ESGと企業価値:リスクマネジメントの視点から読み解く非財務情報の重要性
執筆者: | シニアコンサルタント 備酒 求 |
改訂者: | シニアコンサルタント 備酒 求 |

気候変動や人権問題、企業不祥事といった非財務リスクが企業活動に大きな影響を及ぼしています。2025年においても、フジテレビのコンプライアンス態勢の不備がスポンサー離れやレピュテーションの低下をもたらしていることからも明らかです。こうした背景から、ESG(環境・社会・ガバナンス)は、持続可能な経営の中核として注目を集めています。本稿では、ESGの基本概念とその特徴、最新の制度動向、機関投資家の動き、そして全社的リスクマネジメント(ERM)との関係について整理し、企業がなぜ今ESGに向き合うべきかをリスクマネジメントの視点から明らかにします。
ESGとは何か
ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字を取った概念です。もともとは、機関投資家による、企業の持続可能性や長期的価値を評価する非財務的な要素として活用されていたものですが、近年では企業経営にも、中長期的な企業価値向上に向けた施策検討に活用されています。
ESGの2つの特徴
ESGには、従来の企業評価の枠組みと比べて、以下の2点で特徴があります。
- 非財務的な観点から企業を評価する
- 中長期的な企業の価値を評価する
非財務的な観点から企業を評価
ESGは、株価や収益性といった財務指標だけでなく、環境負荷、人権、多様性、組織統治といった非財務情報の重要性を浮き彫りにします。これは、短期的な利益の追求に偏重した企業活動が招いたさまざまな社会・環境・ガバナンス上の問題を背景としています。
問題1:気候変動によるサプライチェーンへの影響
過去の経済成長は、エネルギーの過剰消費と温室効果ガスの大量排出を招きました。これが気候変動を助長し、異常気象や生態系の変化を引き起こし、結果的にサプライチェーンの寸断など企業活動に直接的なリスクをもたらしています(環境省, 2015)。
問題2:多様性の軽視による市場機会の損失
育児や介護といった事情を抱える労働者、特に女性や社会的弱者への配慮に欠ける雇用慣行は、長期的には企業の成長機会を損ねます。ダイバーシティとインクルージョンを促進することは、顧客基盤の拡大やブランド価値の向上につながります(CFA Institute, 2017)。
問題3:ガバナンスの脆弱性による不祥事
2008年のリーマン・ショックは、リーマン・ブラザーズ内部における短期利益重視の姿勢と、ガバナンスの欠如が要因の一つとされます。こうした不祥事は、経営の透明性や責任体制の強化が不可欠であることを示しています。
また2025年に明らかになったフジテレビにおける不祥事も、ガバナンスの脆弱性が企業価値を棄損した事例といえるでしょう。開示された第三者報告書では、フジテレビには人権意識の低い企業体質があり、結果として、組織的なリスク対応体制の不備を生み出していたとの指摘がなされています(※第三者委員会調査報告書、2025年3月31日)。これにより、レピュテーションが低下し、スポンサーの離反につながったという点において、企業価値の喪失につながったといえます。
中長期的視点からの企業価値向上
ESGに基づく取り組みは、企業のブランド価値の向上、評判リスク(レピュテーションリスク)の低減、ステークホルダーとの信頼関係の強化といった中長期的な効果が期待されるため、戦略的に実施されています。以下に、代表的な企業の実践例を示します。
【ESG活動の施策例】
要素 | 施策(実施企業) |
---|---|
環境 | サステナブルパッケージの導入(味の素、ユニ・チャーム)再生可能エネルギー導入(コニカミノルタ、富士フィルム)製品ライフサイクル全体でのCO₂削減(コニカミノルタ、パナソニック) |
社会 | サプライチェーン人権デューデリジェンス(キリン、EPSON)女性管理職比率向上に向けた取組み(オムロン、丸井グループ)働き方改革・健康経営の促進(オムロン、富士通) |
ガバナンス | 取締役会の実効性評価と開示(伊藤忠商事、トヨタ自動車)リスクマネジメント体制構築(伊藤忠商事、住友商事)内部通報制度の拡充(アスクル、東芝) |
出典:各社Webサイト・サステナビリティレポート2024年版よりニュートン・コンサルティング作成
ESGを取り巻く環境変化
政府・規制当局による推進
欧州では、2014年のEU非財務情報開示指令により、大企業にESG情報の開示が義務付けられました。英国の会社法では、戦略報告書に環境・社会・人権への取り組みを明記する必要があります。こうした制度動向の背景には、企業活動に対するアカウンタビリティの重要性が高まっていることが考えられます。企業は、財務情報だけでなく、持続可能性に関するリスクや機会についても透明性を持って説明することが求められています。
日本でも、スチュワードシップ・コード(2014年)とコーポレートガバナンス・コード(2015年)により、企業と投資家の双方にESG対応を促す動きが広がっています。これらの枠組みもまた、企業に対してアカウンタビリティを高めることを強く意識した設計となっています。
機関投資家の関与
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、PRI(責任投資原則)への署名を行い、ESG要素を投資判断に組み込む姿勢を明示しています。ESG指数の選定や、世界銀行との共同研究、上場企業へのアンケート調査などを通じ、ESGの普及と企業活動への定着を推進しています。
国際会計基準へのESGの取り込み
こうした動きを受け、世界的に、サステナビリティ関連の情報開示の機運が高まりました。2021年11月には、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が設立され、情報開示にESGやサステナビリティ関連情報を組み込む国際基準が策定されています。
2023年~ 反ESGの動き
一方、ESGの有効性に異を唱える「反ESG」の潮流も出てきています。実際、2023年5月には、アメリカのフロリダ州ではESGを投資判断に組み込まないように求める州法が成立し、その他の州でも同様の州法が成立しています。
こうした政治の状況を受け、民間企業や投資ファンドにおいても、ESGの活用や公表を一部見送る動きが出ています。
以上の背景には、アメリカをはじめとした政治の分断、ESGを厳格に適用しようとするグリーンウォッシュ規制の強化、ESGの投資パフォーマンスへの影響が疑問視されているなどの背景があります。
とはいえ、前述したGPIFは2025年度から2029年度までの5カ年中期計画でサステナビリティ投資方針を掲げ、ESGを重視する動きを示しているほか、経済産業省でもサステナビリティ情報開示を推進しており、ESGを推進する動きが根強くあるのは押さえておくべきポイントです。
ERM(全社的リスクマネジメント)への統合
COSOとWBCSDは2017年に『ESG関連リスクをERMに統合するためのガイダンス』を発表し、リスクマネジメントの枠組みにESGを組み込むことの重要性を説いています。これは、企業のリスクの多くがESG関連であったことが原因の一つです。
企業は今後、財務・非財務の両面からリスクと機会を評価し、ESGをERMに統合することで、レジリエンスと持続的成長力を高めることが期待されます。