
「インクルーシブ防災」とは「誰も取り残さない防災」のことです。過去の災害では、高齢者や障がい者など、自力で避難することが困難な人々が亡くなるケースが多々ありました。巨大地震をはじめとした災害リスクが高まる中で、障がいや傷病の有無、ジェンダー、国籍、年齢、妊娠しているか否かなどにかかわらず、あらゆる人の命を支えることが一層求められています。
インクルーシブ防災とは
そもそも「インクルーシブ」とは
インクルーシブ(inclusive)とは「包括的な」という意味の英語です。
インクルーシブの考え方は、2012年から「リオ+20」国際会議で検討を開始し、2015年に国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」で重視されています。SDGsとは2030年までによりよい世界を目指すために定められた目標のことで、「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という、全ての人を包括する考え方が理念となっています。
インクルーシブ防災は国際的な防災指針
インクルーシブの考え方を防災の領域に発展させたものが、インクルーシブ防災です。具体的には、障がい者や高齢者、医療的ケアが必要な人、妊娠中の人、子ども、外国人などを含めて、あらゆる人を包括する防災を指します。
インクルーシブ防災の概念は、国際的な防災指針である「仙台防災枠組2015-2030」にも反映されています 。「仙台防災枠組2015-2030」は、2015年3月に仙台市で行われた第3回国連防災世界会議で採択されたものです。この枠組は従前の「兵庫行動枠組2005-2015」のレビューおよび、2011年の東日本大震災による甚大な被害を受けて検討されたこともあり、女性や子ども、若者、障がい者、高齢者、先住民、移民などを防災のステークホルダーとして初めて明確に位置づけました。また、各国が災害リスクを評価したり、対策を講じたりする上では、これらの人々の参加が必要である旨も記されています。
その後、同年9月に採択されたSDGsにおいて、17の目標のうち「ゴール11.住み続けられるまちづくりを」のターゲット11.bには、仙台防災枠組(2015-2030)への取り組みを以下のように明記しています。
「2020年までに、包含、資源効率、気候変動の緩和と適応、災害に対する強靱さ(レジリエンス)を目指す総合的政策及び計画を導入・実施した都市及び人間居住地の件数を大幅に増加させ、仙台防災枠組2015-2030に沿って、あらゆるレベルでの総合的な災害リスク管理の策定と実施を行う。」
また、その他にも「ゴール1.貧困をなくそう」の中にターゲット1.5「2030年までに、貧困層や脆弱な状況にある人々の強靱性(レジリエンス)を構築し、気候変動に関連する極端な気象現象やその他の経済、社会、環境的ショックや災害に暴露や脆弱性を軽減する」という項目があります。この他にも、ターゲット3.dや9.1の中にインクルーシブ防災の概念が反映されていると言えます。
日本におけるインクルーシブ防災の取り組み
日本では、2011年の東日本大震災で、障がい者や高齢者、外国人、妊娠中の人などへの対応が不十分であったという課題がありました。そこで2013年、災害対策基本法の改正にともない、「避難行動要支援者名簿」(災害時に自力で避難することが難しい人々の情報をあらかじめ登録する名簿)を作成することが市町村の義務になりました。また、2019年の台風19号などでも多くの高齢者・障がい者が災害の被害を受けたことを受け、2021年には各市区町村に「個別避難計画」(災害時に自力で避難することが難しい人々の避難計画)策定の努力義務が課せられました。
内閣府と消防庁が発表した「避難行動要支援者名簿及び個別避難計画の作成等に係る取組状況の調査結果(2024年4月1日現在)」によると、調査対象である1,722の市町村団体のうち、避難行動要支援者名簿は全市町村で作成済みとなっています。しかし、名簿掲載者に占める平常時からの名簿情報提供者の割合は40.3%にとどまりました。個別避難計画については、策定に着手している市町村は91.8%となっているものの、個別避難計画に関する訓練について「実施中」と答えた市町村は16.8%にとどまっています。これらの結果から、各市町村における平常時からの実践的な対策については課題があることが分かります。
一方で、2024年4月には障害者差別解消法が改正され、民間事業者による障がい者に対する合理的配慮の提供が法的義務となりました。この法律には具体的に防災についての言及はないものの、あらゆる局面においてインクルーシブな対応が求められることとなり、行政だけでなく企業も検討・対応が求められると言えるでしょう。