阪神・淡路大震災から30年、企業BCPの「浸透」と「定着」を本気で解決する方法とは
掲載:2024年12月26日
執筆者:エグゼクティブコンサルタント 久野 陽一郎
コラム

2025年1月17日は、阪神・淡路大震災から30年の節目です。1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の直下型地震が発生し、神戸市、芦屋市、西宮市の一部で震度7を観測、東北や九州地方でも揺れが感じられるなど、その影響は広範囲に及びました。この震災は、日本の法令や制度に大きな変化をもたらし、災害対策基本法の改正や防災基本計画の見直しを促すきっかけとなりました。 災害大国である日本においては、国・地方をあげての震災対策への取組が促進され、その後、2001年に起きた9.11テロなどの影響もあり、その対策はBCPへと高度化していきます。30年を経た今、重要性はさらに高まり、企業における策定率は向上しています。 一方で、BCPは作ったけれども、活動に落とし込まれておらず、危機に直面した際に、本当に動けるかどうかは不安であるという企業も少なくありません。本稿では、そのような課題を解決し、危機発生時にしっかりと機能するBCP策定の方法とポイントについて解説します。
阪神・淡路大震災で浮き彫りとなった課題
阪神・淡路大震災は、死者・行方不明者6,436名、負傷者43,700名あまりという甚大な被害をもたらしました。震災は早朝に発生し、多くの人々が朝の支度や就寝中であったため、死因の多くは家屋の倒壊や家具の転倒などによる圧迫死が占めていました。当時は木造住宅密集地域も多く、7,000棟以上が焼失する大規模火災も発生しました。
これらの被害は、発災後の行政や国全体の初動対応の遅れ、被害の確定情報を迅速に収集できなかったことにより拡大したとも言われています。震災の全容が明らかになるまでにかなりの時間を要しました。この経験は、災害対応の重要性と、迅速な情報収集の必要性を痛感させました。
阪神・淡路大震災をきっかけに改正した法令や制度
阪神・淡路大震災後、防災態勢全般の見直しの必要性が強調され、災害対策基本法が大幅に改正されました。さらに、日本の災害対策の根幹である「防災基本計画」は、1963年の策定から約20年ぶりに全面修正されました。
阪神・淡路大震災後の動き | 詳細(一部抜粋) |
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災害対策基本法の改正 |
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防災基本計画の修正(災害対策基本法に基づいた国家計画) |
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地域防災計画の修正(災害対策基本法に基づいた地方公共団体の計画) |
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震度観測の変更 |
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震度階級の修正 |
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※内閣府「防災基本計画」、気象庁「『阪神・淡路大震災』特設サイト」を基にニュートンコンサルティングが作成
他にも、社会インフラの脆弱性が浮き彫りとなりました。1週間以上にわたる停電により、ガソリン給油所の機能が停止し、消防活動や人命救助、災害復旧にあたる消防車、救急車、警察車両などの緊急車両が十分に対応できず遅れが生じました。これを解決するために「災害対応型給油所普及事業」が始まり、災害対応型給油所が全国で整備されるようになりました。医療面では、病院・診療所の被災や医療物資提供の滞りにより、多くの被災者が十分な医療を受けられない状態でした。「防ぎえた災害死」の問題がきっかけとなり、DMAT(災害派遣医療チーム)の発足にもつながっています。
数字から見る、企業におけるBCPの浸透
前述のとおり、阪神・淡路大震災からの学びにより、国・自治体の防災体制が全面的に見直されました。その後、インフラや体制の整備が進み、防災対策の担い手として企業防災の概念が導入されていきます。具体的には、2005年の防災基本計画の改訂により企業防災の促進がうたわれるようになり、BCPの策定が推進されるようになりました。内閣府が発表した「事業継続ガイドライン」の初版が2005年に公表され、BCPの策定状況を把握するための調査が「企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」として2007年より開始されました。
