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リスク選好

掲載:2015年04月02日

改訂:2024年07月09日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

改訂者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

用語集

リスク選好とは、国際規格では次のように定義されています。

「組織に追求する又は保有する意思があるリスクの量及び種類」
(出典:ISO GUIDE73 リスクマネジメント-用語)

         

国際規格による定義

リスク選好とは、Risk Appetite(リスクアペタイト)と記述され、直訳すると「リスクに対する食欲」です。文字通り「組織はどれだけリスク(食欲)旺盛か」という意味です。よりかみ砕いて言えば、「ハイリスクハイリターン」の姿勢で臨むのか、「ローリスクローリターン」の姿勢で望むのか・・・こうした姿勢をハッキリ示すものを「リスク選好」ということもできます。

以上から、リスク選好は、組織の戦略決定に影響を与えるものであることが分かります。たとえば、複数の市場があったとします。最終的に、経営陣がどの市場に積極的に投資するかは、各市場への進出がもたらす売上や利益(リターン)のみならず、進出に失敗した場合の最大損失額(リスク)、などといった要素を加味して判断することになります。このときの後者(最大損失額)に関して、一定の判断基準を示したものが「リスク選好」にあたります。いずれにせよ、リスク選好が示されることによって、進出する市場も異なってきますし、取り扱う製品やサービス、あるいは設備投資の額なども変わってくることが分かります。

リスク選好の意義

リスク選好の意義について代表的なものは以下の3つです。

  • 迅速かつ適切な意思決定
  • パフォーマンス評価
  • 不正の防止

リスク選好は迅速かつ適切な意思決定を助けるものです。なぜなら、意思決定は、得たいリターンを得るために、とるリスク、とらないリスクを決める行為でもあるからです。どこまでリスクをとるのか、とらないのかのレベル感は、意思決定する人の価値観、性格などによっても大きく左右されます。ゆえに組織においてその点をあらかじめ言語化しておかないと、重要な局面で意思決定に迷いが出たり、足並みが揃わなかったりする可能性があります。

リスク選好はリスクマネジメントのパフォーマンス評価を促進してくれます。「どこまでリスクを取るか」をはっきりさせておくことで、各所で行った重大な意思決定がそれに叶うものだったかどうか振り返りができるようになるからです。たとえば「1年で利益率20%くらいの投資なら、これくらいまでリスクをとっても構わない」のように明確化しておけば、振り返りをする際に「リスクを取らな過ぎたことが問題だったのか」「リスクを取り過ぎたことが問題だったのか」などの視点を持つことができます。

最後にリスク選好は不正の防止にもつながります。「どこまでリスクを取るか」を明確にするということは裏を返せば、「どこから先はリスクを取らないか」というボーダーラインを明らかにすることでもあります。たまに「会社のために良かれと思って不正をやったんだ」という言い訳をする事件に遭遇することがありますが、ボーダーラインをはっきりさせておくことでそうした勘違いをなくすことにつながるのです。

リスク選好の具体例

リスク選好は、許容できる最大損失額という観点から、失うことを許容できる利益やキャッシュフローの大きさで示すこともありますし、自己資本比率水準で示すこともあります。ちなみに、国際的な金融機関に課せられBIS規制(その金融機関が持つリスクの総量に対して、一定のパーセントを超えた自己資本比率を維持しなければならない、といった規制)はこれに該当します。

こうした指標以外にも、「自分たちが最終的に市場シェア一位になる可能性が10パーセント以下なら、その事業に手を出さない」とか、「B to Cのビジネスモデルには手を出さない」など、禁止条項として示すのもリスク選好の一例です。

また、たとえば「優れた品質と信頼性のある設備を提供する多様な製品群を提供することを追求する」という目標を掲げたメーカーがあったとして、「そのような目標がコストを伴う場合、そのコスト増加を受け入れることを慎重に判断し、品質維持が必要な場合にのみリスクを受け入れる」というダイレクションを出すことも、リスク選好の明確化と言えます。

このように、経営が戦略の意思決定の一助になるものであれば、リスクの取り方に関してどのような数値・言葉で示したとしても、それは「リスク選好」と言うことができます。

似た言葉との違いから理解するリスク選好の本質

リスク選好と似ている言葉に「リスク許容度(Risk Tolerance:リスクトレランス)」があります。リスク許容度は、組織として取ることが許されるリスクの水準と種類を意味します。

「リスク選好」が組織全体の戦略に紐づくものであるのに対し、こちらは特定の活動目的・目標に紐づくものです。言い替えると、前者がより全社的な共通指標であるのに対し、後者は個別の活動に設定される個別指標とも言えます。たとえば、コールセンターにおける問い合わせ対応業務があったとして、この場合に「問い合わせ数全体の10%のお客様を最悪○分待たせてしまうことまでは許容する」といった指標を設定した場合、これがリスク許容度にあたります。

【図:リスクプロファイルやリスクキャパシティ、リスクアペタイト(リスク選好)の関係性】

また、同じように似たものとして「リスク基準」という言葉があります。リスク選好が「リスクをどこまで取るか」を経営目線で言語化したものとするならば、リスク基準はそれをリスクマネジメントの実務者目線で言語化したものと言えます。リスクマネジメントの実務者目線とは、影響度と発生可能性で表現されたリスクの大きさに対して、リスクをとる・取らないのボーダーはどこか?を示したものです。具体的にはたとえば、影響度と発生可能性からなる3 x 3のリスクマトリックがあったとして、4点未満をリスクをとるのボーダーに設定したとすると2 x 2にプロットされたリスクは4点以上になるため何らかのリスク対応が必要になるわけです。この時のこの4点未満というボーダーのことをリスク基準と呼びます。

リスクアペタイトフレームワークとは

リスクアペタイトをより本格的に活用し組織に導入する仕組みのあり方を示したものとしてリスクアペタイトフレームワークというものがあります。これは、企業や組織における経営が、どの程度のリスクを受け入れることができるか、または受け入れたいと考えるかを明確に定義し、管理するための構造やプロセスのことを指します。

リスクアペタイトフレームワークの狙いは、経営がステークホルダーの意思を汲みながらリスク選好を決定した上で、これが組織全体の個別のビジネス活動に反映されるような体系を築くことにあります。

リスクアペタイトフレームワークは、事業目標が、トップダウンで決められ、組織の階層に細分化され落とし込まれていくのと同様に、リスク選好も組織の階層に細分化され落とし込まれていくようにする考え方です。

仕組みとして導入する以上、その活動結果や成果が測定されなければいけないため、リスクの定量化が比較的得意である金融業界を中心に発展してきた考え方ではありますが、一般事業会社でも、特にリスクマネジメントが重要視される業界において、徐々に取り入れられつつあります。

参考文献
  • Risk Appetite - Critical to success (using risk appetite to thrive in a changing world) by France Martens, Dr. Larry Rittenberg
  • 同文館出版「全社的リスクマネジメント 戦略及びパフォーマンスとの統合」
  • 中央経済社「リスクアペタイトフレームワークの構築(大山剛)」