プッシュ型支援・プル型支援
掲載:2021年04月02日
用語集
大規模な災害が発生した際に、国が支援物資を被災地へ供給する方法には、プッシュ型支援とプル型支援があります。大規模な災害とは、東日本大震災や熊本地震のような大地震、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)や令和元年東日本台風(台風19号)のような被害が甚大な風水害のことを指します。
このような大規模な自然災害が発生すると、被災地では長期間にわたり電気や水道、ガス、道路などのインフラが寸断され、被災住民は備蓄物資と支援物資で過ごすことになります。家庭や地方公共団体が備蓄している物資は発災後数日で枯渇してしまうため、その後は国からの支援物資に頼ることになります。国は、この被災住民の命を守る支援物資の緊急輸送制度を時間経過に応じて2つのフェーズに分け、前半をプッシュ型支援、後半をプル型支援という方法で実施しています。
プッシュ型支援
災害発生直後は、インフラの停止や地方公共団体の機能が低下するため、被災都道府県からの要請を待たずに関係省庁による支援体制の構築と支援物資の調達・供給をはじめます。この初動をプッシュ型支援と呼びます。発災からおおよそ4日目から7日目までの期間に、被災地域からの具体的な支援要求を待たずに行われます(ただし、4日目からというのは、首都直下地震や南海トラフ地震のような大地震を想定した場合であり、災害の種類や規模、インフラの状況によっては、発災直後からプッシュ型支援が行われる場合もあります)。
発災直後は、被災地の状況や支援物資のニーズを把握することが困難であるため、予測に基づいて物資を供給することになります。概ねの被害状況を踏まえて、現地で要望が発生していると予測される支援物資を緊急に送り込みます。被災者数や引き渡し場所等、可能な限り入手した情報に基づいて支援物資を確保し、被災者の命と生活環境に不可欠な物資(基本8品目等)や、避難所環境の整備に必要な物資、熱中症対策に不可欠な冷房機器、感染症対策に必要なマスクや消毒液などの物資を緊急輸送します。
被災都道府県では、支援物資を受け入れるための物資拠点(広域物資輸送拠点)開設を行います。被災地域側の受け入れ体制が整い次第、予め決められた輸送計画に基づいて広域物資輸送拠点への輸送が行われます。この広域物資輸送拠点から市区町村の物資拠点(地域物資輸送拠点)へ支援物資が割り振られ、各避難所へと届けられます。
プッシュ型支援のメリットは、物資を迅速に被災地域へ届けられることで、生活に必要な物資を早く補完できます。ただし、被災者の要求やニーズを把握しないで送るため、支援物資の過不足が生じるといったデメリットもあります。
プル型支援
プル型支援とは、支援物資のニーズ情報をしっかりと捉えられた被災地へ、ニーズに応じて物資を供給する方法のことです。被災した地方公共団体や避難所などで必要な支援物資の情報を取り纏め、都道府県を通して国へ要請することで物資が供給されます。
発災から数日が経ち、被災地ごとに不足している物などの要求やニーズがわかるようになると、被災者が求めている支援物資を必要数届けることが可能になります。被災地からの物資要請とニーズ情報に基づいて、物資の内容や引き渡し場所等を誤りなく把握し、支援物資を確保して供給します。
プル型支援のメリットは、要求やニーズを把握してから輸送するため、支援物資の過不足がなくなり、被災地域で無駄なく効率的に物資を使用できることです。ただし、被災後の混乱の中で避難所や地方公共団体で要求やニーズを集約することは困難であり、支援要請までに時間がかかるという課題も残っています。
図1 時間経過に対応したオペレーションの段階(ステージ)のイメージ
過去の災害における支援物資輸送の課題
2016年に起きた熊本地震では、支援物資の輸送について、課題が浮き彫りになりました。広域物資輸送拠点に定められていた拠点が被災し、代わりとなる拠点の選定と受け入れ体制の整備に時間を要しました。複数の広域物資輸送拠点において、規模や設備、立地が不適切であると明らかになったほか、広域物資輸送拠点側でも保管や出入庫、在庫管理のノウハウが不足していたため、支援物資が広域物資輸送拠点に滞留してしまうという事態も起こりました。
