ISO9001:2015の目に見えない(本質的な)変化は何か
掲載:2015年11月04日
執筆者:エグゼクティブコンサルタント 英 嘉明
コラム
ISO9001(品質マネジメントシステム-要求事項)2015版が、2015年9月に正式に発行されました。ISO9001品質マネジメントシステム(以後QMS)に携わっておられる多くの方々は、次のような悩みを抱えていらっしゃるのではないでしょうか。
・2015年版と2008年版の違いがまだ漠然としている
・2015年版への対応を、どのように行うのがよいか
・2015年版対応について、トップマネジメントにどのように説明したらよいのか
こうした悩みが生まれるのは、「章構成が変わった」とか「用語が変わった」といった“目に見える(形式的な)変化”の裏に隠れた“目に見えない(本質的な)変化”があるからです。解決の一助として、ISO9001:2015年版の2008年版からの“目に見えない(本質的な)変化”について筆者の考えるところをご紹介します。 ちなみに、「規格改訂ISO9001:2015、14001:2015が組織に本当にもたらすもの」においてISO9001/14001 2015年版の意義やQMSの悩み解決のヒント等を説明していますので合わせてご覧ください。
“目に見える(形式的な)変化“は何か
他方、実質的に新しく追加された箇条があります(表1参照)。表1の初めの4項目はISOの共通化にともない追加された箇条で、後の5項目はQMSとしての重要性の観点からの追加された箇条です。
箇条 | 要求事項 | 要点 |
---|---|---|
4.1 | 組織及びその状況の理解 | 組織の目的・戦略的方向性とQMSに関連する社内外の課題の明確化 |
4.2 | 利害関係者のニーズ及び期待の理解 | QMSに密接に関連する利害関係者とその利害関係者の要求事項の明確化 |
4.3 | 品質マネジメントシステムの適用範囲の決定 | 4.1、4.2の検討結果及び製品・サービスを考慮した上での適用範囲の決定 |
6.1 | リスク及び機会への取組み | 4.1、4.2の検討結果を考慮した上で、QMS目的達成のために対応が必要とされるリスク及び機会の決定と取組み計画の策定 |
6.3 | 変更の計画 | QMSの変更が必要となった場合の計画策定 |
7.1.2 | 人々 | QMSとプロセスの運営・管理に必要な人々の明確化と提供 |
7.1.6 | 組織の知識 | プロセス運営と製品・サービスの適合に必要な知識の明確化と維持 |
8.5.5 | 引渡し後の活動 | 製造・サービスの引渡し後に要求される活動 |
8.5.6 | 変更の管理 | 製造・サービス提供の変更に関する、要求事項への継続的な適合の管理 |
逆に、2008年版にあった箇条で2015年版ではなくなった箇条があります(表2参照)。これらは、画一的な要求事項をできるだけ減らし、QMSの構築・運営・文書化は、各組織の実態に適したやり方で行うべき、という2015年版の考え方によるためです。
ISO9001: 2008年版 | 要点 | |
---|---|---|
箇条 | 要求事項 | |
1.2 | 適用 | 要求事項適用の“除外”に関する規定を廃止 |
4.2.2 | 品質マニュアル | “品質マニュアル”の作成要求を廃止 |
5.5.2 | 管理責任者 | “管理責任者”の任命要求を廃止 |
8.5.3 | 予防処置 | 2015年版は、6.1“リスク及び機会への取組み” の中で、広く防止・低減策を検討するので廃止 |
変化・その2)文書化要求の減少
目に見える変化の2つ目は、文書化の明確な要求が減ったことです。新旧の手順の文書化要求を比較すると、表3(※)に見られるように2015年版では大幅に減っていることがわかります。
文書化対象 | ISO9001:2008 | ISO9001:2015(DIS) |
---|---|---|
品質マニュアル | 明確な要求あり | 明確な要求なし |
文書管理手順 | 明確な要求あり | 明確な要求なし |
記録管理手順 | 明確な要求あり | 明確な要求なし |
内部監査手順 | 明確な要求あり | 明確な要求なし |
不適合製品管理手順 | 明確な要求あり | 明確な要求なし |
是正処置手順 | 明確な要求あり | 明確な要求なし |
予防処置手順 | 明確な要求あり | 明確な要求なし |
要求事項の記述の中で、実証、決定、考慮、あるいは満たすべき項目が増えています(図1の青色背景の箇条)。項目が増加した代表的な例としては表4の箇条があります。
箇条 | 要求事項 | 要点 |
---|---|---|
5.1 | リーダーシップ及びコミットメント | トッププマネジメントが実行すべき事項が増加 |
6.2 | 品質目標及びそれを達成するための計画策定 | 品質目標と達成計画において満たさなければならない事項が増加 |
7.2 | 力量 | 力量の証拠として文書化した情報を要求 |
8.3 | 製品及びサービスの設計・開発 | 設計・開発の計画にあたって考慮すべき事項が増加 |
8.4 | 外部から提供されるプロセス、製品及びサービスの管理 | 外部提供者に伝達すべき事項が増加 |
8.5 | 製造及びサービス提供 | 管理で考慮すべき事項が増加 |
9.1 | 監視、測定、分析及び評価 | 評価すべき事項が増加 |
9.3 | マネジメントレビュー | インプットとして考慮すべき事項が増加 |
