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自組織に合った初動対応計画策定の要諦

掲載:2025年01月16日

執筆者:コンサルタント 関口 咲

コラム

初動対応計画とは、有事に際して、組織がその直後からどのように行動をとるべきかを示した行動計画書であり、緊急時対応計画と危機管理計画によって構成されます。BCPの普及に伴って一般的になってはいますが、その有効性の検証や向上となると、具体的に何をすればよいかわからないという声をよく聞きます。被害の拡大を防ぎ、迅速な事業復旧へとつなげるために、本稿では自組織に適した初動対応計画の策定について、業界ごとの留意点などをふまえながら解説します。

         

事象共通と事象別の考え方

近年、事業継続計画は経営資源ごと(人・物・情報などのリソースベース)に対策を検討するのが一般的な考え方になっています。いわゆるオールハザードとも呼ばれるこのリソースベースのアプローチは初動対応計画においても有効です。しかし、初動対応計画においては、地震や風水害、新興感染症など、脅威事象に応じて「異なる部分」と「共通する部分」を分けて整理することが必要になります。

そもそも、初動対応計画は、主に人の命や安全・安心確保を目的として避難や負傷者対応、二次災害防止活動について整理する“緊急時対応計画”と、有事下の指揮命令系統、すなわち対策本部に関わる活動を整理する“危機管理計画”によって構成されます(初動対応計画に関する詳しい解説は、初動対応計画/初動対応計画書をご参照ください)。

災害や危機の初期対応について定める緊急時対応計画は、危機発生に備えた事前行動や予兆監視等といった、脅威事象により異なる対応が必要になる要素を多く含みます。一方で、危機管理計画は、発災時のコミュニケーションや情報収集・集約といった対策本部活動について定めるものであるため、脅威事象の種別を問わず共通の対策として統一的に検討できます。

このように統一した対策を整理することで、汎用性が向上し、複雑さが軽減されます。その結果、混乱を防ぎ、必要な対応を確実に実行できるようになります。事象共通と事象別の視点を適切に組み合わせ、リソースベースの考え方で整理された初動対応計画を作成することで、緊急時における組織の迅速な対応と被害の最小化を実現できます。

初動対応計画策定の勘所

①全社一丸で取り組む

危機発生時の初動対応計画を策定する際に重要なのは、担当者が単独で頭を悩ませるのではなく、組織全体を巻き込みながら検討を進めることです。緊急時の対応は組織の総力戦です。そのため、計画策定段階から関係者の協力を得て、全社一丸で取り組むことが求められます。

緊急時の対応や意思決定に関与する部署や担当者を幅広く巻き込み、計画策定の初期段階から現場担当者の知見や意見を取り入れることで、実効性の高い初動対応計画を作成できます。計画策定時に巻き込むべき関係者は、初動対応計画の検討項目によって各社の最適な人員采配が必要です。初動対応計画の作成段階で関係者と議論し、意見を反映させることで、全社が納得できる現実的な初動対応計画が作成できます。

そして、作成した初動対応計画を基に対策本部メンバー(主に経営層)を交えた訓練や演習の実施を通して有効性を検証することで全社一丸の取り組みに昇華することができます。こうした議論や議論によって得られる合意事項が、いざというときに機能する実践的な初動対応計画につながります。また、実際に有事対応の中枢となる対策本部メンバーも訓練や演習に参加することによって、実態に近い状態で初動対応計画の有効性を検証することができます。

②最新の環境変化を反映する

初動対応計画は発災直後の動きを定める計画ですので、企業を取り巻く現在の環境を反映している必要があります。

コロナ禍以降、多くの企業でリモートワークが導入され、現在ではリモートワークとオフィス勤務を組み合わせたハイブリッド勤務が一般化しています。勤務形態が変化しているにもかかわらず初動対応計画がアップデートされていない企業では、災害発生時の安否確認における従業員の状況把握が大きな課題となります。そして、リモートワークと同様に休日発災時の安否確認にも課題がある可能性があります。例えば、2024年の元日に発生した能登半島地震では、従業員が通常の居住地とは異なる場所にいたため、安否確認や情報収集がうまくいかなかったケースが散見されました。

こうした事例を踏まえると、初動対応計画には、柔軟な安否確認手段や、ハイブリッド勤務に対応した防災体制の構築が求められていると言えるでしょう。リモートワークを導入している企業が実際に検討及び実施している対応には以下のような内容があります。