2018年の西日本豪雨では、プッシュ型支援で輸送された物資の量が過剰で、消費しきれないという場面もありました。この物資の過剰供給は、熊本地震でも課題として挙げられていました。他方、個人が被災地へ送る支援物資の多くは1つの箱に様々な物資が入っており、被災者へ配布するには総量も少なく仕分けや管理に膨大な労力をかける必要があり、結果として管理が十分にできず被災者に配布する事ができなかったり、梱包が不規則なため保管する際に積み上げができなかったりしました。
これらの課題を受け、代替広域物資輸送拠点に民間物資拠点を追加で選定することや、物流専門家の派遣を含む民間業者との協定の締結促進、後述する物資調達・輸送調整等支援システムの開発と導入、民間物資拠点の特性に応じた活用方法の整理などが検討されています。
さらに、熊本地震や西日本豪雨の経験を活かし、国と地方公共団体の円滑な支援物資輸送体制を構築して、支援物資を避難所まで円滑・確実に届けられるよう「ラストマイルにおける支援物資輸送・拠点開設・運営ハンドブック」が2019年3月に作成されています。
発災 | 発生災害 | 支援 | |
---|---|---|---|
実施期間 | 主な支援物資 | ||
2016年4月14日、4月16日(本震) | 熊本地震 | 4/17~19:第1弾プッシュ型支援 4/20~22:第2弾プッシュ型支援 4/23~5/13:プル型支援 |
食料品、約263万食 ・パン ・おにぎり ・カップ麺 ・レトルト食品 食料品以外 ・衣類 ・マスク ・ハンドソープ ・ウェットティッシュ ・ブルーシート ・仮設トイレ |
2018年6月28日~7月8日 | 平成30年7月豪雨 (西日本豪雨) |
7/8~26:プッシュ型支援 | 【岡山、広島、愛媛 3県合同】 食料品:約37万食 食料品以外 ・クーラー ・仮設トイレ ・生理用品 ・土のう袋 ・タオル |
2019年10月12日~10月13日 | 令和元年東日本台風 (令和元年台風第19号) |
10/13~:プッシュ型食料物資支援の体制構築指示 10/15~:プッシュ型支援 |
【宮城、福島、茨城、栃木、埼玉、長野 6県合同】 食料品:約18万食 食料品以外 ・段ボールベッド ・衣類 ・暖房器具(電気毛布、ホットカーペット、ストーブ等) ・毛布 |
企業に求められる事前準備と災害時の動き
前述の通り、プッシュ型支援では、被災都道府県からの要請を待たずに、関係省庁による支援体制の構築と支援物資の調達が開始され、広域物資輸送拠点の整備が整い次第、輸送が開始されます。この過程で、国は民間企業に物資の調達依頼をします。民間企業は広域物資輸送拠点への輸送手段の確保および輸送を担うことを要請されます。輸送手段が確保できない場合は、物資関係省庁の要請を受けて国の緊急対策本部が輸送手段を調整しますが、原則として企業側が確保する必要があります。
被災した都道府県にプッシュ型支援で供給する品目は、食料(調理不要食品が中心)、毛布、乳児用粉ミルクまたは乳児用液体ミルク、乳児・小児用おむつ、大人用おむつ、携帯トイレ・簡易トイレ、トイレットペーパー、生理用品の8品目を基本としています。
これらの品目を取り扱う企業では、災害発生時の備えとして、国や自治体から突然の要請が入ることも想定し、有事の際の物資輸送方法について一度確認しておくことが求められます。
物資調達・輸送調整等支援システム
「過去の災害における支援物資輸送の課題」において触れた物資調達・輸送調整等支援システムは、その名の通り国や地方公共団体の災害支援物資の調達・輸送を支援するツールです。このシステムにより、被災地域の物資ニーズや必要量、物資拠点への輸送状況などの情報を一元的に管理・共有ができるようになり、支援物資の過剰供給やミスマッチを解消し、迅速かつ無駄なく被災者へ物資を届けることが期待されています。
このシステムは2020年4月に運用を開始し、令和2年7月豪雨で初めて活用されました。事前に避難所などの備蓄量などを登録できるため、被災直後から被災地の物資在庫状況を把握することで、従来よりも効率的な物資の供給が可能となりました。
一方で、被災自治体の一部では人手不足のために物資ニーズなどの情報が入力できず、十分に運用できなかったという課題も見え始めています。
近年では、毎年のように全国各地で自然災害が発生し、大きな被害が出ています。 そういった災害時に迅速かつスムーズに被災者のもとへ物資を届けるため、企業や自治体では対応手順の確認や災害を想定した訓練の実施など、有事に備えた事前準備をしておくことが重要です。