【解説】検疫感染症とは?対象となる感染症・検疫所や政府の水際対策・企業の対応ポイント
| 執筆者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
| 改訂者: | ニュートン・コンサルティング 編集部 |
新型コロナウイルスの世界的なパンデミックを経て、企業の感染症対策への関心は一時的に高まりましたが、現在では薄れつつあります。再び発生し得るパンデミックに備えるため、本記事では、検疫感染症の定義や対象となる感染症、検疫所や政府の水際対策を整理し、企業が備えるべき感染症対策についてわかりやすく解説します。
1.検疫感染症とは
「検疫感染症」とは、国内に常在しない病原体の侵入を防止するとともに、船舶や航空機において感染症の予防に必要な措置を講じることを目的として、検疫法に基づき指定される感染症のことです。
検疫感染症は、検疫法において下記のように定義されています。
検疫感染症とは、感染症法に規定する一類感染症・新型インフルエンザ等感染症のほか、国内に常在しない感染症のうち、その病原体が国内に侵入することを防止するため、その病原体の有無に関する検査が必要なものとして政令で定めるもの
※e-Gov「検疫法(昭和二十六年法律第二百一号)第2条」
これまでに、エボラ出血熱、新型インフルエンザ等感染症、デング熱などが検疫感染症に指定されており、これらに感染している疑いがある入国者に対して、空港や港湾などの「水際」で、検査や隔離、健康監視などの措置が講じられています。
このような危険性の高い感染症について、国内への侵入防止を目的としているのが「検疫法」です。これに対し、国内での発生予防やまん延防止を目的としたものが「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)」です。
検疫法が「海外からの病原体の持ち込みを防ぐ」役割を担うのに対し、感染症法は「国内での感染拡大を防ぐ」役割を担います。病原体が国内に入り込んだ場合は、速やかに感染症法による対策が講じられます。
対象となる感染症(疾病)については、検疫法に基づき指定される「検疫感染症」や、感染症法に基づき指定される「指定感染症」として、政令で定められます。このように、検疫法と感染症法は連動して機能することで、日本の公衆衛生を支えています。
図1は、パンデミックが発生した際に、検疫法と感染症法がどのように連動して機能してきたかについて、両法の改正履歴とともに整理したものです。
図1:感染症法・検疫法の改正履歴と過去の主なパンデミック
過去のパンデミック(SARS、COVID-19など)においても、両法は連動して改正されたケースがあります。例えば、2019年に中国の武漢で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関しては、2020年に感染症法と検疫法が同時に改正されました。この法改正により、「検疫感染症」の政令での指定において、規定の準用措置を1年間延長することを可能とする内容に改められ、長期間にわたる対応が可能となりました。
国際的に脅威となる感染症については、世界保健機関(WHO)が中心となり、感染拡大を防止するための国際的な取り組みが進められています。日本も国際機関との協力を通じて、上記のような感染拡大防止のための対策を行っています。
2.検疫の対象となる感染症とは
検疫対象となる感染症の種類は、検疫法および感染症法に基づき定められています。現在(2026年2月1日時点)、検疫の対象に指定されている感染症は以下の通りです。
【表1】検疫感染症として指定されている感染症一覧(検疫法第2条・感染症法に基づく)
| 感染症法に基づく分類 | 感染症名 |
|---|---|
| 一類感染症 | エボラ出血熱、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう(天然痘)、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病 |
| 新型インフルエンザ等感染症 | 新型インフルエンザ、再興型インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症(※)、再興型コロナウイルス感染症(※) ※2023年5月8日より五類感染症へ移行 |
