富士山火山避難基本計画の改定ポイントと企業に求められる対応
掲載:2024年08月23日
執筆者:コンサルタント 田中 駿介
コラム
2021年3月に「富士山ハザードマップ」が17年ぶりに改定されたことをうけ、2023年3月に「富士山火山避難基本計画」が策定されました。富士山ハザードマップと富士山火山避難基本計画は、どちらも富士山火山防災対策協議会が作成したものですが、前者は富士山の噴火現象がどのくらいの時間でどこまで届くかを地図で示したものであり、後者はそれを踏まえた避難について基本方針などを示したものです。
富士山火山避難基本計画は対象地域の自治体が具体的な避難計画を策定する際の指針となります。かつては「富士山火山広域避難計画」という名称でしたが、改称するとともに内容も大幅に見直されました。本稿では富士山火山避難基本計画について概要と改定のポイントをまとめるとともに、企業活動にも大きな影響をもたらしかねない大規模噴火に対して、企業がどのように備えておくべきかを解説します。
避難の基本的枠組みを変更
山梨県、静岡県、神奈川県の3県と国や有識者などで構成される富士山火山防災対策協議会は、富士山の噴火に備えて避難などの火山防災対策を検討しています。2004年に国によって作成された「富士山ハザードマップ」はその後の様々な研究により実績火口の位置や噴出物の量に関して新しい知見が得られました。被害想定地域が拡大し、それに伴い避難対象人口も7倍に増えるなど、被害想定を見直す必要性が高まったことから、同協議会によって2021年3月に改定されました。(富士山ハザードマップの詳しい改定内容はこちらの記事を参照)
それを受けて、避難計画についても見直しがおこなわれ、2023年3月29日に「富士山火山広域避難計画」を「富士山火山避難基本計画」と改称した改定版が公表されました。
ハザードマップ改定により避難対象人口が大幅に増加したことなどを考慮し改定では、「命を守る」避難と「暮らしを守る」避難の両立を目指し、避難の基本的枠組みを変更しました。例えば、従来は富士山の全方位で噴火前に立ち退き避難を求めていましたが、そのまま長期間噴火に至らなかった場合は大きな経済的影響を受けることになります。そのため、噴火現象の特性に応じて避難開始のタイミングを整理、噴火前に避難を開始する現象とそれ以外(=噴火後に避難を開始する)とに分けて従来よりも避難期間を抑えて経済活動を維持できるようにしました。また、危険度が高いエリアから段階的に避難することを採用し、渋滞による逃げ遅れを防ぎます。こうした変更は一例であり、全面的な改定が行われました。
避難計画改定のポイント
改定のポイントは、以下の5つにまとめることができます。
①避難計画の位置づけおよび名称の変更
従来の「富士山火山広域避難計画」(以下「旧計画」)を「富士山火山避難基本計画」(以下「新計画」)へ名称を変更し、位置づけを基本方針としました。
旧計画は共通の広域避難計画を定めていましたが、火山災害は、山体からの距離等に応じて到達する現象や到達時期が異なり、画一的な対応では実効性の高い避難体制の構築は困難です。そのため、新計画では基本指針を示すことに重点を置き、3県27市町村にまたがる対象地域の自治体などはこれを参考に各地域の被害想定や地域特性に合わせてカスタマイズした避難計画の策定に取り組むことが求められています。
②噴火現象ごとの特性に基づく避難対象エリアの区分の見直し
噴火現象の特性に応じて避難対象エリアが再整理されました。
避難対象エリアは従来の5区分から6区分へと見直され、時間的猶予のない噴火現象(大きな噴石や火砕流など)は噴火前の避難とする一方、その他の噴火現象(降灰や小さな噴石、溶岩流など)は噴火後の避難を原則としました。
③移動手段および避難開始時期の見直し
避難対象者が一斉に車両での避難を開始した場合、深刻な渋滞の発生や応急対応の遅れなどが懸念されます。
