2025年10月7日に開催された「Newton Risk Management and Cyber Security Forum2025」での対談の概要をご紹介します。積水化学工業様に学ぶ、ERM/BCMの高度化の実現。トップの明確な意思を起点にしたBCPの全社展開と、現場起点でスタートしたERM推進のプロセスとは。“挑戦”の企業文化をベースにERM/BCM活動を事業成長へと繋げる戦略についてお話いただきました。
はじめに:挑戦の精神が支えるERMとBCM
久野:本日は、積水化学工業株式会社の畑田さんとERM/BCMについて様々なお話を伺えればと思います。まずは、簡単に御社についてご紹介いただけますか。
畑田:積水化学グループは現在「住宅」、「環境・ライフライン」、「高機能プラスチックス」、「メディカル」の4つの領域で事業を展開しています。2030年までの長期ビジョンを「Vision 2030」として、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス)を経営戦略の中心に位置付け、事業を通じた社会課題解決とサステナブルな社会の実現へ寄与することを目指しています。欧州・北米・中国・東南アジアには地域統括会社を設置するなどグローバル展開のためのガバナンス体制も進めていて、国内外に広がる事業規模に沿った、グループ全体のリスク管理が重要課題となっています。
久野:ありがとうございます。今回「挑戦するリスクマネジメント」がテーマとなっていますが、御社にはどういった“挑戦”の文化があるのか教えてください。
畑田:まず社名の由来になりますが、「積水」は中国最古の兵法書「孫子」にある言葉からきていて、“企業活動の中で直面する課題を打ち破るには、問題の実情をよく知り、事前の十分な分析が大切である”という意味と捉えています。これは当社のリスクマネジメントとも合致する概念だと思っていて、事前に綿密な分析を行い、戦略をもってリスクテイクしていくという企業風土があると思っています。
また、当社は1947年の創業から再来年で80周年を迎えますが、これまでの新しい事業・製品を創出してきた過程を振り返ると、その時々の社会課題解決に向けたサービス提供が図れていたのだと感じました。これも当社の“挑戦”を表す取り組みの一つと捉えています。
全社BCP展開:グループ全体への浸透と定着
久野:挑戦的な企業文化がリスクマネジメント活動の根幹にもなっているのですね。では続いてBCP(事業継続計画)について、数多くあるグループ会社に対してどのように展開を進められてきましたか?
畑田:グループ展開のきっかけは、東日本大震災を経験し各拠点でBCP策定を始めたことでした。当時、BCPの策定は“任意”だったのですが、その背景としては、当社は事業が多岐にわたっており全社共通のBCPはあまり意味をなさないため、現場の意識を優先させたという意図があります。
そのような中、危機管理担当役員から全社でBCP強化をしっかりと行うこと、その際グループ全体に浸透する仕組みにすること、という明確な指示があったことが本格展開の契機となりました。
久野:BCPを全社的に推進せよ、という経営の明確な意思があったのですね。本格展開は2020年頃から始められたと伺っていますが、コロナ禍にも重なる困難な状況の中で、約150組織というグループ企業への展開をどう実現されましたか?
