2025年10月7日に開催された「Newton Risk Management and Cyber Security Forum2025」での対談の概要をご紹介します。グローバル成長企業が直面するERMの形骸化とそれによる企業成長の阻害。シスメックス様の「人」に着目したリスクカルチャー醸成事例と、これらの課題を解消し、ERMを企業成長を支える“攻め”のツールにするための具体的なアプローチを伺いました。
本イベントの幕開けを飾ったのは、シスメックス株式会社 岡田 紀子様と、取締役副社長兼プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介の対談です。グローバル企業として進化を続けるシスメックス社の事例を通じて、形式的な活動に終わらず、経営層と現場を巻き込むERMの本質を探りました。
ERMの基本:形式的活動からの脱却
勝俣:まずERMとは、一言で言えば「リスクマネジメントを通じて、企業の目的・目標を達成するためのツール」です。具体的には未然防止のための対応や事後対応、有事対応がありますが、ERMにおいては、こうした仕組みやプロセスの根幹となる「リスクカルチャー」が極めて重要だと考えています。しかし実際には、企業はERMに取り組んでいるにもかかわらず事故が絶えません。
特に大企業は、縦割り社会に陥りやすいだけでなく、ステークホルダーが増えるためミスコミュニケーションが発生しやすいことが、事故の原因の一つになっています。また、度重なる法規制の改正にキャッチアップしようとした結果、「ルールを守ること」がゴールになり、ERMの活動が形式的なものになってしまうのです。
こうした課題を抱えながらも、企業として本来目指すべき企業価値向上を実現しながら、ERMの高度化に取り組まれてきたシスメックス社。本対談では、同社がどのようにERMを発展させてきたのか、その具体的な取り組みを伺いました。
ERM体制の進化:グローバル成長企業としての転換点
岡田:シスメックスは「ヘルスケアの進化をデザインする。」をミッションに掲げ、臨床検査機器、検査用試薬やそれに関連するソフトウェアの開発・製造・販売/サービスを行うグローバル企業です。特にヘマトロジー分野ではグローバルシェアNo.1を獲得し、海外売上高比率が86.7%と非常に高いのが特徴です。
勝俣:2000年代前半はヘマトロジー分野での覇権獲得、その後はM&Aや新分野への参入をされてきたようですが、こうした企業の成長に伴って、リスクマネジメントはどのように変化させてきましたか?
岡田:以前は、2年に1回リスクアセスメントを実施するという一般的なリスクマネジメントを行っていました。転換点となったのは2020年度で、この年に内部統制室が社長直轄の組織として誕生したのです。この頃から、リスクアセスメントは毎年1回の実施に見直しをするなど、リスクマネジメント体制を強化してきました。
グローバルガバナンスの最適解:子会社の特性に応じた“手綱”の握り方
勝俣:ありがとうございます。海外売上高比率が高い御社では、グローバルガバナンスが重要だと思います。本社としてどのように手綱を握り、リスクマネジメントを行われているのでしょうか。
岡田:弊社のガバナンス体制は、内部統制委員会の下に、情報セキュリティ委員会やコンプライアンス委員会など9つの各種委員会が存在しています。海外は、欧州、米州、アジア太平洋、中国と大きく4つの地域に分類し、各地域で地域統括会社(RHQ)のもとにリスク管理責任者を立てて、リスクマネジメントを展開しています。
勝俣:RHQを活用して、日本本社から一元管理しようとする姿勢が伺えます。グローバルでは、地域特性や子会社の成熟度にばらつきがあるかと思いますが、そういった部分について理想と現実のギャップはいかがですか。
岡田:海外と一口に言っても、ヨーロッパはリスクマネジメントがかなり進んでいます。一方、新興国は会社の規模がまだ小さいことなどもあり、ステップバイステップでレベルアップしていく必要がある段階です。ですので、地域間でバランスをとるのに少し苦労することはありますね。
勝俣:そうした成熟度の差がある中で、本部として気を付けていることはありますか?
岡田:特に規模が小さい会社に対しては、本部から「あれをやりなさい」というような指示を強く言わないようにしています。どうしてもリスクマネジメントは説明や報告、計画の策定を求めることが多く“やらされている感”が出てしまいがちです。そうならないよう、地域の特性を考慮するようにしています。
リスクテイクを促すERM:経営層と現場をどう巻き込むか
勝俣:グローバル規模での手綱の握り方、参考になりました。改めて「企業成長」という話になりますが、企業の規模が大きいと経営層と現場の距離が離れてしまいますよね。そのあたりの距離感や巻き込み方についてはいかがでしょうか。
岡田:私が3年前に内部統制室長に就任した際、社長がリスクマネジメントに対して非常に理解がある人でした。「会社が成長するにはリスクテイクが必要だ」、「何かが起こったときの影響を最小限にする」という概念を大事にしていたので、リスクマネジメントの活動が推進しやすかったと感じています。
勝俣:その理解を深めるために、具体的にはどんなことをされましたか?
岡田:会長や社長、社外取締役も含め1対1での役員ヒアリングを実施したのがとても効果的で、普段の会議では中々出てこない話や意見まで聞き出すことができました。
勝俣:素晴らしい事例ですね。現場の巻き込みについてはいかがでしょうか。
岡田:事業部門の戦略策定にリスクマネジメント側から能動的に参画しました。例えば「あるひとつの事業のピボット(戦略転換)をする」という大きな戦略が動いていたので、リスクマネジメントの要素を活用してもらいたいと考え、一緒にワークショップを実施しました。
開発、生産、営業など多様なメンバーでディスカッションを行い意見を言語化したことで、部門間、メンバー間の「目標」が一つになったこと、つまり戦略の方向性が深く共有されたことが大きな成果だったと感じています。
おわりに:人が仕組みを動かす「リスクカルチャー」の目標
勝俣:シスメックス社のERMへの挑戦は、事業拡大や戦略転換などビジネスの成長に伴ってアップデートし続けていることがわかりました。
そしてやはり、企業の成長を支えるのは「リスクカルチャー」ではないかと考えています。仕組みやマニュアルを作るだけでなく、まず自分たちが醸成したいリスクカルチャーはどんなものか、それは社内に浸透しているか、実現させる仕組みはあるか、といったある種アナログな部分に目を向けて対策を打つ必要があるのではないでしょうか。
最後に、ERM推進における“鍵”を岡田さんからも改めてお聞かせください。
岡田:リスクマネジメントを推進していくうえで、各部門の皆さんの抱える悩みと、私たちリスク管理部門が抱える悩みは、案外共通するところが多いのかなと感じています。だからこそ、リスク管理部門を「何か困ったときに気軽に相談できる」ような組織にしたい。
また、若手社員も活躍している部門なので、そういったポイントも活かしながら、リスクマネジメント活動を企業価値向上に繋げられたら嬉しいです。
勝俣:本日は貴重なお話をありがとうございました。