【リモートワークを導入している企業が気を付けるべきこと】
  • オフィス勤務、在宅勤務、双方への情報伝達手段の確立
  • 対策本部メンバーの参集方法及び対策本部設置場所の検討
  • 自衛消防隊の参集方法や活動内容、メンバー構成の検討
  • 自衛消防隊の活動訓練(自衛消防隊員が固定でない場合は全社員が対象)
  • 非常用電源や通信手段の準備(蓄電池や無線等)

そして、体制の整備をするだけではなく、従業員が登録先の住所と異なる場所にいる等のイレギュラーにも対応できるよう、被災時に従業員が自発的に自身の安否や被害状況等の情報を連携するように周知・教育を実施することも非常に重要です。

③業界別の特性を反映する

初動対応は、業界による組織を取り巻く外部環境や内部環境の変化に合わせた対策も整備すると良いでしょう。ここでは業界ごとに検討すべき事前対策と初動対応のポイントをいくつかご紹介します。

製造
  • 工場内の機械設備が倒壊するリスクを低減する、定期的な設備点検や補強
  • 化学物質を使用している場合はそれらの漏洩リスクを低減する、近隣住民や環境への影響を考慮した緊急遮断装置や漏洩防止策の整備
  • 万が一、有害物質が漏洩した場合の近隣住民への対応
  • 協力会や自治体との取り決めに関する事前調整
医療機関
  • 患者の避難補助や入院患者の移動先の確保
  • 負傷者受入のためのスタッフの招集方法(連絡方法)の確立
  • 医療行為に欠かせない経営資源(電気や水道等の社会インフラ)の機能停止に備えた対策の整備
ITサービス
  • 受託している開発や運用業務で顧客先に常駐している従業員の安否確認
  • 顧客のシステムやSaaS等の障害発生時の連絡手段や復旧への移行手段の確立
金融機関
  • 現金や貴重品の盗難被害を防ぐ対策の検討
  • 店舗での顧客の安全確保と帰宅困難者対応

実効性向上のためのツール

計画策定においては、結果事象の考え方に基づいた関係者との議論や合意形成が重要ですが、緊急時に適切な対応ができるようになるためには、議論以外の工夫や取り組みも欠かせません。アクションチェックリストとポケットBCPをご紹介します。

まずは、分かりやすい文書作成の工夫として、有事のアクションチェックリストがあります。実際、精緻に文書を作成しても、緊急事態発生時にその文書を落ち着いて確認している余裕はありません。そのため対策本部や従業員がまずは何をすべきなのかをチェックリストで示すことで、何をすべきかが明確になり、抜け漏れなく対応することが可能です。

また、冒頭で初動対応計画においては、事象共通と事象別で分けて対策を整理することが重要とお伝えしましたが、アクションチェックリストはこうした整理を分かりやすく示すためにも有効です。

【事象別アクションチェックリストの例】

【事象別アクションチェックリストの例】

また、リスクに強い組織づくりにおいては、緊急時に従業員一人一人が必要な対応を理解し動ける状態が理想です。そのためには、緊急時の対応を周知・浸透させることが重要です。全従業員にポケットBCPを配布したり、訓練・演習の実施を通して組織としての対応力を向上させることが欠かせません。避難訓練だけでなく、その先の対応まで訓練することで、緊急時に適切な行動が取れるようになります。例えば、安否確認や情報収集、対策本部設置の流れを実際に体験することで、対応力の向上だけでなく、策定した初動対応計画の実効性検証にもつながります。

【ニュートン・コンサルティングのポケットBCP】

【ニュートン・コンサルティングのポケットBCP】

※ニュートン・コンサルティングではPDF版のBCPを各従業員の社用携帯に配布しております。

初動対応の計画策定におけるあるべき姿

初動対応計画を策定する上で、企業が果たすべき役割は、単なる書類作成にとどまりません。有事に迅速かつ的確な対応を実現するためには、計画策定のプロセスそのものが重要です。

初動対応計画の検討においては、対策本部メンバーを含む従業員が緊急時の対応について共通認識を持てていることが最も大切になります。この共通認識が、有事の混乱を最小限に抑える鍵となります。さらに、計画策定は、検討されていない項目や未決定事項を明確化するプロセスでもあります。情報伝達手段や意思決定フローなど、あいまいな点を具体化することで、初動対応計画の信頼性と実効性が向上します。最後に、計画策定は従業員に対して安心感を与える役割も果たします。具体的で実践的な初動対応計画があることで、「いざというときの準備が整っている」という意識が従業員全体に広がり、組織への信頼にもつながります。

このように、初動対応計画策定においては、緊急時の活動が言語化されるプロセスこそが重要です。さらに、せっかく作成した文書を風化させたり、担当者だけのものにしないためにも、継続的に見直しや訓練を実施することが、有事に機能する組織づくりの肝となります。