検疫感染症
掲載:2020年08月13日
改訂:2023年10月24日
改訂者:ニュートン・コンサルティング 編集部
用語集
海外で発生した伝染病が日本に上陸するのを阻止するために、検疫所では特定の感染症に対して監視しています。具体的には、感染の有無を判定するための検査や、陽性者を感染症指定医療機関へ搬送し隔離するなどの検疫措置をとっています。こうした検疫業務において監視対象となる感染症を「検疫感染症」と呼びます。検疫感染症は検疫法に基づく運用であり、同法第2条において監視対象とする感染症が指定されています。
検疫感染症の定義
検疫法は、日本国外で発生した伝染病の国内上陸を阻止する水際対策のために制定された法律です。そのため、検疫感染症に指定されているのは海外で発生した感染症であり、 エボラ出血熱やペスト、ラッサ熱、中東呼吸器症候群(MARS)、鳥インフルエンザA(H5N1)、黄熱、コレラ、新型インフルエンザなど15種の疾患のみとなります(下表)。
感染症法に基づく分類 | 感染症の種類 |
---|---|
一類感染症 | 1.エボラ出血熱 2.クリミア・コンゴ出血熱 3.痘そう 4.ペスト 5.マールブルグ病 6. ラッサ熱 7. 南米出血熱 |
二類感染症 | 8.鳥インフルエンザA(H5N1) 9.鳥インフルエンザA(H7N9) 10. 中東呼吸器症候群 |
四類感染症 | 11. デング熱 12.チクングニア熱 13.マラリア 14. ジカウイルス感染症 |
新型インフルエンザ等感染症 | 15.新型インフルエンザ等感染症 |
検疫感染症に指定された感染症に関しては、国内に侵入するのを防止するため、法的拘束力をもった措置を行うことが出来るようになります。疾病が検疫感染症に指定される前までは、空港等の入国審査前にサーモグラフィーで発熱の確認、体調不良者の自己申告の呼び掛けしかできませんが、検疫感染症に指定されることにより、その疑いがある場合は質問、診察・検査、消毒等が可能になります。
感染症に関する法律改正の変遷と検疫感染症
日本国内における感染症に関わる法律は1897年の伝染病予防法にはじまり、性病予防法、エイズ予防法、結核予防法などが制定され、その全てが1998年に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)」に統合され、現在に至ります。一方、 検疫法は1952年に制定され、国内に常在しない感染症 や病原体が船舶・航空機を介して国内に侵入することを防止するための措置を取ることを目的としています。水際対策に焦点を絞った法律といえます。
検疫法制定当時、検疫感染症はコロナ、ペスト、発しんチフス、疱そう、黄熱の5疾患のみでしたが、国際的な衛生状態、予防、医療の改善等によって検疫感染症から外れる疾患もある中、新たな課題として出てきた新興感染症や再興感染症への検疫対応も求められるようになってきました。
特に、2002~2003年にアジアを中心に流行した重症急性呼吸器症候群(以下、SARS)が検疫所の感染症監視の在り方を変えたきっかけになったと言われています。
地球上の別の国で発生した感染症が短期間のうちに簡単に国境を越え、世界規模で感染拡大し得る現代社会の環境、感染への不安から引き起こされる社会混乱の可能性などにより、入国時の感染症監視・水際対策とともに、検疫所の従来の役割や機能を再検討する必要が出てきました。
そこで検疫法は2003年に一部改正されています。また感染症法も同年に改正され、その後2008年にも鳥インフルエンザ(H5N1)の感染拡大と新型インフルエンザが発生した場合のまん延に備えるため改正されています。
そして2020年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が感染症法において「指定感染症」、検疫法において「検疫感染症」に指定され、一部改正されることとなりました。
なお、新型コロナウイルス感染症が指定感染症に定められていたのは2021年2月までであり、「新型インフルエンザ等感染症」に分類されたのち、2023年5月に5類感染症となりました。
このようにして、感染症に関する法律はその時代の社会環境や変化していく感染症の拡大状況に応じて改正され、今に至っています。
日本国内における検疫・防疫
