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より効果的・効率的な避難を実現するために ―西日本豪雨の課題と今後の展望―

掲載:2019年05月17日

改訂:2022年07月12日

執筆者:取締役副社長 兼 プリンシパルコンサルタント 勝俣 良介

改訂者:ニュートン・コンサルティング 編集部

コラム

死者・行方不明者200名を超える(災害関連死を除く)大災害 となった平成30年7月豪雨(以下、西日本豪雨)が現代社会に投げ掛けた問いは、毎年のように風水害に見舞われる上、巨額の予算と資源を投じて築き上げた各種の防災システムを持つ日本で、いまだに何故多くの死者・行方不明者が発生するのか、ということでしょう。これは、なぜ避難は失敗するのか、という問いに直結します。

避難の失敗には様々な理由・原因が考えられます。例えば、避難警報が分かりにくい、避難のサイレンが聞こえにくいといった防災システムの不備(つまり「公助」の不備)が挙げられます。また、避難する住民自身の危機意識や地域社会の繋がりの欠如(「自助」と「共助」の欠如)も大きな原因といえるでしょう。

本記事では、今後同じ失敗を繰り返さないため、そしてより効果的・効率的な避難を実現するため何をすべきかについて、政府が作成した西日本豪雨の検証レポートを基に考えていきたいと思います。

         

増加する風水害リスク

京都嵐山 渡月橋と増水した桂川

“災害大国”と呼ばれるほど日本では災害が頻繁に発生していますが、中でも、風水害(台風や豪雨、高潮等)ほど発生頻度の高い災害はありません。

現在の日本において防災の基礎となっている「災害対策基本法」制定の契機となった伊勢湾台風をはじめ、昭和47年7月豪雨、昭和57年7月豪雨と台風10号等、昭和の時代は概ね10年スパンで甚大な被害をもたらす風水害が発生していました。

平成に入り、風水害による被害(特に人的な被害)は一時的に減少傾向になりましたが、西日本豪雨は昭和57年7月豪雨および台風10号以来、36年ぶりとなる死者・行方不明者が200名(※)を超える大災害となってしまいました。

※氾濫や土砂災害など直接的な被害で亡くなった方だけで200名を超え、災害関連死を含めると300名を超すといわれています(2022年7月現在)。

西日本豪雨がもたらした被害

広島県江田島市の土砂災害の様子

西日本豪雨は、平成30年6月28日から7月8日までの2週間弱の期間、西日本から東海地方にかけての広い範囲で記録的な大雨が発生したことを起因とする風水害です。この期間の総降水量は、四国地方で1,800ミリ、東海地方で1,200ミリを超えました。一部の地域では例年のおよそ9倍にも及ぶ降雨量を観測しています。また、48時間雨量、72時間雨量等の時点雨量でも、四国地方や近畿地方の多くの観測地点で観測史上1位となりました。

この風水害により、西日本各地で堤防の決壊(37か所)や土砂災害(2,512件)が相次いで発生。直接的な被害で亡くなった方や行方不明者は200名を超えました。また、物的被害として、建物・家屋の全壊は6,767棟、半壊が11,243棟、床上・床下浸水が合計で28,469棟にも及びました。

その他、最大約8万戸での停電、上水道が263,593戸で断水、鉄道も32事業者115路線で運行停止等、社会インフラの面でも大きな傷跡を残しました。まさに西日本豪雨は、近年稀にみる未曾有の風水害であるといえます。

なぜ被害は拡大したのか

被災した広島県、岡山県、愛媛県の県庁幹部(危機管理監)、住民や自治会長に対して、豪雨時の避難行動の実態や課題等について、アンケートおよびヒアリングによる実態調査が行われました。その内容は以下のとおりです。

表1:避難行動に対する課題
  避難行動に対する課題
自助
  • 避難を呼びかけたが逃げない人もおり、30分程度説得した人もいた
  • 避難準備の発令前に自主的に避難した住民もいたが、避難勧告の発令後に避難を開始した住民や土石流の発生後に避難した住民もいた
  • 以前も同じように避難情報が発令されたが大丈夫だったので、今回も大丈夫であろうとの思い込みがあった
  • 住民が避難勧告・避難指示の意味や重要性を理解していない
共助
  • 多くの自治会では自主防災組織を立ち上げているが、要配慮者と支援者の支援の在り方まで設定している組織は少ない
  • 要配慮者の名簿については個人情報の問題もあって、自治会や自主防災組織に共有されていない
公助
  • 防災行政無線、緊急速報メール、SNS等複数の手段を用いて住民に対し伝達したが、防災行政無線の屋外スピーカーは特に降雨が激しい場合は内容が伝わっていなかった
  • 避難情報の発令時は大雨が降っており、防災行政無線も広報車の声も聞こえなかった

出典:平成30年7月豪雨による水害・土砂災害からの避難に関するワーキンググループ(第3回)
「現地調査・ヒアリング結果」(平成30年12月12日)を基に弊社作成

 

甚大な被害が発生した原因として、集中豪雨をもたらす線状降水帯という自然現象を挙げることは当然可能でしょう。しかしながら、その他の原因、特に人為的な原因についても洗い出し、検証を行うことが重要です。被災した地域の避難に関する生の声(特に課題)を知ることは、今後発生が懸念される風水害だけでなく、地震や津波、火山等、減災を行う上で避難が有効な手立てとなる災害に対する非常に貴重な知見となります。