| 二類感染症 | 中東呼吸器症候群(MERS)、鳥インフルエンザ(H5N1・H7N9) |
| 四類感染症 | チクングニア熱、ジカウイルス感染症、マラリア、デング熱 |
e-Gov「検疫法」「厚生労働省検疫所 FORTH」を基にニュートン・コンサルティングが作成
検疫感染症には、極めて致死率の高いウイルス性出血熱や蚊が媒介する感染症、新型インフルエンザまで幅広く含まれています。具体的には、病状が重篤であり、国民の生命や健康に極めて重大な影響を与える「一類感染症」や、新たに人から人へ伝染する高い感染力を持ち、国民が免疫を獲得していないため全国的かつ急速なまん延により生命や健康に重大な影響をもたらすおそれがある「新型インフルエンザ等感染症」などが該当します。
感染症法では、感染力や重篤性などにより一類から五類感染症に分類されています。この中でも極めて危険性の高い感染症が一類感染症です。検疫感染症には、一類感染症に分類されている全ての感染症が指定されています。
このうち、ウイルス性出血熱であるマールブルグ病については、2025年11月にエチオピアでの発生が報告されています。また、2025年はこのほかにも、蚊が媒介する感染症の一つ、チクングニア熱による世界的な流行が発生しました。
一方で、検疫感染症に指定された感染症であっても、感染症の流行状況や科学的知見の蓄積により、指定の見直しが行われることもあります。その代表例が新型コロナウイルス(COVID-19)です。
COVID-19は流行当初、「指定感染症」および「検疫感染症」として検疫対象となりましたが、2023年5月8日に「五類感染症」へ移行したことに伴い、検疫措置の対象外となりました。現在は「入国時感染症ゲノムサーベイランス」という枠組みの中で、新たな変異株や感染症の流入を監視する体制へと移行しています。
3.検疫感染症の水際対策とは
水際対策とは、国内に常在しない感染症の病原体が、船舶や航空機を介して国内へ侵入することを防止するための感染症対策です。
海外と日本を往来する人々の増加に伴い、国内には存在しない病原体が海外から持ち込まれるリスクが高まっています。ひとたび国内で感染が拡大すれば、国民の命や健康が脅かされるだけでなく、社会経済にも甚大な被害をもたらしかねません。こうした事態を未然に防ぐために、水際対策は重要な役割を果たしています。
世界保健機関(WHO)による急速にまん延するおそれのある新たな感染症発生の公表や、海外で新型インフルエンザなどが発生した場合は、内閣総理大臣および全ての国務大臣により、政府対策本部が設置されます。関係省庁は、政府対策本部で決定された基本対処方針に基づき、水際対策を行います。
水際対策は、政府および関係省庁や検疫所などの各機関が連携し、準備期・初動期・対応期の3つのフェーズに分けて実施されます。以下の図2は、検疫所、政府、外務省それぞれが実施する水際対策をまとめたものです。
図2:検疫感染症対応における主な水際対策(検疫所・政府・外務省)
平時の「準備期」には、関係機関の体制整備や薬の備蓄、システムの整備などが進められます。海外で新型インフルエンザなどが発生した「初動期」には、直ちに政府対策本部が設置され、検疫措置の強化、感染症危険情報の発出、船舶や航空機の運航制限要請などの初動対策が講じられます。さらに、国内外の感染状況が変化する「対応期」には、ウイルスの特性や社会経済活動に与える影響などを考慮しながら、対策の強化、あるいは縮小・中止といった見直しが行われます。
水際対策の最前線を担うのが、全国の海港や空港に設置されている検疫所です。検疫所では、入国者に対して発熱などの症状や滞在歴を確認し、検疫感染症に感染している疑いがある場合には、検疫法に基づき、検査をはじめ停留や隔離、健康監視などの検疫措置を実施します。
一方、外務省は、諸外国と緊密に連携し、新たな感染症の発生情報の収集に努めるほか、感染症危険情報を通じて適切な渡航判断を促すなど、出国予定者・在外邦人へ情報提供や注意喚起を行う役割を担います。その際、民間航空機の増便や在外邦人の輸送などを各省庁と連携しながら実施します。
危険性の高い感染症が国内外で感染拡大した場合、企業の経済活動にも影響を及ぼす可能性があります。そのため、政府が講じる各フェーズの対策や入出国制限の動向を平時から注視し、海外出張の制限や駐在員の安全確保など、政府の水際対策にどのように備えるべきか、検討しておくことが重要です。
