
南海トラフ地震発生時に観測される可能性がある異常な現象として半割れ、一部割れ、ゆっくりすべりがあります。
プレートの動き方によって、半分近くがずれ動くものを半割れ、一部がずれ動くものを一部割れ、プレート境界の断層が通常よりもゆっくりとすべる現象をゆっくりすべりといいます。
これらはいずれも大規模地震の発生可能性が高まったと判断する際の基準の一つになっており、想定される被害の大きさに応じてそれぞれ防災対応が求められます。
南海トラフで警戒される異常な現象
過去に南海トラフ沿いで起きた地震をみると、1944年に南海トラフの東側で昭和東南海地震が発生し、その約2年後に西側で昭和南海地震が発生した事例や、1854年に南海トラフの東側で大規模地震が発生した約32時間後に西側でも大規模地震が発生した事例が知られており、発生形態が多様だといえます。
このような南海トラフ地震の発生可能性が高まったとされる場合に備え、2019年に内閣府は「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン」を取りまとめました。
このガイドラインで、南海トラフ地震発生時に観測される可能性がある異常な現象として、半割れ、一部割れ、ゆっくりすべりが取り上げられており、これらは「南海トラフ地震臨時情報」発表の際の評価基準にもなっています。
南海トラフ沿いで起こる大規模地震は発生形態がさまざまで、確度の高い予測が難しいとされていますが、これらの現象を参考にすることで、予測精度の向上を目指します。
半割れ/一部割れ/ゆっくりすべりはどんな状態?
半割れは、南海トラフの想定震源域内の約半分がずれ動いて、プレート境界でマグニチュード8.0以上の地震が発生し、それに連動してもう半分の領域でも巨大地震が発生する可能性がある場合を指します。
一部割れは、南海トラフ想定震源域でプレートの一部がずれ動き、プレート境界でマグニチュード7.0以上8.0未満の地震が発生する場合、またはプレート境界以外や想定震源域の海溝軸外側50km程度までの範囲でマグニチュード7.0以上の地震が発生した場合を意味します。
ゆっくりすべりは、プレート境界の断層が同程度の地震と比べて時間をかけてゆっくりと動く特異現象です。通常の地震とは異なり、強い地震の波をほとんど出さないため地震計では捉えられませんが、ひずみ計等で有意な変化として観測されます。
発生した場合の被害想定
それぞれのケースで被害想定規模が異なります。一番甚大な被害を及ぼすのは半割れです。一部割れでは被害は限定的、ゆっくりすべりは大きな被害はないとされています。
半割れが起きた場合の被害想定は「半割れ(大規模地震)/被害甚大ケース」といわれ、被災地域では最大クラスの地震(マグニチュード9.0程度)が起きた場合と同程度の揺れ・津波となり、揺れの範囲は震源域を中心とした地域にとどまるものの、津波の被害は広範囲におよぶと予想されます。また、7日以内に隣接領域(※1)でマグニチュード7.8以上の大規模地震が発生する頻度が、通常(※2)の100倍以上と想定されています。
一部割れが起きた場合の被害想定は「一部割れ(前震可能性地震)/被害限定ケース」といい、震源付近では大きな揺れを感じ、一部の沿岸地域では避難が行われることが予想されます。また、7日以内にマグニチュード7.8以上の大規模地震が起きる頻度は通常の数倍程度で、半割れケースと比べて被害は小さいといえます。
ゆっくりすべりが発生した場合の被害想定は「ゆっくりすべり/被害なしケース」と呼ばれ、揺れや津波被害は発生しません。一方で、大規模地震発生の可能性が平常時と比べて相対的に高まっているという点、前例がなく学術的・社会的に関心を集めている点から、注目すべき現象として評価を受けています。
※1:最初の地震の震源から50km以上500km以内。
※2:30年以内に70~80%の発生可能性がある状況。これを7日以内に換算すると、約1000回に1回となる。これと、世界における後発地震の発生頻度を比較した場合。
それぞれのケースにおける防災対応
防災対応もそれぞれのケースで異なり、想定される被害の規模に応じて、緊急対応や住民・企業の活動維持、日頃の備えの再確認などが求められます。
半割れケースにおける防災対応の基本方針は「後発の大規模地震に備えて必要な防災対策を取りつつ、通常通りの社会活動を維持する」こととされました。
このケースでは、ライフラインや交通インフラが停止するなど甚大な被害が生じ、被災地域の人命救助活動等が一定期間継続することが予想されます。そのような状況の中で、後発地震に備える必要がある地域は、最初の地震に対する緊急対応を取ったのち、次の大規模地震に対して明らかにリスクが高い事項についてはそれを回避する防災対応を取り、社会全体としては地震に備えつつ、通常の活動をできるだけ維持することが求められています。
地域の暮らしを守ることや、被災地域への支援を行うという観点からも、住民の日常生活や企業活動等を著しく制限するようなことは望ましくないとされているためです。
一部割れケースにおける防災対応の基本方針は「住民や企業は、個々の状況に応じて、日頃からの地震への備えを再確認する等を中心とした防災対応を取る」こととされています。
半割れケースと比較して津波警報等が発表される範囲が狭く、ライフラインや交通インフラに大きな被害は発生しないとされているため、このような対応が望ましいとされました。
ゆっくりすべりケースにおける防災対応の基本方針は「住民や企業は、個々の状況に応じて、日頃からの地震への備えを再確認する等を中心とした防災対応を取りつつ、気象庁から発表される地震活動や地殻変動に関する情報に注意を払う」ことです。
ライフラインや交通インフラも通常通り活動を続けるため、日頃から地震への備えを再確認することがこのケースでの防災対策とされました。