令和に入ってからも、熊本県を中心とする九州地方などを襲った令和2年7月豪雨など、大雨による被害は毎年のように発生しています。今後も西日本豪雨と同程度以上の大雨が発生することが十分に想定される(想定しなければならない)以上、同じ悲劇を繰り返さないためにも、こうした学びを真摯に受け止め、人為的なミスや不手際をなくすことが重要です。

より効果的・効率的な避難を実現するために

アンケートおよびヒアリングによる実態調査は、課題の他、避難に関する有効な取り組み・対応についても行われました。調査の結果は、今後より効果的・効率的な避難を実現する上で非常に示唆に富んだものです。

 

表2:避難行動に関する有効な取り組み・対応
  避難行動に関する有効な取り組み・対応
自助
  • 迅速に避難していた地区の住民は、ダムの放流情報等を踏まえ、過去の水害と同等もしくはそれ以上になると推測していた。または被災経験があり避難した
  • 住民自らが自分の中で避難情報とは別の避難判断基準を持ってもらうことも重要であり、個別の避難基準や避難方法、避難場所を家庭で話し合うことが必要である
  • 個人で入手できる情報の収集方法を啓発していくことが大事である
共助
  • 自治会長とその家族が地区の住民に避難を呼びかけたことにより、住民の避難が行われた
  • 避難情報が発令された当初は、災害避難カードで決めていた地区ごとの避難先、避難行動を実施した
公助
  • 基準に達したら機械的に即避難情報を発信という流れで実施した
  • 市の放送で「避難せよ」と言っており、一番どきっとした。きつい口調とすることも必要だった
  • 地区単位に即した具体的な危険情報、避難情報の発信が有効であった

出典:平成30年7月豪雨による水害・土砂災害からの避難に関するワーキンググループ(第3回)
「現地調査・ヒアリング結果」(平成30年12月12日)を基に弊社作成

 

実態調査の結果判明した避難に関する課題と有効な取り組み・対応を踏まえ、政府の中央防災会議は風水害における避難の在り方についてまとめました。その内容は、以下の通りです。

 

表3:避難の在り方
  風水害における避難の在り方(主なもの)
自助
  • (住民は) 「自らの命は自らが守る」意識を持つ
  • 学校における防災教育・避難訓練
  • 想定される災害リスク及びとるべき避難行動の周知徹底
  • 住民主体の避難行動等を支援する防災情報の提供
  • マルチハザードのリスク認識
共助
  • 住民が主体となった地域の避難に関する取り組み強化(地域防災リーダーの育成等)
  • 地域の防災力(共助)による高齢者等の要配慮者への避難支援強化
公助
  • 防災気象情報・避難情報の伝達手段の強化
  • 防災気象情報の精度検証・予測精度の向上や発表基準の改善
  • 施設管理者や地方公共団体等による危機感が伝わる情報提供の改善
  • 特別警報の役割の明確化と周知
  • 要配慮者利用施設における避難確保計画の策定等の促進

出典:中央防災会議 防災対策実行会議「平成 30 年 7 月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの
避難のあり方について(報告)」(平成30年12月)を基に弊社作成

 

今から始める避難対策

一般的に情報が活用されるには、送り手の「伝達力」と受け手の「理解力」の両方が求められます。それは、警報という避難に関する情報でも同じです。送り手である行政側の「伝達力」と受け手である住民・地域社会側の「理解力」の両方があって、初めてより効果的・効率的な避難が実現できます。では、それぞれの「伝達力」と「理解力」を向上するには何が必要でしょうか。

行政側に求められる「伝達力」は、上記の「平成30年7月豪雨を踏まえた水害・土砂災害からの避難のあり方について(報告)」にもあるように、警報の伝達手段の強化や防災気象情報の精度検証・予測精度の改善等、システム面による向上が考えられます。このあたり、昨今の技術革新(IoTやAI等)が大きな役割を果たすと期待されます。一方、発表基準の改善や危機感が伝わる情報提供、特別警報の役割の明確化などもあります。この部分では、住民・地域社会側の「理解力」と両輪で進める必要があります。

住民・地域社会側に求められる「理解力」を向上するには、受け取った情報を処理・評価する仕組みの整備、そして日々の教育・訓練の実施が求められます。受け取った情報を処理・評価する仕組みとしては、例えばタイムラインの作成があります。

タイムラインの活用

タイムラインは、発生する(した)事象を時系列にまとめ、それらに照らして企業や組織ごとに取るべき対策や対応をまとめたものです。時間毎に誰が何をするのか、住民・地域社会・行政のそれぞれの役割・活動を明確にできるという特長があります。台風等の事前に発生が予見される災害については、-120h、-72h、-48h、-24h等、災害が発生する前の段階から行う活動を明確にすることで、受け手側の「理解力」を高め、警報が出た際にどうすべきか、どのような警報があればどのような活動を行うのかといった具体的に身を守る行動の一助を担うと期待されます。詳細は、国土交通省が公開するホームページおよび当社記事をご覧ください。

図1:タイムラインの一例

しかし、タイムラインを策定するだけで効果的・効率的な避難を実現できるわけではありません。最も重要な活動は、定めた計画等についてしっかりと関係者に周知し教育を行うことです。そして、毎年発生する風水害だからこそ、起きた災害を他人事にせず、自分事として認識し、日々危機意識を持たなければなりません。

西日本豪雨の実態調査でもありましたが、迅速な避難を行った住民は、過去の災害に学んだ方でした。平成最大の風水害の教訓を、令和の時代に活かしていきましょう。

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