そこで、新計画では、観光客等、避難行動要支援者、一般住民のそれぞれに分けて移動手段および避難を開始する時期について整理されました。特に避難行動要支援者が車両で避難することを優先するよう明記されています。そのために、観光客等に関しては、避難行動要支援者と避難が重ならないように、噴火警戒レベル3での避難(帰宅)を呼び掛けるように設定されました。
④基本的な噴火シナリオの設定
火山災害は不確実性が高いため、火山活動が高まったものの噴火に至らない場合や数ヶ月後に噴火に至る場合、予兆観測からごくわずかな時間で噴火してしまう場合など、無数のシナリオが想定されます。
そこで今回の避難計画では、基本的シナリオを設定、各地域ではこれを参考として被害想定や地域特性を反映した地域版シナリオを作成することとされています。ただし、新計画内に示されたシナリオは基本的なものであるため、各自治体は自分の地域に合わせたさまざまな噴火シナリオを想定し、それに応じた訓練を繰り返し行うことが求められています。
⑤広域避難先の見直し
旧計画では、避難においては噴火現象の到達が想定されない地域(避難対象エリアの外側)まで避難することとされていましたが、ハザードマップが精緻化されたことや暮らしを守る観点から、隣接市町村への避難も採用されることとなりました。これは安全確保が可能であれば、隣接市町村へ避難することで短時間での避難完了や住民の負担軽減を図ると共に、就業の継続など地域社会の継続が考慮された結果と言えます。
今回の改定を踏まえて、企業に求められる対応
大規模噴火による被害は、企業活動にも影響を及ぼす恐れがあります。対象地域の企業は今回の避難計画の改定を踏まえて地震や水害などと同様、事前にどのような対策ができるかを考え、備えておく必要があります。(火山噴火に対する基本的な備えについては、こちらの記事を参照)
①タイムラインの改定
火山災害は時間の経過とともに状況が刻々と変化していく進行型災害であるため、噴火前または噴火が発表された直後から「どの時間まで」に「誰」が「どんな作業」をするのかをまとめた「タイムライン」の策定が有効です。今回設定された噴火シナリオを踏まえて、自分たちが拠点を構える地域の特性や被害想定に合わせたタイムラインに改定しましょう。タイムラインを事前に設定し、社内および各ステークホルダーと共有することで、有事対応の認識の齟齬をなくし、迅速な避難、復旧、被害の最小化を図ることができます。
②サプライチェーンへの影響の考慮
火山災害では、溶岩流や降灰による交通網の寸断が予想されます。新計画において設定された噴火シナリオや見直された避難対象エリアの区分を踏まえて、物流が止まってしまう事態を想定し、事前にサプライチェーンへの影響を見直す必要があるでしょう。例えば工場が避難対象エリアにある企業は、代替生産拠点の確保、倉庫や物流委託先の事業継続に係る対応の確認といったことが求められます。
どのような被害が想定されるのか、常に最悪の事態を想定し、事前に各ステークホルダーとの連携や対応を確認しておくことも必要となります。
③避難先の検討
今回の避難計画の改定では、避難対象エリアの区分、避難の開始時期、移動手段、広域避難先の見直しが行われています。
まず自企業の拠点が第1次~第6次までのどの避難対象エリアに属するのかを、ハザードマップと合わせて確認することが必要です。避難対象エリアの区分を参考に、避難の開始時期、移動手段についても検討を行いましょう。道路は「限られた地域資源」とされ、避難行動要支援者が優先的に使用できるように求めています。さらに、地域特性や被害想定に合わせた避難先についても事前に決めておき、従業員などへ周知しておく必要があります。
火山災害の最大の特徴は、その不確実性にあります。噴火の前兆的な活動を観測したとしても噴火に至らないケースがある一方で、観測からごく短時間で噴火に至る可能性も十分にありえます。噴火の規模や噴火が継続する期間について、噴火前に把握することが極めて難しいからこそ事前に避難の手順について十分に検討しておく必要があります。
おわりに
参考文献
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