BCPの策定は、ここ20年ほどで多くの企業が取り組むようになり、2024年に公表された「令和5年 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」では以下のような結果が報告されています。
- ● BCPの策定状況
- 「策定済み」と回答した大企業は76.4%、中堅企業は45.5%となりました。調査開始時の2007年には大企業で18.9%、中堅企業で12.4%だったことと比較して、約20年で大企業は57.5ポイント、中堅企業は33.1ポイント増となりました。ただし、策定率は業種により偏りが見られます。
- ● BCPの見直し
- 「毎年必ず見直している」もしくは「毎年ではないが定期的に見直している」割合は、大企業は76.6%、中堅企業は62.5%でした。特に、鉱業、建設業、金融・保険業、医療・福祉業などの業種では、8割を超える企業がBCPを定期的に見直しており、その他業種でも6割程度が見直しを図っていると回答しています。
- ● 従業員への浸透と実効性
- リスクが発生したときの対応を従業員に浸透させ、実効性を高めるための取り組みを「実施している」と回答した大企業は81.7%、中堅企業は61.3%でした。特に、建設業や金融・保険業、電気・ガス・熱供給業・水道業においては7割以上、多くの業種で5~6割が従業員への浸透を進めています。
BCPの策定状況や見直し、実効性に関する回答結果から、約20年の期間を経て、現在では多くの企業がBCPに対し何らかの取り組みを実施していることがうかがえます。
未来に備える、企業BCPの課題と具体的なアクションとは
阪神・淡路大震災以降も、2004年には新潟県中越地震、2011年には東日本大震災、そして、2024年1月1日には能登半島地震が発生しました。数年から数十年に一度、大震災と呼ばれる地震が発生する日本において、企業はBCPを強化し続ける必要があると言えます。では、私たちはどのようにBCPを強化し、未来に備えるべきでしょうか。
企業BCPの課題と原因
「令和5年 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」では、「リスク対応を実施していく上での課題は何か」との問いに対し、以下の結果となりました。

図1:企業規模別「リスクへの対応を実施していく上での課題について」の結果
※内閣府「令和5年企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査 政策統括官(防災担当)付 防災計画担当参事官室」を基にニュートンコンサルティングが作成
大企業、中堅企業ともに、「自社従業員への取組の浸透」や「取組時間・人員の確保」を課題として挙げていることが分かります。なぜ、こうした課題が生じてしまうのでしょうか。それは以下の3つが主な原因だと考えられます。
- ● 意識の欠如
- 災害発生直後は危機意識がありますが、数年後には風化してしまいます。加えて、経営層のBCPへの関与が希薄であることが、会社全体の姿勢にも表れていると推察します。
- ● 業務過多
- 危機対応が大事だと頭ではわかっていても、日々の業務が忙しく、BCP活動に時間を割くことができない。そして、各現場では“やらされ感”が募り、後ろ向きの活動になってしまいます。
- ● 事務局だけがBCP活動を推進している
- 部門や拠点が多い企業では、事務局だけの活動では会社全体に行き渡らせることができず、危機対応能力の底上げが難しくなってしまいます。
実効力のあるBCPであり続けるために重要なポイント
i. 未来のリスクに備える視点
大規模な地震は日本のいたるところで発生する可能性があります。さらに、台風や線状降水帯など風水害は毎年発生し、地政学リスクによるサプライチェーンへの影響など、考えるべきことは多様化しています。
多くの企業はBCPを整備していますが、危機が多様化する現代においては、事象ごとに整備したBCPではキリがなく、再現性にも限界があります。そのため、事象共通の危機管理体制、そして経営資源(リソース)ごとに代替・復旧策を整備したオールハザード型BCPに高度化していく事が求められます。
ii. 継続的な改善
先に示した内閣府の「令和5年 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」の結果からも、多くの企業がBCPの見直しを継続的に行っていることがわかります。実際に見直しを行う際に留意すべきポイントとしては、下記4点が挙げられます。