10.1 | (改善)一般 | 改善の取組みとして含めるべき事項が増加 |
“目に見えない(本質的な)変化“は何か
“規格中心のQMS”から“組織経営中心のQMS”へ・・・これが“目に見えない(本質的な)変化”と言えるのではないでしょうか。ISO9001 QMSの基本的な狙いは、“顧客・法令等の要求事項を満たした製品・サービスの提供”及び“顧客満足の向上”であり、新旧版で変わることはありません。この前提の上に立ちつつも、2008年版は「規範的な規格要求事項を満たすQMS」を意図しているようにみえるのに対し、2015年版は「組織の目的・戦略の達成に役立つ、組織経営の一環としてのQMS」を意図していることがみてとれます。すなわち、ISO9001:2015は、組織の経営判断をより尊重し、支援する内容になった、と解釈することもできます。
ちなみに組織の経営判断をより尊重する内容になった・・・という点については、たとえば表5に挙げた規格要求事項の記述(太字部分参照)から見てとることができます。
箇条 | ISO9001:2015における記述 |
---|---|
序文0.1 | 品質マネジメントシステムの採用は、パフォーマンス全体を改善し、持続可能な発展への取組みのための安定した基盤を提供するのに役立ち得る、組織の戦略上の決定である。 |
序文0.1 | 組織は、この国際規格に基づいてQMSを実施することで、次のような便益を得る可能性がある。 a)・・ b)・・ c)組織の状況及び目標に関連したリスク及び機会に取り組む。 d)・・ |
序文0.1 | この国際規格は、次の事項の必要性を示すことを意図したものではない。 -様々なQMSの構造を画一化する。 -文書類をこの国際規格の箇条の構造と一致させる。 -この国際規格の特定の用語を組織内で使用する。 |
序文0.3 | 図2-PDCAサイクルを使った、この国際規格の構造の説明 (補足説明:“組織及びその状況”や“顧客要求事項”はQMS全体で考慮し、トップマネジメントは箇条6~10のPDCAすべてに積極的に関与) |
1 | (補足説明:規格要求事項の除外に関する記述が無い・・・特定の要求事項の適用を除外するかどうかは組織の判断、但し妥当性の説明責任がある) |
4.1 | 組織は、組織の目的及び戦略的な方向性に関連し、かつ、そのQMSの意図した結果を達成する組織の能力に影響を与える、外部及び内部の課題を明確にしなければならない。 |
5.1.1 | b) 品質マネジメントシステムに関する品質方針及び品質目標を確立し、それらが組織の状況及び戦略的な方向性と両立することを確実にする。 |
5.1.1 | c) 組織の事業プロセスへの品質マネジメントシステム要求事項の統合を確実にする。 |
5.3 | (補足説明:管理責任者の要求が無い・・・QMSに関する役割・責任・権限は全て組織が決定) |
7.5 | (補足説明:品質マニュアル作成の要求が無い・・・QMSの文書化は規格が要求するもの以外は組織が決定) |
私見ですが、このような改訂がなされた背景には、規格に振り回される組織が余りに多かったということが挙げられるでしょう。また、企業が戦う環境が大きく変わり、これまで以上に、企業の身軽さ、フレキシブルさ、そしてスピードが求められる世界になったという点もあるかと思います。
企業はこの変化に、どう対応すべきか?
以上みましたように、ISO9001:2015版は2008年版から本質的に変化し、組織の目的・戦略の実現や環境変化への迅速な対応を重視しています。このような観点からは、ISO9001:2015版への対応は、トップマネジメント及び関連する経営管理者が(今まで以上に)名実ともに当事者となり、組織全体の経営課題として推進することが必要といえます。具体的には、トップマネジメントを含めた関係者が従来の考えを一新し、想いを共有化し、現場・現物・現実を直視し、ISO9001要求事項を活用する、下記の活動が重要といえます。
① ISO9001:2015年版の“目に見える変化”と“目に見えない変化”を、トップマネジメント、QMS関係者で共通理解する。
② QMSの目的と現状課題点をトップマネジメント、QMS関係者で討議し、QMSの再構築(改善)の方針(案)を合意する
③ 現行QMSの問題点を洗い出す(監査結果、結果分析、関係者聴取等による)。
-ムリ、ムダがないか?
-規格ありきになっていないか?
-経営と現場の実態から遊離していない?
-決めたことが実行されているか?
-組織の目的やQMS目標が達成されているか?
-各種の変化に対応できているか?
④ 既存QMS文書(品質マニュアル、手順書等)で使っていないものは廃棄し、組織が現に使っている文書を取り上げる(経営計画書、目標管理シート、業務プロセスチャート、チェックリスト、記録用紙、等)。
⑤ 社内外課題分析、利害関係者分析を行い、QMSを取り巻く状況を明確にする。
⑥ トップマネジメント、QMS関係者で経営目的・目標及び戦略的方向性とQMSとの関連を討議する。
⑦ 以上の結果(手順、文書等)とISO9001:2015要求事項とのFit/Gap分析を行い、
トップマネジメント、関係者も参画した上で内容を最終決定する。
⑧ Gapに対して組織としての対応を決め、内容を策定する。
ISO9001:2015版への移行を、ISO9001認証維持のための単なる差分対応とするのではなく、“組織の目的及び戦略的方向性の実現に役立つQMS再構築”の絶好の機会とし、以上のような活動を行ってはいかがでしょうか。