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TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)

掲載:2024年08月29日

執筆者:チーフコンサルタント 梅林 澄人

用語集

気候変動の影響が世界的に懸念される中、企業の環境リスク管理と情報開示を促進する取り組みが加速しています。気候関連リスクに着目したTCFDに続いて発足した国際的イニシアチブであるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業に対して自然関連財務情報の適切な開示を促しています。TCFDが気候変動に着目しているのに対し、TNFDは自然資本や生物多様性までを幅広く対象として、企業活動の影響の分析・評価を推進します。

         

TNFDとは、持続可能な経済活動を促すことを目的に組成された国際的なイニシアチブで、世界中の金融機関、民間企業や国際機関によって構成されています。HSBC、BNPパリバ、AXAグループなどの主要な金融機関・企業や、国連環境計画(UNEP)、世界経済フォーラム(WEF)などの国際機関が参加しています。TNFDは、企業が自然環境に関わるリスクと機会を理解し、自然資本や生物多様性に対して適切な行動をとれるようにするための情報開示のフレームワークを提供しています。また、世界中の企業や投資家に賛同を求める活動を行なっています。

なぜTNFDが設立されたのか

気候関連リスクの情報開示の枠組みに焦点を当てたTCFD※が2017年に設立された後、国連開発計画(UNDP)などの国際的な協力を得て、より広い「自然環境関連リスク」に焦点を当てたTNFDが2021年に設立されました。「自然環境関連リスク」とは、企業が自然環境に関連する問題から影響を受ける可能性があるリスクを指します。例えば、気候変動による異常気象の頻発、生物多様性の喪失による生態系の崩壊、自然資源の枯渇による水不足などが挙げられます。こうした「自然環境関連リスク」に焦点が当てられるようになったのは、企業活動が気候変動や生物多様性の喪失といった自然関連リスクに影響を与える一方で、自然関連リスクが経済活動に直接的に影響を与える可能性があると考えられたからです。

TCFD:気候関連財務情報開示タスクフォースの略称であり、気候関連リスクと機会に関する財務情報の開示を促進するために設立された国際的なイニシアチブです。2015年に金融安定理事会(FSB)によって設立され、企業が気候変動の影響を評価し、投資家やその他のステークホルダーにその情報を開示するためのフレームワークを提供しています。

TNFDの開示提言(開示推奨事項)と追加ガイダンスについて

TNFDによる提言は主に次の2点を提示しています。

①企業が自然関連のリスクと機会に関する情報を開示するためのガイドライン(開示提言)

開示提言は、4つの柱に基づく14の開示推奨事項と6項目の一般要件を併せた情報開示を求めています。なお、4つの柱とは「ガバナンス」、「戦略」、「リスクとインパクトの管理」、「測定指標とターゲット」です。

  TNFDの開示提言
4つの柱 ガバナンス 戦略 リスクとインパクトの管理 測定指標とターゲット
14の開示推奨事項 A. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会に関する取締役会の監督について説明する A. 組織が特定した自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を短期、中期、長期ごとに説明する A(i) 直接操業における自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を特定し、評価し、優先順位付けするための組織のプロセスを説明する A. 組織が戦略およびリスク管理プロセスに沿って、マテリアルな自然関連リスクと機会を評価し、管理するために使用している測定指標を開示する
B. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会の評価と管理における経営者の役割について説明する B. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会が、組織のビジネスモデル、バリューチェーン、戦略、財務計画に与えたインパクト、および移行計画や分析について説明する。 A(ii) 上流と下流のバリューチェーンにおける自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を特定し、評価し、優先順位付けするための組織のプロセスを説明する B. 自然に対する依存とインパクトを評価し、管理するために組織が使用している測定指標を開示する
C. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会に対する組織の評価と対応において、先住民族、地域社会、影響を受けるステークホルダー、その他のステークホルダーに関する組織の人権方針とエンゲージメント活動、および取締役会と経営陣による監督について説明する C. 自然関連のリスクと機会に対する組織の戦略のレジリエンスについて、さまざまなシナリオを考慮して説明する。 B. 自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を管理するための組織のプロセスを説明する C. 組織が自然関連の依存、インパクト、リスクと機会を管理するために使用しているターゲットと目標、それらと照合した組織のパフォーマンスを記載する
D. 組織の直接操業において、および可能な場合は上流と下流のバリューチェーンにおいて、優先地域に関する基準を満たす資産および/または活動がある地域を開示する C. 自然関連リスクの特定、評価、管理のプロセスが、組織全体のリスク管理にどのように組み込まれているかについて説明する

