災害弱者(災害時要援護者)に企業はどのように対応すべきか
掲載:2019年03月04日
コラム
「災害弱者」とは、障碍者※や高齢者、乳幼児など災害時に比較的危険にさらされやすい人のことを指します。災害大国である日本において、今、このような人々が個々に抱える事情を考慮した発災時の対応を整備することが急務となっています。
※ 障碍者の表記方法については議論がありますが、本稿では障碍者と記載し、法律やガイドラインにおける表記方法は原文のまま記載しております。
災害弱者(災害時要援護者)とは
災害弱者の定義には様々なものがあります。行政上は「災害時要援護者」と呼称されていますが、一般的な名称としては「災害弱者」という言葉が使われています。それぞれの言葉の定義は共通しており、本稿では災害弱者という表現を使用します。日本赤十字社の「災害時要援護者対策ガイドライン」では下記のように定義されています。
- 心身障害者(肢体不自由者、知的障害者、内部障害者、視覚・聴覚障害者)
- 認知症や体力的に衰えのある高齢者
- 日常的には健常者であっても理解力や判断力の乏しい乳幼児
- 日本語の理解が十分でない外国人
- 一時的な行動支障を負っている妊産婦や傷病者
上記の人々は発災直後のみならず、無事に避難した後にも特別な配慮を必要とする可能性があります。例えば、特定の文化的・宗教的背景を持つことにより、避難所で提供される食事が食べられない方がいることも考えられます。
災害弱者に対して企業が対応を求められる理由
昨年の「改正障害者雇用促進法」や外国人労働者・訪日外国人の増加等から、災害弱者への対応を整備することはこれまで以上に急務であり、対応を求められる企業の範囲も確実に広がります。
「改正障害者雇用促進法」は2018年4月1日に施行され、障碍者の法定雇用率が引き上げられました。対象となる事業主の範囲が従来の従業員50人以上から45.5人以上となります。そのため、これまで対応を行ってきた企業に加えて、新しく対象となった障碍者の雇用を行う可能性のある企業も、有事に備えて、災害弱者を考慮した対策を平時から行っておく必要があります。
また、日本における外国人労働者数は年々増加しており (図1参照)、2017年10月に厚生労働省から発表された「外国人雇用状況の届出状況まとめ」では、その数は約128万人となりました。さらに、訪日観光客数も増加の一途を辿っており(図2参照)、2020年には東京オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)を控え、より多くの外国人観光客が日本を訪問することが予想されます。その中には日本語を理解できない外国人が一定数いることも想定され、そのような人々も災害弱者と言えるでしょう。
図1
災害弱者は何に困るのか
一口に災害弱者と言っても、何に困るのか、どのような配慮が必要なのかは個々の事情によって異なりますが、ここでは避難前・避難時・避難後の3つの時間軸に区分し、災害弱者が過去の災害時にどのような困難に直面したかについて、事例を交えて紹介します。
- 避難前―情報弱者となる
東日本大震災の際は防災無線が聞こえなかったり、音声のみのテレビ放映で必要な情報収集ができなかったりした聴覚障碍者がいました。仮に、手話放送があったとしても、全ての聴覚障碍者が手話ができるとも限らず、情報収集が困難となりました。外国人に関しては、地域国際化推進検討委員会が東日本大震災で抽出された課題を報告しており「十分な日本語の力を有していない外国人にとって、地震情報や行政用語は専門用語が多く、理解するのが難しい」とまとめています。
- 避難時―自力での避難が困難
2018年の西日本豪雨で被害の大きかった岡山、広島、愛媛の3県で、自治体の避難指示に従って自宅から避難したことが確認された視覚障碍者はごく少数であったことが明らかとなっています。避難しなかった理由として「危険性が低いと判断した」という声の他に「周囲の補助が無いまま外へ出るのは困難」といった声がありました。仮に避難情報を取得したとしても、災害弱者の中には単身での避難時の障害を考えて行動をためらう人もいることを考慮しなければなりません。
- 避難後―避難先での環境対応が困難