畑田:成功につながった要因は3つあると考えています。1つ目は、先ほども申し上げたようにトップの明確な意思が示されたこと。2つ目は、当初からBCMとして運用する仕組みを展開したこと。そして3つ目は、まさにコロナという環境です。
我々が各拠点を直接訪問したり集まったりすることが不可能な中、結果的にオンラインを活用して集合研修を実施できたのが効果的でした。加えて、最低限実施してほしいという項目を明確化したり、現場での訓練の運用方法などはガイドラインとして提供したりしました。
久野:その後、BCPに実効性を持たせる「定着化」のフェーズではどのような活動をされたのでしょうか。
畑田:全社展開をスタートさせたときから、定着を見据えて段階的にBCPを浸透させるようにしました。1年目はすべての該当する組織に対して文書化を進め、2年目は訓練を実施して課題を整理し、BCP文書の改訂を行うというBCM(事業継続マネジメント)のプロセスを実践してもらいました。その後は各組織でBCM推進責任者を任命し、PDCAサイクルを回してもらうことで、形骸化させない工夫ができたと思います。
ERMの高度化:ボトムアップからの戦略的融合
久野:ここまでBCM展開の戦略について詳しく伺いました。BCMで組織のレジリエンスを高める一方で、御社はERM(全社的リスクマネジメント)にも取り組んでおられます。ERMの活動は、どのように進められてきたのでしょうか。
畑田:当社のリスクマネジメント活動は、2011年にプロジェクトとして始まりました。まず、「スモールERM」として、各組織の中でリスクアセスメントから対応までをサイクルで行ってもらうボトムアップの活動を、当初は11組織からスタートさせました。この間にCSR委員会(当時)に加えリスクマネジメント委員会の新設を検討した経緯がありますが、当時の経営層に上手く訴求しきれず設置に至りませんでした。他方、組織別ERMは現在では約190の組織に拡大し、当社グループのリスクマネジメントの基盤となっています。
久野:現場の実行力を上手く取り入れているのですね。ERMの推進にあたっては、近年ではサステナビリティとの連携が不可欠となっています。御社では、ERMとサステナビリティの棲み分けや融合はどのようにされていますか?
畑田:環境・サステナビリティに取り組む部門とリスクマネジメント部門が同じ部署(ESG経営推進部)の中にあるにも関わらず、縦割りでコミュニケーションが円滑とは言い難い時期があったのですが、2024年の組織体制の刷新を機に相互の役割の理解が深まり、コミュニケーションが劇的に改善したと感じています。
それ以降、コミュニケーションの重要性を再認識し、サステナビリティとリスクマネジメントをいかにつなげていくか、「マテリアリティ(重要課題)」の考え方を用いて、リスクマネジメントについてもいかにトップを巻き込むかという点を強化しています。
久野:その先の高度化の取り組みとして、経営計画とERMを連動させる取り組みも行われているそうですね。
畑田:今(本フォーラム開催の10月時点)、まさに来年からスタートする中期計画策定のタイミングで、その方針骨子の中にリスクマネジメントの観点やERMの方針を織り込むべく昨年からタスクフォースで活動を始めました。
重要なのは、どういったプロセスであれば経営陣に理解してもらえるか、どうすれば経営に資するリスクマネジメントになるのかという点だと考えていて、カンパニープレジデントなど経営幹部層へのヒアリングを実施しながら、皆さんの意見が反映される仕組みを構築しているところです。
久野:具体的に何か工夫されている点はありますか?
畑田:ヒアリングにあたっては、担当者は「リスクだけを知りたいのではない」という姿勢で臨むようにし、あえて「機会を知りたい」という伝え方をしました。
そうすることで、経営層から「こういうことをしたい」というアイデアを引き出しやすく、単なるリスク報告で終わらせない、経営に資するリスクマネジメントを実現するための工夫になっているのではないかと思います。また、会議体での限られた時間の中では発言がしにくいことも考慮し、個別に話を聞く時間を設けたことも有効でした。
未来への挑戦:ERM/BCPを「一枚の絵」へ
久野:BCPとERMの高度化に向けて、実践的な工夫をされていることがわかりました。最後に、今後の取り組みについてお聞かせください。
畑田:まずは次期中期計画に向けて、全社的にERMの取り組みを推進し、事業を加速させるためのリスクマネジメントとして位置付けること、そして企業風土や環境作りを進めることに取り組んでいきます。
実際に今「リスク文化浸透の指標」となるようなものを作っている最中なので、そういった基準を参考にしながら、リスクマネジメント活動をグループ全体に定着・進化させていきたいですね。BCPとERM、組織別RMが個別の活動になってしまうのではなく、最終的には「一枚の絵」になるような統合された姿を目指していきます。
久野:BCPとERMが企業活動の中でシームレスに機能する理想的な形ですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
