り欧米におけるテロの発生がより顕著になっていることが挙げられます。例えば2013年のボストンマラソン爆破テロ、2015年のパリ同時多発テロ、2016年のブリュッセル同時多発テロ、2017年のマンチェスターアリーナ爆破テロなど欧米等においてテロによる凄惨な被害が生じています。これらの犯行はISIL等の過激な思想を持つ国際武装勢力の影響を受けているとされていますが、組織的な支援を受けた外国人ではなく、ローン・ウルフ(Lone Wolf)というインターネット等で思想的な影響を受けた単独もしくは少数集団が、育った母国への攻撃を行うホームグローン(Homegrown)と呼ばれるテロが増えています。近年のテロは前述したような政治的目的が必ずしも明確でない場合があり、無辜の市民を殺傷することそのものが目的化しつつあることも一つの傾向となっています。

こうしたテロの目的や近年の動向や特徴を鑑みると、オリンピックがテロの攻撃対象となる可能性が存在し、テロを予防し発生した際の対応能力を2020年に向けて向上させていく必要があると言えるでしょう。

日本政府のオリンピックに向けたテロ対策強化策

以上のような理由からオリンピックの開催地ではテロの蓋然性が高まるため、東京2020大会に向けてテロ対策の強化が求められています。日本政府は「2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会等を見据えたテロ対策推進要綱」において以下7項目のテロ対策強化策を示しています。

 

項目 テーマ/内容

1)情報収集・集約・分析等の強化
  • イスラム過激派等に関する情報収集・集約・分析等の強化
  • サイバー空間上の関連情報収集・分析に必要な体制等の充実
  • 情報収集衛星の活用による情報提供機能の強化
  • 「セキュリティ情報センター」による取組の推進
2)水際対策の強化
  • 出入国管理・税関体制の強化
  • 先端技術等の活用と合同訓練等の実施
  • 水際情報の収集・分析の強化等
3)ソフトターゲットに対するテロの未然防止
  • ソフトターゲット対策の強化
  • ベストプラクティス記載に係る取組の推進
  • 車両突入テロ対策の推進
  • 空港ターミナルビルの警備体制の強化
4)重要施設の警戒及びテロ対処能力の強化
  • 警戒警備の徹底及び共同訓練等の推進
  • テロ等発生時の救護体制の強化
  • 航空保安対策の強化
5)官民一体となったテロ対策の推進
  • 官民協働対処体制の強化
  • 国内の外国人コミュニティとの連携強化
6)海外における邦人の安全の確保
  • 情報発信・注意喚起等の強化
  • 国際協力事業に係る安全対策の推進
7)テロ対策のための国際協力の推進
  • 東南アジア地域に拡大するテロの脅威への対応
  • 国際社会と緊密に連携したテロ対策の推進

 

ソフトターゲットに対するテロの未然防止については、公共交通事業者や大規模集客施設の施設管理者との協力を一層推進させ、国土交通省に設置する「テロ対策ワーキンググループ」の下に省庁横断組織として「ソフトターゲットテロ対策チーム」を設けることとしています。公共交通機関は乗客の不特定性と密集性の観点から、ソフトターゲットテロの対象にされてきており、日本では公共交通機関や建築物を管理・監督する国土交通省がソフトターゲットテロ対策を主導することとなっています。官民一体となったテロ対策の推進では、ホテル等の宿泊施設やインターネットカフェにおける身元確認の実施要請や、テロの攻撃手段として用いられる可能性のある化学物質や病原菌等を所有・管理している事業者への管理者対策の徹底が挙げられています。こうした国内での取り組みに加え、国外における邦人の安全確保も主要な項目として掲げられています。欧米諸国においてテロが頻発しており、2020年に向けて日本や日本人に対する国際的な注目が上昇していく中で、民間企業においても日本国内でのテロを防止し備えるための取り組みに加え、海外駐在や出張をする従業員に対してテロ発生時に求められる対応を周知していく必要があると言えるでしょう。

テロ対策における情報の重要性

テロ攻撃は人為的なリスクであり国際社会の情勢と連動する傾向があるため、政府の要綱でも情報の収集や分析に関する具体策が挙げられている様に、テロ攻撃の予防・対策には情報が非常に大きな役割を果たします。

日本政府には対テロ情報機関としての機能を持つ組織が、公安調査庁、外務省情報統括官組織、内閣情報調査室等が複数の政府機関に存在し、各組織の専門性を生かした情報の収集と分析が行われています。加えて、2015年に外務省に国際テロ情報収集ユニット、内閣官房に国際テロ情報集約室が新たに設置されました。さらに、2018年夏には「国際テロ対策等情報共有センター(仮称)」が設置される予定となっており、内閣官房によるテロに関する情報のとりまとめが一層強化されることとなっています。

民間事業者にとってのテロ対策

民間事業者においても、情報の収集と活用はよりよいテロ対策・対応を検討するために重要な役割を果たすこととなります。例えば現下のテロ攻撃の傾向として、攻撃を受けた場所や施設、攻撃方法、被害の大きさや内容、どのような犯行主体が活発にテロ攻撃を実行しているのかといった情報は、ニュースや欧米シンクタンク等が公開している情報でも収集可能です。こうしたテロに関する公開情報と事業内容や管理施設を結びつけることにより、自組織にとって被害や影響を受ける蓋然性の高いテロ攻撃とは何かを分析し、分析した結果に基づいて対策の検討や訓練を実施することで、民間事業者においてもより実効性の高いテロ対策を進めることができると言えます。その上で、テロ攻撃発生時の社内の緊急時体制や対応方針、対応手順を明確にすることで、よりテロ攻撃に強い組織にすることが出来るでしょう。

前述の通り、政府のテロ対策強化策の一つとして宿泊施設や危険物保有管理事事業者との官民連携や公共交通機関事業者との協力が挙げられており、民間事業者もオリンピックに向けてテロ対策を強化していくことが求められています。特に競技会場の運営事業者や交通機関、宿泊施設等はテロの防止・対応能力の向上において重要な役割を担っています。

また日本政府はソフトターゲットテロ対策として、「ソフトターゲットにおけるテロ対策のベストプラクティス」を公開し、大規模集客施設や公共交通機関事業者等の民間事業者がテロ対策を強化していくうえで参考になる情報を記載しています。こうした施設や事業を有する企業のみならず、東京2020大会の競技会場は東京都内及び一部地方に点在しているため、都内や競技会場のある地方に事業所を有する全ての民間企業がテロ発生時の対応を検討する必要があります。

また、東京2020大会の開催に伴って増加するとみられる旅行者が訪問する観光地もソフトターゲットテロの可能性があり、開催地の企業だけでなく観光地周辺に事業所を有する民間企業にとっても、「ソフトターゲットにおけるテロ対策のベストプラクティス」は東京2020大会に向けた組織としてのテロ対策を検討する上で大変参考になるものとなっています。

テロ攻撃の可能性が存在する中で東京2020大会を無事成功させるためには、政府や自治体にテロ対策を任せきりにするのではなく、民間企業もよりテロに強い組織となる事が求められています。民間企業がテロ攻撃の脅威を理解し、政府や自治体と協力してテロ対策の強化を推進することで、安全・安心な東京2020大会が実現するでしょう。



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