6項目の一般要件とは下記で、4つの柱に基づく開示情報に一貫性を持たせるために、一般要件を適用することが求められています。

  1. マテリアリティの適用
  2. 開示のスコープ
  3. 自然関連課題がある地域
  4. 他のサステナビリティ関連の開示との統合
  5. 検討される対象期間
  6. 組織の自然関連課題の特定と評価における先住民族、地域社会と影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメント
②開示提言に向けての課題特定や指標等を記した「追加ガイダンス」

提言はさらに、組織の開示能力を高めるためには、自然関連課題の特定と評価の能力向上が必要であるとし、その支援として追加ガイダンスを提供しています。追加ガイダンスに定められた開示書の作成と公表は義務ではありません。現時点では、LEAPアプローチ、セクター別/バイオーム別ガイダンス、ターゲット設定、シナリオ分析、先住民族・地域社会・影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメントのガイダンス文書が提供されています。

例えば「LEAPアプローチ」は、企業がこれを採用することにより、開示提言に沿った形で、自然環境に与える影響を包括的に把握・評価し、それに基づく経営判断を行うことが可能となります。
「LEAPアプローチ」とはLocate、Evaluate、Assess、Prepareの4つのフェーズに沿って自然に関する問題を評価・管理するアプローチのことです。

Locate:
評価範囲のスコープ選定として、自社の活動の地理的な位置やそれと関連する自然との接点を特定する
Evaluate:
企業の自然に対する依存・影響を特定・評価する
Assess:
依存・影響に基づいて、企業におけるリスク・機会を特定・評価する
Prepare:
これらの情報について、戦略、リソース配分、目標設定といった対応や、開示について準備する

※TNFDは設立来、過去何回かにわたり提言をしてきており、最初にベータ版であるv0.1を公開し、その後v0.2、v0.3、v0.4を公開し、様々なテストや市場からのフィードバックを繰り返した後、2023年9月に最終提言(Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)を公表しました。

TCFDとの関係性

TNFDとTCFDは、補完関係にあるものです。TNFDは、TCFDの構造やガイドラインをモデルにしているため、企業はTCFDと同様の方法で自然関連リスクと機会を評価し報告することができます。TCFDとTNFDの開示提言は「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という同じ4つの柱で構成されており、TNFDの14の開示推奨事項のうち、11項目がTCFDと整合する内容となっています。
TCFDは主に気候関連リスクの機会に焦点を当てる一方、TNFDは「海洋」「淡水」「陸」「大気」と定義した自然領域を対象とし、気候変動に加えて生物多様性の喪失、水資源の枯渇などの問題を含みます。
2つの提言はそれぞれ異なる視点(気候関連リスクと自然関連リスク)から企業のリスク評価と情報開示を可能とし、相互補完的に持続可能な経営を支援するフレームワークを提供しているのです。

TNFDを巡る国内動向や今後の展望

TNFDを巡る国内の動向ですが、企業の取り組みとしても制度的にも、情報開示に向けた積極的な動きが見て取れます。
現在、多くの企業がTNFDへの賛同を示し、また、TNFDのガイドラインに基づく情報開示を始めています。具体的には、キリンホールディングス、三井住友フィナンシャルグループといった大手企業が続々とTNFDによる情報開示をしています。例えば、キリンホールディングスは自社の取り組みとして、自社商品の茶葉生産地であるスリランカの農園を対象にLEAPアプローチを実施し、詳細結果を開示しています。
また、制度的な側面では、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)による日本版のサステナビリティ開示基準(JSS)の作成に向けた動きがあります。JSSは国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の提唱するグローバル・ベースラインをベースに、2024年3月に公開草案を発表しました。グローバル・ベースラインにはTCFDが含まれており、今後TNFDも追加される可能性があります。公開草案は適用対象企業を定めていませんが、プライム上場企業への適用が想定されます。
こうした動向を踏まえますと、いますでに東京証券取引所の「プライム市場」に上場する企業がTCFD提言に沿った情報開示が求められていますが、TNFDも情報開示が求められるようになっていく可能性が十分に考えられます。そして上場企業の情報開示が進めば、その取引先企業も必然的に同じような取り組みが必要になってきます。企業としては早い段階からTNFDについての研究を進め、自社のサステナビリティ活動への取り込みの検討していくことが肝要です。

参考文献
  • TNFD)TNFDの提言
  • 環境省)TNFD v1.0の概要紹介
  • 環境省)ネイチャーポジティブ経済に関する国内外の動向
  • 環境省)TNFD開示提言の解説
  • キリンホールディングス)環境報告書2023、環境報告書2024
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