2025年10月7日に開催された「Newton Risk Management and Cyber Security Forum2025」での対談の概要をご紹介します。本対談では、「食足世平」の理念を基にリスクマネジメントの推進を続ける日清食品ホールディングス様に、多様なリスクを見据えたオールハザード型BCPへの転換や現場が動く仕組み、取引先との共助体制など、企業文化に根付くレジリエンス構築について伺いました。
はじめに:レジリエンスを支える日清食品グループの企業文化
藤岡:本セッションでは、日清食品ホールディングスの宝田さんとの対談を通じて、BCPを単なる危機対応に留めず、企業成長の基盤とするための戦略を紐解いていきます。
まず、日清食品グループでは、BCP推進の根幹にどのような企業文化や使命感をお持ちなのでしょうか?
宝田:私たちの取り組みの基盤には、創業者精神に基づく強い企業文化があります。創業者・安藤百福が掲げた4つの言葉で、特にわかりやすいのが「食足世平」です。「食が足りてこそ世の中が平和になる」という意味なのですが、リスクマネジメントやBCPを推進するうえでも非常に親和性の高い理念だと感じています。
また、トップマネジメントのBCPに対する思いが強いことも、BCPを推進する中での強い後ろ盾です。
BCP進化の軌跡:オールハザード対応への転換
藤岡:日清食品グループのBCPの根幹には、非常時における食の安定供給という強い使命感があることがわかりました。宝田さんは前職でも最前線でBCPに取り組まれていたそうですが、そのご経験も危機管理への思いを強くされたきっかけだと伺っています。
宝田:はい。前職では集客施設を運営する会社にいたのですが、お客様と従業員の安心安全を第一に考える会社でした。その当時東日本大震災があり、私自身は対策本部のメンバーだったのですが、そこではお客様や従業員の安否や施設・周辺地域の損壊状況など、とにかく様々な情報で溢れかえっていました。大パニックの状況の中、一番落ち着いて対応していたのが「現場」だったのです。現場の方々は、日頃の業務や訓練の中で「危機時にどのような対応をすればよいか」を常に意識していました。それが大震災の発生時にも迅速な行動として表れていたのが、大変印象的でした。
藤岡:現場の対応力が鍵ということですね。そのようなご経験も踏まえ、御社のBCP体制はどのように進化させてきたのでしょうか?
宝田:これまでのBCPは、地震対応を重視したものでした。例えば、震度6弱以上の地震が発生して初めて安否確認メールが届く、災害対策本部が立ち上がるなどの体制になっていたのです。しかしその後、コロナウイルスの流行といった多様なリスクが顕在化し、特定の脅威への対応では限界があると感じました。オールハザード型BCPへと拡大させるに至ったのは、こうした背景があります。
仕組みの強化:現場が動けるBCP体制作り
藤岡:オールハザード型への転換にあたっては、対象となるリスクが一気に広がったと思います。実際に仕組みを見直す中で、どのような点に注意されたのでしょうか。
宝田:最初に取り組んだのは、いざ事象が発生した際に現場が対応できるようになるための仕組み作りです。
BCPはどうしても売上に直結する活動ではないため、「訓練をしてください」と言ってもなかなか現場が動きにくいものです。そこで、グループ各社の社長と実務責任者に対して災害時のホラーストーリーを説明し、しっかりと認識してもらい、シナリオに応じた訓練を行うことを徹底しました。日清食品グループは、一度トップマネジメントが舵を握ると現場がすぐに動く会社なので、“現場力”という強みを活かせるよう、経営層からのサポートを得るための活動をまず行いました。
藤岡:経営と現場が密に連携できているからこそ、訓練や仕組み作りが形骸化せず、実効性のあるものとして根付いているのですね。
宝田:はい。加えて、リモートでのオンライン会議が当たり前になった環境だからこそ、あえて各社の現場に直接足を運んで説明を行ったり、訓練をしたりもしました。「一緒にやってみる、成功体験を共有する」ことが今の時代には重要なのではないかと思います。こうした日々の積み重ねが、日清食品グループ全体のBCP構築につながっています。
レジリエンスの拡張:サプライチェーンを支える「日清プライド」
藤岡:現場力を起点にした取り組みが、グループ全体のレジリエンス向上にもつながっているのですね。仕組みが整ってきた中で、サプライチェーン全体としてはどのような強化を進めているのでしょうか?
宝田:外部のサプライヤーさんや物流業者さんなどと直接お話して感じたことなのですが、皆さんが「日清食品の製品を扱っている、運んでいる」という責任感、言うなれば“日清プライド”を非常に強く持っていただいています。
社外のビジネスパートナーとも深い絆を持つことができていて、もちろん訓練にも一緒に参加していただいていますし、こうした協力関係がBCPにも生きているのではないかと思います。
挑戦するレジリエンス:食を止めない未来へ
藤岡:ありがとうございます。これまでのお話から、日清食品グループさんのBCPは単なる計画ではなく日常的に鍛えられている仕組みであることがよくわかりました。最後に、参加者の方々へメッセージをいただけますか。
宝田:お話をさせていただいた通り、当社のBCPやリスクマネジメント活動は現場とのコミュニケーションのもとに成り立っています。立派なBCP文書を作成することよりも、現場に足を運んで直接話をする方がずっと効果的です。それは現場だけでなく経営層にも共通する、BCPの実効性を高めるための最善の方法だと思います。
また、当社と同じ食品メーカーやそれに携わる方々とは、災害対策の中で「災害などの発生時にも迅速に食品を届ける」という使命を一緒に果たしていきたいと考えています。
藤岡:「食を止めない」という使命を原点に、現場・経営層・取引先が一体となってBCPの強化を重ね続ける姿勢が、まさに日清食品グループ全体の「挑戦するレジリエンス」を体現していると感じます。本日はありがとうございました。