- BCPの体制が最新の組織と整合しているか
- 演習・訓練により抽出された課題が改善されているか
- 自社が直面した過去のインシデントや危機対応の反省を反映したBCPになっているか
- 他社の危機事例を踏まえて、自社のBCPを改善しているか
演習・訓練からの気づきや他社事例からの学びを、自社のBCP改善につなげていくことが、実効性の向上に大きく寄与します。
iii. DXを活用したBCPの充実化
阪神淡路大震災から30年が経過し、災害対応においてもテクノロジーの活用が促進されています。たとえば、危機情報提供サービスやハザードマップ、ドローンによる地形データの活用が進んでいます。これにより、災害発生時に迅速かつ正確に被災状況を把握し、適切な対応を取ることが可能になります。また、安否確認システムや通信手段の多様化、ウェブ会議ツールの活用などにより、社員や拠点の安全確保と情報共有が効率化されています。
iiii. 企業がとるべき具体的なアクションとは
全社的な意識改革とリスクカルチャーの醸成
意識改革に最も必要なことは、経営者から基本方針を打ち出すことです。「災害時に守るべきものは何か」、「災害時に優先する事業・サービスは何か」を明確にすることで、社員は迷わず行動ができるようになります。

好事例として、ある企業では毎年、BCP推進事務局がトップインタビューと称して社長にインタビューを行い、災害を含む危機対応の考えを確認し、全社へ周知する取り組みを行っています。
トップインタビューに加えて、経営者が訓練へ参加し、災害時の意思決定の経験値を高め、訓練で抽出された課題への対応方針を打ち出すことで、今後の改善に向けた流れを作ります。
こうしたトップの旗振り役としての姿勢は、単なる方針表明を超え、全社的なリスクカルチャーの醸成を加速させます。
災害時に動ける組織になるためには、トップダウンだけでなく、ボトムアップも重要です。企業全体の危機対応能力の底上げにつながる2つの例を紹介します。
- ● 事業部門によるBCP訓練の実施
- 緊急対策本部の訓練は毎年実施されていると思いますが、各部門が訓練を実施するのは、なかなかハードルが高いという声を聞きます。しかし、ある企業では、BCP推進事務局が複数の訓練シナリオとファシリテーター用の訓練進行ガイドを用意しており、自力で訓練の企画・運営をするためのツールを提供することで、各部門での訓練が実現されています。
- ● 全社員を対象とした教育・訓練の実施
- 在宅勤務が浸透している現代においては、避難訓練だけでなく、家庭の防災についても意識を高める必要があります。ある企業では、全社員が自社の災害対応ルールと家庭の防災などを理解するためのEラーニング、アンケート、そしてウェブ形式での簡易訓練を実施しています。このような取り組みは、社員のリスク対応力を高めるとともに、全社的なリスクカルチャーの定着に寄与します。
形骸化させないBCP改善の手法
災害時にBCPが機能するかどうかは、訓練を実施しているかどうかにかかっています。危機が複雑化する現代においては、下記の観点で多様なシナリオを取り入れることが重要です。
- 自然災害:地震、風水害、噴火など
- 事故:火災、爆発事故
- 感染症:新興感染症の発生
- システム停止:サイバー攻撃、大規模システム障害
- 地政学:テロ、暴動、戦争、紛争、輸出入規制
また訓練が一過性のもので終わらないよう、中期的な訓練計画を立てることも重要です。経営者から現場の社員までが一体となり、継続的に訓練を実施することで、組織全体のリスク対応力を向上させる仕組みを構築する必要があります。
特に、支社支店、工場、店舗など、事務局だけでは推進が難しい現場や、業務過多などのため訓練に十分な時間を割くことができていない環境においては、訓練運用の負荷を軽減する方法が鍵となります。そこで、各拠点で活用できる訓練ツールを導入する、あるいはその検討を行うことで、現場レベルでの実効性確保と、通常の業務と並行しながら訓練を実施することが可能になります。このようなツールは、訓練実施負担を軽減しながらも継続的な訓練を推進する上で有効な手段となるでしょう。

まとめ:あなたの企業のBCPは、“今”と“未来”を守れるものになっていますか?
危機発生時に動けるかどうかは、平時の活動にかかっています。とりわけ、さまざまな組織階層で、異なるシナリオの訓練を繰り返し行うことが重要です。
危機発生時には、訓練で行った以上のことはできません。
そのためには、経営者が方針を打ち出し、現場が自分事として取り組み、活動の火を燃やし続けるしかないのです。災害発生後に一過性のブームとしてBCPの見直しや訓練を実施するのではなく、息の長い活動として、BCPを推進していただくことを願っています。