4.企業における感染症対策とは
企業における感染症対策は、公衆衛生上の課題にとどまらないため、注意が必要です。特にグローバルに事業を展開する企業にとって、パンデミック発生時の水際対策に伴う入国制限や検疫措置の強化は、物流の停滞やサプライチェーンの断絶をもたらすため、事業継続計画(BCP)において想定すべきリスクシナリオの一つといえます。
検疫措置が強化された場合、具体的には以下のような事態が想定されます。
- ● 海外渡航制限による要員不足リスク
- 停留措置や健康監視の強化により、海外出張から帰国した従業員が一定期間出社できなくなるなど、要員不足が発生するリスクがあります。渡航制限や査証の発給・効力停止などにより、海外拠点との人的交流が遮断される可能性についても考慮が必要です。
- ● 物流・サプライチェーンの停滞
- 船舶や航空機の検疫・衛生検査が厳格化されることで、輸出入貨物の通関手続きに大幅な遅延が生じます。これにより、原材料の調達困難に伴う生産ラインの停止や、納期遅延といった事業継続上の重大な支障を招くおそれがあります。
- ● 「入国時感染症ゲノムサーベイランス」への対応
- 海外から流入する感染症を把握するため、主要5空港(成田、羽田、中部、関西、福岡)で発熱や咳などの有症状者を対象に検体採取が実施されています。検体採取は、2026年2月時点では「任意」とされていますが、企業としては従業員が対象となった場合の報告ルールや、陽性時の自宅待機判断など、あらかじめ初動対応を定めておくことが肝要です。
これらのリスクに備えるため、企業のBCP担当者には、以下の4点を軸に対策を具体化し、有事に迅速に対応できる体制構築が求められます。政府の方針に即応できるよう、フェーズの進展に合わせて「出張制限」や「テレワークへの切り替え」などの対策レベルを段階的に引き上げるタイムラインを事前に策定しておくことが、BCPの実効性を高める鍵となります。
- ① 社内ルールと健康管理・報告体制の整備
- 海外出張者や帰国者のみならず、平時から全従業員が自身の健康状態を迅速に報告・共有できるデジタル基盤を整えます。さらに、検疫感染症の疑いがある場合や濃厚接触者となった際の出勤停止基準を明確にします。これは安全配慮義務の履行であり、職場内感染による事業停止リスクを防ぐための有効な手段となります。
- ② BCPとの連動
- 検疫感染症の水際対策におけるフェーズごとの意思決定フローや重要業務の継続計画を定めたBCPを策定します。検疫による停留や外出自粛要請下でも機能を維持できるよう、テレワーク環境と業務プロセスのデジタル化を「平時の標準」として維持します。
- ③ サプライチェーンのリスク管理
- 特定の国や地域における検疫強化(ロックダウンなど)に伴う物流遮断を想定し、代替調達ルートの確保や在庫戦略の見直しを、BCPの一環として進めます。
- ④ CSR/ESGとしての感染症対策
- 感染症への備えは、CSR(企業の社会的責任)やESGの観点からも重要な経営課題となっています。従業員の生命と健康を守るガバナンス体制を構築し、社会全体の公衆衛生に寄与することは、企業のレジリエンスを示す重要な指標となり、中長期的な企業価値の向上に貢献します。
感染症対策の意思決定にあたっては、内閣感染症危機管理統括庁や厚生労働省、外務省などの公的機関が発信する最新の一次情報を把握し、活用することが重要です。そこで、リスク管理担当者が日常的に確認しておきたいポータルサイトを以下にまとめました。
- 厚生労働省検疫所 FORTH:世界の感染症発生状況と最新の流行情報の把握
- 外務省 海外安全ホームページ:国・地域別の渡航制限や、感染症危険情報の確認
- 内閣感染症危機管理統括庁:感染症の正しい理解と、政府の危機管理に関する最新動向の把握
世界的な大流行を引き起こした新型コロナウイルス感染症の経験から得た教訓を風化させることなく、平時から検疫感染症という動的なリスクを経営課題として捉え、組織的な備えを継続することこそが、次なる感染症危機を乗り越えるための強固な基盤となります。公的機関が発信する最新の動向を常に注視し、変化する状況に合わせて柔軟に対応策をアップデートし続けることが、これからの企業に求められています。