避難所では全ての人が不自由な生活を強いられることは言わずもがなですが、特に災害弱者が直面する不自由さについては留意しておく必要があります。避難場所の環境に対応できなかったり、個々の事情によりトイレが使用できなかったりすること、また情報を入手しにくい・理解しにくいことが考えられます。
外国人の中でも、日本語の使用になんの支障もなく、むしろ支援の担い手となる場合もありますが、日本在留歴が長い外国人であっても、震災時に使用された「給水」「物資配給」「罹災証明」などの言葉はなじみがなく、理解できなかったと言います。また、避難所の存在を知らなかったり、知っていても日本語対応のみの避難所生活にストレスを感じたりして、サービス開始前に避難所を去った外国人もいます。
企業としてできること
災害弱者がどのような困難に直面するかについて述べてきましたが、企業としてはどのような対応が可能でしょうか。アプローチ方法は、災害弱者とどのようなかかわり方をしているかに即して大きく3つに分けられます。
災害弱者を雇用している企業としてできること
フェーズ | 対策の種類 | 対策の内容 |
---|---|---|
発災前 | 現状把握と周知 |
|
情報収集 |
|
|
備蓄品 |
|
|
発災後 | 社内残留者対応 |
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顧客に災害弱者が含まれる企業としてできること
総務省は2018年3月、「外国人来訪者や障害者等が利用する施設における災害情報の伝達及び避難誘導に関するガイドライン」を公表しました。本ガイドラインは、東京2020大会に向けて駅、空港や旅館、ホテルなどに対して周知を促進するべきものとして公表されています。そのため、災害弱者が顧客となり得る企業に関しては、下記のような対策が求められます。
- デジタルサイネージやスマートフォンアプリ、フリップボード等の活用などによる災害情報や避難誘導に関する情報の多言語化・文字等による視覚化
- 障害など施設利用者の様々な特性に応じた避難誘導(避難の際のサポート等)
- 外国人来訪者や障碍者等に配慮した避難誘導等に関する従業員等への教育・訓練の実施
後方支援を行う企業ができること
以下では、過去の災害発生時に被災者に後方支援を行った企業や、災害の経験から災害弱者への支援の必要性を感じ、対応に乗り出した企業の事例を冒頭で紹介した3つのフェーズ毎に紹介します。# | フェーズ | 事例 |
---|---|---|
1 | 避難前 |
|
2 | 避難時 |
|
3 | 避難後 |
|
災害弱者を雇用する企業として、彼らを守る事前の準備、事後の対応を行うことは義務でもあると言えます。また、的を射た後方支援は、企業のブランドイメージにも良い影響を及ぼします。企業は政府や自治体から出される情報やガイドラインにも気を配り、発災時に災害弱者を考慮した誰も取りこぼすことのない対応が求められます。
参考文献
- 東京都生活文化局(2012年4月)「地域国際化推進検討委員会の報告について」
- 読売新聞(2016年3月8日)(リンクなし)
- 産経新聞(2018年8月14日)
- 厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ(平成29年10月)」
- 古本泰之ほか(2016)『杏林CCRC研究所紀要』「災害に備えるまちづくり―弱者対応の視点から―」p.28-p.60(リンクなし)
- 公益財団法人全国市長会「市政」(2017年4月)「都市自治体の高齢者等の情報弱者対策」p.33-p.50(リンクなし)
- 自治体国際化フォーラム(2017)「災害時における外国人支援」
- 朝日新聞(2016年7月31日)「(日曜に想う)ハラール弁当、共生かみしめる」(リンクなし)
- 静岡新聞(2016年12月5日)(リンクなし)
- 内閣府(2016年4月)「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」
- 国土交通省観光庁「外国人旅行者向け災害時情報提供アプリ『Safety tips』を大幅に機能向上しました!」
- 総務省「『外国人来訪者や障碍者等が利用する施設における災害情報の伝達及び避難誘導に関するガイドライン』の公表」
- 総務省「災害時・緊急時における高齢者、障碍者の困難について別紙1」
- 河北新報(2018年8月)「災害弱者を企業が支援 岩手・岩泉の高齢者施設と地元2社が協定」