検疫とは、検疫感染症や国民の健康に重大な影響を及ぼす感染症の侵入防止のため、海外から来航する全ての船舶および航空機に対して感染症患者の発生の有無を確認することです。その際、患者を発見した場合には隔離、停留、室内での消毒などの防疫措置を行い、貨物や機内等で捕獲された媒介動物についても病原体の有無を検査します。防疫は伝染病を予防し、その侵入を防ぐことを指します。 新型コロナウイルス感染症のように、これまでの歴史上、人類が感染したことのない未知の新興感染症が発生した場合は特に、検疫や防疫といった水際対策が重要になります。以下にて、検疫業務の種類とプロセスを説明します。
検疫業務の種類とそのプロセス
検疫業務には船舶と航空機における2種類があります。
船舶での検疫業務
船舶での検疫業務は、臨船検疫、着岸検疫、無線検疫の3種類があります。
- 臨船検疫:検疫区域に停泊している船舶へ検疫官が乗船し検疫を実施
- 着岸検疫:港に着岸した船舶へ検疫官が乗船し検疫を実施
- 無線検疫:乗員・乗客全員の健康状態などについて、船舶から船舶代理店を通じてFAX等により検疫所に書面で通報してもらい、健康状態に異常がなく、有効な衛生検査の証明書を保持しているなど、通報内容に問題が無ければ入港を許可し、検疫官が直接乗船することなく検疫業務を実施
航空機での検疫業務
海外から来航する全航空機の全乗員・乗客に対して、機内または検疫ブースにてサーモグラフィー(赤外線放射温度計)を用いた体温チェックと共に健康状態の確認を行い、検疫感染症の疑い(有症者)がないかスクリーニング確認します。
また、サーモグラフィーによるチェックで発熱が疑われる方、体調不良を訴えた方に対しては、健康相談室で体温測定、感染症媒介動物との接触(虫刺されなど)がないかの確認などを行い、検疫感染症ではないかについて調査を行います。
また検疫業務とは異なりますが、その他にも厚労省では防疫の一環として、出国前の健康相談や情報提供、検疫所での予防接種などを実施しています。
感染症に対して企業としてすべきことは何か
国が検疫業務や防疫の水際対策を行う一方で、企業も社会の一員として責任を果たすことが求められます。
未知の感染症が発生した場合、特に重要なのは、感染症に関する正しい知識を持ち、氾濫する情報や扇動的な言動に惑わされず、事実を正しく捉えて、先を予測しながら冷静に判断し行動することです。そのためには、事前に感染の拡大することを想定し、個人や組織として、どの段階で何を判断し、いかに行動するかを検討、共有しておくことが不可欠です。
企業における対策としては、パンデミック発生時の対応を事業継続計画(BCP)に組み込むことや、既に新型インフルエンザ対応の感染症BCPを策定しているのであれば、海外駐在員や出張者への支援方針、海外での感染症まん延地域の把握なども含め、検疫感染症も視野に入れた対応が出来るよう見直すことが挙げられます。海外では検疫感染症に該当する疾病やそれ以外の感染症にかかるリスクが高い地域も多いため、海外渡航者個々が感染予防対策を意識するよう啓蒙することも有効でしょう。
日頃から感染症における事業継続計画の策定や従業員・協力会社間におけるコミュニケーションを十分に行っておくことが重要です。有事の際、個人の命を守ることは必須ですが、その上で会社や組織として、最悪の事態を想定し、どのように事業を継続・復旧していくべきかを事前に検討しておきましょう。
参考文献
- 厚生労働省「指定感染症及び検疫感染症について」
- 厚生労働省 福岡検疫所「検疫感染症」
- 国立感染症研究所 感染症情報センター(IASR)「検疫法の一部改正」
- 大幸薬品「健康情報局 日本における感染症対策―感染症法―」
- 厚生労働省「感染症の範囲及び類型について」
- Medi Gate「医師ペディア 検疫の歴史あれこれ」
- 厚生労働省検疫所「検疫業務」
- National Geographic「世界各国の新型コロナ対策、明暗分かれた原因は?」
- Yahoo! JAPANニュース「新型コロナによる海外からの入国拒否や検疫強化の中身は?日本も帰国後に空港でPCR検査を実施」
- 中国新聞社「新型コロナ対策、日本の空港検疫体制に疑問の声、密集行列5分で終了」
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