デジタルプラットフォーマー規制法(特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律)

掲載:2021年08月26日

執筆者:チーフコンサルタント 井本 龍彦

ガイドライン

デジタルプラットフォーマー規制法は、デジタルプラットフォーマー(巨大IT企業)に取引条件の開示や自主的な手続き・体制の整備、運営状況の報告などを求める日本の法律で、2021年2月1日に施行されました。正式名称は「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」ですが、ここでは「デジタルプラットフォーマー規制法」と表記します。

デジタルプラットフォーマーとは、インターネット上に築かれた大規模なプラットフォームを通じてサービスを提供する巨大IT企業を指します。米国のGAFA(Google,Amazon,Facebook,Apple)や中国のBAT(Baidu, Alibaba, Tencent)が代表例で、日本でもヤフーとLINEの統合により和製GAFAとも呼ばれています。デジタルプラットフォーマーはそのサービスの性質上、独占・寡占状態が発生しやすく、取引に不透明性や不公平さが生じかねないとして、世界的にも問題視され、続々と法制化が進む中、日本でもこうした環境を是正することを目的に、デジタルプラットフォーマー規制法が定められました。本稿では、デジタルプラットフォーマー規制法が定められた背景や、具体的にどのような影響をもたらすかなどについて解説します。

         

デジタルプラットフォーマー規制法が定められた背景

デジタルプラットフォーマーが展開するビジネスは「多面市場」とも呼ばれ、プラットフォームを通じて結びついた事業者や消費者に対して多面的にビジネスを展開します。例えば、検索サービスでは「消費者」と「広告会社」をそれぞれターゲットにしており、プラットフォーマーは消費者に検索の場を提供するとともに、消費者から検索履歴などのデータを収集します。このデータを広告会社が活用して消費者一人ひとりに適した広告をカスタマイズすることができます。消費者がプラットフォームを利用すればするほど自身に適した広告が配信され、広告会社はカスタマイズの精度を上げることができ、双方にとって魅力が増していきます。こうした特性により、ある程度利用されれば利用者が離れることは少なく、他のサービスに移行しづらいため、独占・寡占の恐れが指摘されてきました。

また、デジタルプラットフォーマーの独自の判断により、利用者が様々な影響を受けるという問題点もあります。近年、ある物販サイトを運営するデジタルプラットフォーマーが「一定額以上の購入で送料を無料にする」と発表したことはニュースにも取り上げられ、大きな話題となりました。「送料無料化」は消費者にとっては嬉しい話ですが、デジタルプラットフォーム上で商品を販売する事業者からすると、送料を負担することになり、大きな痛手となりかねません。デジタルプラットフォーマー規制法は、こうした諸課題の解決を目指しています。

デジタルプラットフォーマー規制の動きは海外でも加速しています。アメリカでは、巨大IT企業の代表格であるGoogleが2020年10月頃に、日本の独占禁止法のモデルとなった反トラスト法違反で訴えられました。EUでも、巨大IT企業を規制する「デジタルサービス法案(DSA)」や「デジタル市場法案(DMA)」が2020年に発表され、議論を呼んでいます。

デジタルプラットフォーマー規制法の特徴

デジタルプラットフォーマー規制法の特徴は大きく3つあります。第1に、本法はあくまでデジタルプラットフォーマーが透明かつ公正な取引に“自主的に”取り組むことを期待するものであって、国の関与や規制は必要最小限にとどめていることです。自主規制による柔軟さを保ちつつ、政府による行動規範の監視によって、一定の規律を保てる仕組みが採用されています。

第2に、規制対象とする事業者を限定しているということです。詳細は後述しますが、規制対象には2つの基準を設けており、それを満たす事業者が該当することになります。

第3に、独占状態を事前に規制する法律であるということです。市場の独占・寡占に関する法律といえば独占禁止法がありますが、これはあくまでも事後的な規制になります。ECが発展するまでは事後の対応でも十分に効果がありましたが、ECが主流となった今、事後の規制があったとしても一度利用したユーザが離れることが少ないことを考えると、独占・寡占状態が変わらないことから、独占禁止法の効果が弱くなったと言わざるを得ません。このため、事前の規制には効果が期待されます。具体的にどのような影響をもたらすのか、次章では「デジタルプラットフォームを運営する事業者」、「デジタルプラットフォームを利用する事業者」、「デジタルプラットフォームを利用する消費者」の3つの観点からそれぞれ解説していきます。

