リスク管理Naviリスクマネジメントの情報サイト

弾道ミサイルを想定した避難訓練 ―課題と考慮すべきこと―

掲載:2017年11月08日

コラム

北朝鮮は2011年12月に金正恩が指導者としての地位を引き継いで以降、弾道ミサイルや核兵器の開発をより加速させ、日本に対しても挑発的な言動を繰り返しています。

北朝鮮のこうした言動は東アジア全体の軍事的緊張を高めており、日本にとっても大きな脅威となっています。こうした地域情勢の中では他の災害に対する備えと同様に、弾道ミサイルの被害から従業員や来客者を守るための避難訓練や体制整備などの必要性が高まっています。

そこで本稿では自治体や企業・組織が弾道ミサイルを想定した避難訓練や避難の実施にあたり考慮すべき点を実際の避難訓練の事例から整理していきます。

         

政府・自治体による弾道ミサイルに対する訓練実施状況

北朝鮮による弾道ミサイル実験や核実験などの頻発を受け、日本政府は2017年4月21日に都道府県に対して、弾道ミサイルに対する避難訓練を実施するようにと呼びかけるとともに、同日に内閣官房が国民保護ポータルサイトにて「弾道ミサイル落下時の行動について」と題するQ&Aを掲載しました。


また3月には政府が関わるものとして初めて、秋田県の男鹿市で弾道ミサイル向けの住民避難訓練が実施されました。以降、すでに十数市町村が実施しており、政府は今後も各地で弾道ミサイルを想定した住民避難訓練を実施することを発表し、各地方自治体に対して弾道ミサイルを想定した住民避難訓練の実施を推奨しています。


政府はさらに、弾道ミサイルを想定した「国民保護事態」への対処を担う関係機関による図上訓練や実動訓練を行うとしています。

地方自治体における弾道ミサイルを想定した住民避難訓練事例:男鹿市

男鹿市での住民避難訓練は、秋田県沖に弾道ミサイルが落下するとの想定で実施されました。JアラートとEm-Net(エムネット:緊急情報ネットワークシステム)、そして男鹿市の行政無線登録制メールにより市民への通知がなされ、男鹿市内の北浦公民館と北陽小学校の2か所への住民が屋内避難を行う訓練です。この避難訓練には国民保護業務とEm-Netを所掌する内閣官房、Jアラートの整備を担う消防庁、実際の避難を担う秋田県と男鹿市が参加しました。

男鹿市の住民避難訓練参加者アンケート結果から見えてくる課題

課題1:行政無線の聞き取りやすさ

内閣官房がHP上で公開している男鹿市の避難訓練参加者アンケートの結果によれば、参加者の37%、視察者の57%が行政無線による放送内容が聞こえにくかったと答えています。

避難訓練を事前に知っていた人でも半数近くが聞こえにくいとすれば、事前の通知がない実際の緊急時には、より聞こえにくくなる可能性を考慮する必要があるでしょう。携帯電話を保有していれば各キャリアからの通知が行われますが、常に携帯電話を確認することができる状態にあるわけではないので、避難までの時間が限られている弾道ミサイルの落下からの避難を迅速に行うためには、市民への情報伝達方法のさらなる強化を検討しなければなりません。

屋内では行政無線を聞き取ることはより難しくなるため、各企業・組織は事業所の館内放送などで通知できるような仕組みを整えておく必要があるかもしれません。

課題2:短時間での迅速な避難

またアンケート回答者の80%以上が60代以上だったこともあり、素早い行動ができるか不安に感じているとの回答も散見されます。

弾道ミサイルの落下情報を得た場合、地下施設やコンクリート造の建物への避難が推奨されますが、病院や老人ホーム、保育園や幼稚園等では、避難者の介添えが必要となり数分以内に堅牢な施設への避難が難しい場合も想定されます。

その場合、窓ガラスから遠ざかり、爆発により生じるガラス片等が直接当たらない身近な退避先を検討したほうが安全性を確保できる可能性があります。弾道ミサイル落下までの行動は地震発生後とは異なり、広域避難場所への退避が必ずしも安全とは言い切れません。近隣の地下施設やコンクリート造の建物を調べ、Jアラート発信から退避までの時間を確認し、適切な行動は別の場所への避難なのか身近な屋内への退避なのかを確認しておく必要があります。

より迅速かつ適切な避難を可能にするためにも、各事業所等の単位で弾道ミサイルに対する避難訓練の実施が求められます。

課題3:国民保護サイレンの認知

国民保護サイレンの音とその意味について、事前に知っていた訓練参加者は62%でした。

国民保護サイレンを事前に聞いておき、サイレン以外の行政放送の内容が聞き取れなくても安全確保のための行動を取れるようにしておくと迅速な行動が取りやすくなるでしょう。

実際に放送される国民保護サイレンは以前の拙筆でも紹介しましたが、国民保護ポータルサイトで聞くことが出来るので、組織の危機管理担当者の方は避難訓練等の際にサンプル音を流しサイレン音の意味を説明しておきましょう。

民間企業による弾道ミサイルに対する避難訓練事例:松坂屋静岡店

松坂屋静岡店は6月22日に従業員が来店客に対して、弾道ミサイル着弾時の安全確保を想定し、避難訓練を実施しました。


百貨店のような多数の来客者を受け入れる組織に限らず、ほぼすべての企業・組織は、従業員のみならず来客/来訪者に対しても、弾道ミサイル着弾時にはフロア中央に集まるよう呼びかける等の対応が必要となります。各事業所の構造や付近にどういった建物があり、従業員や来客・来訪者の避難にどの程度の時間が必要なのか、避難先の収容能力はどの程度なのか等を、実働の避難訓練で検証するとより効果的となります。

弾道ミサイルを想定した避難訓練を実施する際に考慮すべきこと

弾道ミサイルという日本が過去に経験したことのない事象に対して、避難訓練をどのように取り組むのかは、危機感を煽らずに現実味を持って取り組んでもらうという二律背反の課題を考慮しなければなりません。そのためには、避難訓練の主催者や担当者が弾道ミサイルを使用した攻撃によって想定される被害について参加者に対して説明し、実際に取るべき行動を周知する必要があります。


また、弾道ミサイルを想定した避難は、発災後の避難や対応を前提とする地震とは異なり、Jアラート等による警報の発令から「着弾までの数分間」における各個々人の対応が重要となります。そして地震であれば駐車場や公園など屋外への避難も身を守るための有効な選択肢の一つになりますが、弾道ミサイルでは、建物内部での安全な場所への退避が必要となり、数日間以上に渡って外出そのものが危険な場合もあります。弾道ミサイルを想定した避難訓練は、地震などの天災との違いを検討した上で実施する必要があると言えるでしょう。

当社のWebサイトでは、サイト閲覧時の利便性やサイト運用および分析のため、Cookieを使用しています。こちらで同意をして閉じるか、Cookieを無効化せずに当サイトを継続してご利用いただくことにより、当社のプライバシーポリシーに同意いただいたものとみなされます。
同意して閉じる