デジタルプラットフォーマー規制法の影響

デジタルプラットフォームを運営する事業者への影響

デジタルプラットフォーマー規制法は、全てのデジタルプラットフォーマーが対象になるわけではありません。規制対象には大きく2つの基準があり、その基準を満たした事業者が「特定デジタルプラットフォーマー(特定デジタルプラットフォーム提供者)」として指定されます。その基準とは第1に「物販総合オンラインモールで国内売上高が3000億円以上である事象者」、第2に「アプリストアで国内売上高が2000億円以上である事業者」とされています。2021年8月現在、以下の企業が該当します。

基準1 物販総合オンラインモールで国内売上高が3000億円以上である事象者 ・アマゾンジャパン合同会社(Amazon.co.jp)
・楽天グループ株式会社(楽天市場)
・ヤフー株式会社(Yahoo!ショッピング)
基準2 アプリストアで国内売上高が2000億円以上である事業者 ・Apple Inc.及びiTunes株式会社(App Store)
・Google LLC(Google Playストア)

※カッコ内は当該企業が運営するオンラインモールまたはアプリストア

特定デジタルプラットフォーマーには、以下の2点の実施が求められます。

  1. 取引条件等の情報の開示
  2. 自主的な手続き・体制の整備

また、これらについて実施した措置や事業の概要に関する報告書を作成し、毎年度自己評価のうえ行政庁に提出する必要があります。報告書は行政庁で評価され、後日、評価結果報告として概要が公表されます。評価結果報告を踏まえて、特定デジタルプラットフォーマーが自主的に改善に取り組むことが求められます。評価によって独占禁止法違反の恐れがあると認められた場合、経済産業大臣が公正取引委員会に対処要請を行います。

図1:特定デジタルプラットフォーマーと行政庁の役割

出典:経済産業省「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律のポイント」を基に筆者が作成

デジタルプラットフォームを利用する事業者への影響

デジタルプラットフォーマー規制法の規制対象は特定デジタルプラットフォーマーであるため、それを利用する事業者が特別な負担を強いられることはなく、むしろ法によって保護される立場になると言えます。本法施行後の2021年4月には、利用事業者の特定デジタルプラットフォーマーとの公正な取引を実現するために、相談窓口が設置されました。デジタルプラットフォームを利用する事業者は、取引上での悩みを専門の相談員に無料で相談することができます。必要に応じて弁護士に相談することも可能です。

【相談窓口に寄せられた事例】

  • 利用規約の一方的な変更によって手数料が引き上げられた。
  • 利用規約の変更に同意しなかったら、サービスの利用を制限された。
  • 返品の受け入れを事実上強制された。
  • 検索表示や決済方法等で、デジタルプラットフォームを運営する事業者やその関連会社が優遇されている。

(出典:経済産業省ホームページ)

デジタルプラットフォームを利用する消費者への影響

デジタルプラットフォーマー規制法によって、消費者は自身の個人情報や利用データがどのように扱われているのかを知ることができるようになりました。具体的には、以下の情報を開示することが特定デジタルプラットフォーマーに義務付けられました。

【消費者への開示が義務付けられる情報】

  • 商品等のランキング・検索の表示順位の決定に用いられる主要な事項
  • 消費者が商品等を検索・閲覧・購入した際の履歴等のデータが取得・使用される場合、そのデータの内容や取得・使用の条件

(出典:経済産業省ホームページ)

デジタルプラットフォーマー規制法が内包するリスク

デジタルプラットフォーマー規制法の施行により、取引の透明性や公正性は改善されることが期待されますが、一方でマイナスの影響もあるとも言われています。第1に、中小企業や地方企業への影響です。規制強化が進み、デジタルプラットフォーマー側の対応コストが増加すると、その上乗せが広告出稿料金に転嫁される可能性があります。その場合、中小企業や一部の地方企業はデジタル広告への出稿が難しくなると考えられます。それはすなわち、デジタル広告を利用して獲得していた販売機会を失うことを意味します。慶応義塾大学の岩本隆特任教授は、デジタルプラットフォーマー規制法施行によって、地方企業の売り上げ損失が施行後5年で最大6.47兆円になると試算しています。

第2に、データの利活用に関する懸念です。デジタルプラットフォーマーの保有するデータは巨大で複雑な、いわゆるビックデータです。こうしたデータは、使い方によって新たな価値を生み出すことが期待されており、社会の発展・テクノロジーの発展に欠かせませんが、デジタルプラットフォーマー規制法がその足枷になる可能性もあります。今後ますます、詳細な議論が必要となります。

まとめ

デジタル技術を用いた取引は今後ますます拡大することが予想され、AI等の技術も日進月歩で発展する一方で、技術の発展スピードに法律が追い付かない面もあります。そんな中、取引の透明性や公正性を実現するためのひとつのステップとして、デジタルプラットフォーマー規制法が機能することが期待されています。国の関与を最小限にした中で、取引の透明化や公正な取引が本当に実現されるのか、今後注目していく必要があります。

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